第4話 【朗報】ワイ氏、宝箱からアイテムゲット(ただし、また死亡)

 その部屋は10メートル四方の正方形をしていた。


「目的地に到着です」


 リスナーの皆さんに告げる僕。

 ……まあ、もう3人しか視聴者がいないけど。


《宝部屋やな》

《うん。宝箱しかないね》

 

 石造りの無機質な部屋には敵の姿はなく、代わりに大きな宝箱がこれ見よがしに置かれている。


《見るからに怪しいけど、大丈夫なん?》

《画面越しにも危険なオーラを感じるが》


 そう。

 それは僕にもわかっている。

 あの宝箱は罠だ。

 

《おそらく開けると、トラップが作動するタイプだな》

 

 それまで書き込みのなかった3人目のリスナーが、初めてコメントした。


「鑑定によれば、爆発トラップだそうです」


《わかってて来たんか?》


「はい。このダンジョンの攻略サイトで調べました。爆発率は10%だとか」


《なんだ、その程度か》

《それならワンチャンありやな》


《いや、やめておいたほうがいい》


 例の3人目が再びコメントする。


《宝箱のトラップは即死する威力のものが多い。探索され尽くした低階層であるにも関わらず、今まで放置されてきたのは、つまりそういうことだ》

 

《でも、発動率10%だぜ?》


《それは、探索者の心理をわかっていないから出る発言だな。たとえ、10%であっても、発動したら死ぬとわかっているのであれば、まず誰も手が出せなくなる》


 そう。

 

 死亡率の高い戦闘も毎日のように配信されている。

 でも、生きるか死ぬかの戦闘と、発動したら最後、確実に死の待ち受けるトラップでは、挑むときの恐怖感がまったく異なるのだ。


 命のかかったくじ引きは、誰もが尻込みする――


《……………………いや、そういうことか》


 3人目がふいに得心した。

 どうやら、僕の狙いを察したらしい。


《どーいうこと?》

《あ! 俺、わかったかも》

《?》

《こいつ、死なないじゃん?》

《あ》


 他の二人も理解したようだ。


 そう。


 僕だけは躊躇なくこの宝箱を開けることができる。

 なぜなら、たとえ即死トラップが発動しても死なないのだから。


《なるほどね~》

《おまえ、頭いいな》

 

「……ありがとうございます」


 本当は龍翔りゅうしょうのパーティにいた時、さんざんトラップガチャーー当たりを引いたら死ぬから逆ガチャって言うべきかな――をやらされてきたからだ。


 正直トラウマになってるし、やらずに済むなら金輪際やりたくもないが、そうも言っていられない。

 妹の命がかかってるんだ。


「それじゃ開けます!」


 僕は宝箱に手をかけた。


《がんばれよ~》

《余裕余裕》 


 ……気楽に言うけど、僕も普通に怖いからね?

 死ぬのに慣れるとか絶対ないから。


「まあ今回は10%だし、まず大丈夫だと思います」


 僕はそう告げると、一気に蓋を押し上げた。


 

 パカッ――――ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!!


 

 細切れの肉片になって吹き飛ぶ僕。


 ……………………………………うん、まあ知ってた……。

 

*****


「ああ、発動してしまいましたか……」


 フェンリルナイトはPCの前で首をふった。


《フラグ回収乙www》

《期待を裏切らない男》


 彼女以外のリスナーたちのコメントが流れる。

 

 フェンリルナイトは日本に一人しかいないS級探索者だ。

 本日はオフの日だが、前から気になっていた探索者が、初めてソロで配信しているのを見かけたので、密かに視聴していたのだった。


《うおおおお、始まったあああああ》


 探索者オッズの全身は、数センチ単位の肉片になって四方の壁や床に飛び散っていた。

 それらがピクピクと蠢き始めていたのである。

 

 肉片たちは、あたかもピンク色のナメクジのように石の上を這いずり、一か所に集まろうとしていた。


《今までで一番グロいな……さすがのわいも吐きそうや》


 ここまで見続けてきただけあって耐性のありそうなリスナーたちだったが、さすがに今度ばかりは引いているようだ。

 

 それはそうだろう。

 凄惨な場面を何度も目の当たりにしてきた自分でさえ、意志の力を総動員しないと顔を背けそうになるのだから……。


 ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅ――


 どこか卑猥にも感じる音を立てて、オッズの肉片が寄り合わさってゆく。

 数分も経たないうちに、床の上に一人の少年が姿を現した。


《すげえええええwwww 傷一つねええええwwww》

《ていうか裸?》

《そりゃそうやろ、衣服も吹っ飛んだんだから》

 

 フェンリルナイトは素早く目を覆った。

 17歳の乙女である彼女には、グロテスクな再生劇よりも同年代の男子の裸体の方が刺激が強かったからだ。


「お待たせしました。復活です」


《お疲れさん》

《とりあえず、服を着ようぜ》


「ああ!? しまった。替えの服が……」


《まさか忘れたんか》

《しっかり考えてると思いきや、肝心なところで抜けとるなあ》


「ど、どうしましょう?」


《アイテム袋使ったら? けっこうでかいし》

《入口に放っといてよかったな》


「なるほど。ありがとうございます!」


 びりびりと布を引き裂く音が、画面内で響く。


《丈は短いけど、まあギリギリで肝心なところは隠れてるし大丈夫やろ》

《せやな》

 

 もう大丈夫かな、とフェンリルナイトは顔から手を下ろす。


 てるてる坊主のように白い布を羽織ったオッズの姿が映った。


《なんか撮影後のAV女優感があるな》

《それ俺も思ったw》


《そんなことより宝の回収をした方がいい》


 最後の書き込みはフェンリルナイトだ。


「あ、はい」


 彼は慌てて宝箱に向かった。


「! なにも入ってない……」


《待て。二重底になっていないか?》


「あ、本当だ」


《なんでわかったん?》


 リスナーの問いに、フェンリルナイトはコメントでこたえる。

 

《爆発でアイテムが吹き飛ばないように、そういう構造になっているかと思ったんだ》


《なる。さっきから思ってたけど、あんた頭いいな》

《それはそうと、生主なまぬしのケツが丸見えで微妙に気まずいんやが……》


 その書き込みを見て少年の方に意識を戻すと、大きな宝箱の底の方を探るために身体をくの字に折っているため、丈の短い服から双丘が覗いていた。


 さっと目を覆う彼女。


「あったぁ! うおおおお、ありましたあっ!」


 オッズが興奮した声を上げた。

 高く掲げた手に、アンブローシアの小瓶が握られている。


《おお! おめ!》


「ありです!」


《しかも青色じゃん。URウルトラレアのアンブローシアだよ》


「ま、マジですか!?」


 信じられないという顔で、手中の薬瓶を見つめるオッズ。


 青色のアンブローシアは、通常の4倍もの効果があると言われている。

 滅多に見つからない希少品だ。


「良かった……これで……」


 感極まった配信者の声を聞いて、フェンリルナイトはそっと顔から手を下ろした。


《おめでとう。これで今回のミッションは完了かな?》


「はい、色々アドバイスありがとうございました!」


 カメラに向かって頭を下げるオッズ。

 

 それから、「よーっしゃ!」と大きくジャンプして、喜びを表現した。


《おい、見えるから跳ねるなよw》

《丈が短いんだから、余計なモノがはみ出るんだって》


 フェンリルナイトは、さっと目を手で覆った。

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