第3話 【死報】ワイ氏、ダンジョン内で無事死亡
《おーい新人くん、いちおう聞くけど、生きてる?》
《わけないやろがい》
《じゃあ残念だけど、いつものやつやな》
ドローンの映し出すコメントが
ダンジョン配信はいまや再生数において並ぶものがないぐらいの花形コンテンツだが、一方で
《さらば新人くん、君のことは忘れない》
《じゃあ彼の名前は?》
《思い出せん》
《草》
一見不謹慎に思えるが、ヘビーなリスナーほど感情の切り替えも早い。
探索者の死に遭遇する機会が多いからだ。
僕たち探索者としても、そのへんを承知で生配信してるんだから、まあ文句は言えない。
さて。
僕は地面にうつ伏せに倒れていた。
視界にはダンジョンの荒涼とした天井が映っている。
なんでうつ伏せなのに天井が見えるかといえば、もちろん僕の首が背中側に180度ねじれているからだ。
ふいに視界の端に
僕を撲殺した個体で、疑るような顔をして、倒れた僕を覗き込んでくる。
ツンツン、とこん棒で僕の死体を
ぴくりとも動かないことを確認すると、床に落ちている僕のショートソードを拾い上げ、あとは関心がなくなったとばかりに場を立ち去る。
敵が完全に姿を消すまで待ってから、僕はようやく上体を起こした。
《それじゃ次の配信を見にいいいぃぃぃぃぃぃ!?》
《どした?》
《あれあれ見て見て――》
僕はドローンの方に向き直った。
向き直ったと言っても、顔だけ向けて背中を見せているのだが。
《くぁwせdrftgyふじこlp》
《くぁwせdrftgyふじこlp》
《くぁwせdrftgyふじこlp》
ゴキゴキゴキーー
僕の首が再生を開始した。
「あー、ど、うも、みなさん、おどろか、せて、すみま、せん」
くそ。
声帯が潰れてるから喋りにくい。
《いやちょっとなに見せられてんの俺???》
《CGかな?》
《なわけねーだろ……生配信だぞ》
「すいま、せん、さきほ、どおつたえ、しわすれて、いました、が」
ゴキゴキゴキ。
話している間にも、再生は進む。
お? 少し喋りやすくなったぞ。
「これが僕のスキルです」
《はい!?!?!?》
《なんのこと?》
「死んでもすぐに生き返る。これが僕の『無事死亡』の効果なんです」
《……………………いやいやいやまてまてまて》
《生き返りスキルとか聞いたことねーからwww》
《回復魔法でも、蘇生系はまだ発見されてないって》
うーん……。
ある程度予想していたけど、やっぱり驚かれてしまったか。
生き返りを人に見られたのは、元パーティ面子を除けば、ごく少数の探索者のみなのだが、みな信じがたいって顔になってたからなあ……。
「ということで、探索に戻ります」
僕は強引に話を締めくくり、探索を再開したのだった。
しばらく、通路に沿って歩く。
このダンジョンは隅々まで踏破されているから、ネットで簡単に見取りマップが手に入った。
僕が目指しているのは、1階層の、とある小部屋だ。
「あれ?」
僕はふと小首を傾げる。
《どした?》
「あ、いえ……同接がいやに減ってるなーと思いまして」
ドローン映像の右下には、数字が記されている。
これは同接人数だ。
同接人数とは、現在この配信を見ているリスナーの数である。
先程までは60人ぐらいいたのに、今は20人しかいない。
「なんでだろう…………?」
《なんでって……さっきのを見て逃げたんだろ》
《それ以外の理由ねえしw》
僕は悄然とうなだれた。
「そこまで驚かせてしまいましたか……」
《いや、驚いたってレベルじゃねえからw》
《俺、廃人レベルのDリスナーだけど、あそこまでやばい絵は初めて見たわ》
《ほんそれ》
Dリスナーとは、ダンジョン配信を主に見る人のことだ。
「そうですか……まあ仕方ないですね」
小さくため息を吐き、足を踏み出した時、何かが僕の頭に落ちかかってきた。
――ベチャ
《スライムレベル1だ!》
《窒息させようとしてくるから、引っぺがせ》
僕は顔を覆うスライムの表面を慌てて掴む。
しかし、タコの吸盤みたいに張り付いて、なかなか剥がれない。
《なにやってんの?w》
《レベル1のスライムに力負けとか……》
焦るあまり、思わず大きく息をついたら、スライムが喉の奥まで入ってきた。
く、苦しい……。
《ええ!? このダンジョンで死人が出るの!?》
《死人ならさっき出ただろ》
《いや、生き返ったじゃん。ていうか、さっき死んだのもこの人だし、また死にそうだし、もうわけわかんねえってばよ……》
意識が遠のき、程なく僕は死んだ。
スライムはそのまま僕の頭部を消化し始める。
ジュワワワワァ……
ドロドロに溶けていく僕の顔面。
30分ぐらいすると、僕の頭は完全に消化されてしまった。
スライムは腹一杯になって満足したのか、どこかへ去ってゆく。
あとには、僕の首なし死体だけが残された。
《俺、なんかすごく嫌な予感がするんだけど……》
《奇遇やな。わいもや》
《いくらなんでもねえだろw》
ゴボゴボッ――
僕の首の切断面から、排水管の詰まったような音が響き始めた。
《おいいいいぃぃぃぃっ!?》
《生えてる! なんか気持ち悪いもんが首から生えちゃってる!》
《マジで復活すんのかよwwww》
それこそスライムのように首から流れ出た不定形の肉塊が、うごめきながら僕の頭部を形作ってゆく。
《キモいキモいキモいキモいキモいwwwww》
《ホントに人間なのかコイツ?》
《通報しました》
僕は生まれたばかりの子鹿のように、よろよろと立ち上がると、ドローンの方へ向き直った。
「ゴボッ、ゴボゴボ。ゴボボボボ(お騒がせしました。復活です)」
リスナーを安心させるために、半ば崩れている顔面を懸命に動かし、笑みを浮かべてみせる。
――ニチャア
《怖い怖い怖い怖い怖いwwwww》
《絶対今夜夢に見るだろコレ……》
《人によっては一生トラウマになるレベル》
《通報しました》
僕はそれからも死にまくった。
小鬼に撲殺され、スライムには溶かされる。
目当ての小部屋に到着する頃には、同接人数は3人まで減っていた。
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