第7話
一週間後の水曜日だった。
昼休憩を終えて、あるクライアントのウェブ構成の企画を任され送られてきたデータを元に打ち込んでいき、できあがったものの校正を確認してもらうためにマネジメント宛てに送信したデータが間違えて別の場所に届いたらしく、ビデオ電話から上司が機嫌を損ねてもう一度送り直すように注意勧告を受けた。
いつもより二時間残業をした後やっとの思いで退勤をしてパソコンを閉じた後に深いため息をこぼした。部屋のドアをノックする
緊張感の抜けないなか、夕飯に手をつけるものの箸がなかなか進まずぼんやりとしながら食事をしていると、彼女から無理をして全部食べなくても良いと言ってきたが、せっかく作ってくれたものだから残さずに食べると言い放ち、口の中に詰め込むように食べていき済ました後、台所へ食器をシンクの中に入れて自分で洗った。
凪悠は少し苛立つ僕の姿に疎外感を受けたのか、その後は寝室に入るまでの間お互いに口も聞かずに僕は書斎に入って時間を潰していった。
机の上に置いてあるスマートフォンを開くと
ある事を思い出し同窓会の時に一緒に幹事を行った朔也から送られてきたいくつかの写真を眺めていると、同期生と並んで依那が微笑みながら写っている画像を見つけた。
しばらく彼女の顔を見ているうちに、気持ちが緩和したのか仕事のミスした事が次第に薄れていき、僕は画面に映る彼女の顔に触れてみた。
早く会いたいという気持ちが募り部屋の中の澱んだ空気が朝露の香りに変わり壁じゅうに浸透して澄み切っていくようで身体がもう一体現れて浮遊しそうな感覚になっていった。
天井から見下ろしているもう一人の僕は、心地よさそうにこちらを見つめて素直になってみたらどうだと問いかける。そして、お前の過ちは自分にしか返ってこないのだから依那に正直な自分を見せてもいいだろうとまるで悪魔のように
気がつくと二十三時を回っていたので、スマートフォンを持ち出し寝室に入り凪悠の隣に横になって目を瞑った。
土曜日になり、支度をしている時にコンタクトレンズを片方落として破損させてしまったので、銀縁の眼鏡をかけて凪悠に声をかけた後急いで家を出た。表参道のビル街の傍の地下道の出入り口付近で待っていると数メートル離れたところから依那も走ってきて軽く呼吸を乱していた。
「遅くなってすみません」
「大丈夫だよ。僕も着いたばかりだし」
「ここからお店近いんで行きましょう」
依那がよく訪れるというカフェの二階へ上がると客層のほとんどが二十代の女性で賑わっていた。ちょうど窓側の席が空いていたのでそこに座り注文をしてから彼女はグラスの水を一気に飲んで更にミニピッチャーの水を注いでいるのを見て思わず吹いてしまい、そんなにのどが渇いていたのかと聞くとそうだと即答で言い返してきた。
「そんなに笑わなくてもいいでしょう?」
「ごめん。あまり見たことないからこっちもおかしくなってしまったよ」
注文したパスタが来ると会話を交えながら食事をしていき食べ終えた頃僕はあることを彼女に尋ねてみた。
「あの……これから倉木さんの自宅って行くのはまずいかな?」
「私の家ですか?……まあ、大丈夫ですが……」
「嫌ならやめておく。なんか、急に思いついたことだし、年上の男がヅカヅカ上がるのも煙たいよな……」
「いえ。少しくらいなら自宅でゆっくりしていっても構わないですよ」
「もしかして……誰か一緒に住んでいる?」
「いえ、一人です。……それじゃあ、一緒に行きますか……?」
「お願いします」
「結構散らかっているから着いたら先に片付けるので、それから入ってください」
彼女は気丈に振る舞っていたがどこか気まずそうな表情で渋々になりながらも先頭に立って歩いて行った。
電車に乗り三十分ほど先のところにある駅に着いて、更に二十分かけて歩いていくと、新築の住宅地が建ち並ぶなか、建設中の空き地の二軒隣りにある三階建ての古びたマンションの前に着き彼女は立ち止まった。
「街中にこういう建物もあるんだね」
「ここ……私の自宅です」
「えっ?」
「やめておきますか?」
「いや、せっかく来たんだからお邪魔させていただきます」
僕は彼女の身なりから想像していたことと予測以上の現実を知ってしまい心の中で愕然となってしまった。
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