第6話

一ヶ月後会社のミーティングのため出社した後に、ふと依那の事を思い出してスマートフォンにメールを送ったがすぐには返信が帰ってこなかったので、直接彼女の働く日本橋のデパートに向かった。

地下鉄に乗り下車した後ビル街を歩いて目的地に着き、一階に構えるムスクの香りがまとっているコスメコーナーの辺りを見回していくとあるブラントの店舗のカウンターに彼女の姿を見つけた。近づいていこうとした時向こうもこちらに気づいては目を丸くしてはにかんでいた。


「いらっしゃいませ。珍しいですね」

「どうも。さっきスマホにメールしたんだけどなかなか返事が来なかったから直接伺いに来たんだ」

「今日は出社の日だったんですか?」

「うん、ミーティングでさっきまで会社にいたんだ。ここまで直通で行けると思って来たんだよ」

「よかったら商品見ていきませんか?」

「いや、僕は使わないし……」

「そうじゃなくて、奥様ですよ」

「ああそうだな。ただ今向こうが何が欲しいのか聞いていなくてさ」

「リップとかはどうですか?」

「そうだな……この赤みの強いのはどうだろう?」

「凪悠さんにはちょっと浮いてしまうかもしれないですね」

「いや……できれば倉木さんに使ってもらいたい」

「私ですか?」

「もしかしてもう持っている?」

「こちらはまだ持ってません。でも奥様じゃなくてどうして私に?」

「この間の家に来てくれたお礼に購入して渡したいんだ。プレセントとして受け取ってもらえませんか?」

「本来はお断りさせていただくところなのですが、では……浅利さんのお言葉に甘えて。こちらのリップを選ばさせていただきます。ラッピングはいかがなさいますか?」

「お願いします」

「お会計はこちらでございます……ではラッピングも併せていたしますの少々お待ちください」


彼女の接客は自然体でかしこまらなく気持ちのいいものだと感じた。パンツスーツ姿も様になっているしこの清楚感ある立ち振る舞いならこれなら他の客も好感度も上がって思わず買いたくなるだろうと考えていると彼女が戻ってきて釣銭と商品を持ってきた。


「それじゃあこれを倉木さんに差し上げます」

「業務中なのにこちらも甘えさせてすみません。大事に使わせていただきますので。ありがとうございます」

「近いうちにご飯でも食べに行きたい。いつ行けそうかな?」

「そうですね……今日退勤後に私から連絡しますのでお時間をいただけませんか?」

「はい。いいですよ。じゃあ僕はこれで……」

「奥様にもよろしくお伝えください。またのお越しをお待ちしております」


彼女が会釈すると僕も頭を下げて礼をし売り場から離れていこうとした時、僕は振り返りその場所から彼女の接客をしばらく眺めていた。


働く女性の姿は美しい。


彼女も客と丁寧に視線を合わせて向き合い商品を勧めて振舞う表情と仕草が温かい人柄を滲み出ているのを知り僕の中では心が躍るように高揚感が舞い上がろうとしていた。以前話していたように周りの従業員とも上手く業務をこなしていく様が勇ましく見えてまるで自分が彼女の兄になったように嬉しく思えた。


店を出てからしばらくの間他のブランドショップが立ち並ぶ通りを歩いて洒落た場所の一角で自分に誇りを持ちながらここで過ごしている依那の姿が脳裏に焼き付いて僕の中ではますます彼女の存在が大きくなっていた。

男性にはない女性特有のしなやかさや気品、格好の良さや逞しさを垣間見るとこちらも何だか負けていられない気持ちになってくる。

そういうオーラを発する人はたくさんの人たちを取り巻いて良い方向へと導いてくれる女神のような謙遜を抱かせるものもある。


そうだ、僕は彼女に惹かれているんだ。


学生のような恋心とは違う、強い引力に身体が寄せ付けようとされているこの思いは何なのだろうか。


高潮する余韻のなか自宅に着き、そのまま書斎へ入り、仕事の残しがないか確認をした後、執筆用のソフトを立ち上げて真っ白いページに今の自分の思いを綴るようにキーボードを軽快に打っていっていく。

構想としては恋愛をテーマとして取り上げていきたい。ノンフィクションに近い形式で組み立てていきできるだけ依那に似たような人物との恋愛模様を描いたものに仕上げていこうか。

架空の愛する女性にどう思いを言葉にして思いを伝えようか色々と言葉を選びながら僕は没頭するようにパソコンに向き合っていった。


数時間が経ち時計を見ると十七時が過ぎていた。玄関の閉まる音が聞こえてきたのでパソコンを切り閉じた後リビングへ行くと凪悠が帰ってきて夕飯の用意をしようとしていた。

僕も手伝うというと何かいいことでもあったのかと聞かれたので彼女が早く家に帰ってきてくれたことが嬉しいのだと軽い冗談をついて日中に会った依那との事は塞ぐようにその場を交わした。


食後に先に浴室へ行き身体を洗い流して湯船に浸かった。いつもの適温より二度低く湯を沸かしたが何だかやけに熱く感じている。どうやら執筆の構想が頭から抜けずにずっと僕の中で居座っているようなのだ。いや、居座っているのは依那の存在の方が遥かに大きくなっている。

浴槽の淵に片腕を置き顎を乗せて彼女の事を考えていた。


僕はこれから許されないことをしようと計画している。


凪悠には申し訳ないことだが今は明らかに依那の方が肥大化して自分の中にある彼女への片思いが爆発しそうなのだ。


気持ちが昂るかな浴槽から出て床に座り込み下を覗くと陰茎が勃起している。僕はそれを握りしめてそのまま自慰行為を始め依那の裸体を想像ながらしばらく彼女の事を考えていた。

どうしても自分の行為が否めないところも伺えるがってしまったものをどう処理しろというのだと責めても仕方あるまいと思い、凪悠に気づかれないように声を殺しながらいそいそと擦り合わせて興奮しては最高の気分になっていた。


次に会った時にでもいいからその場で押し倒してでも彼女を束縛して一度は自分のものにしてみたい。驚いて殴られるくらい抵抗されてもいいから犯すように衣服を引き裂いてあの華奢で豊満な身体を抱きたいのだ。馬鹿みたいに脳内が破壊されていくのが自覚していて一気に頂点に達した時に射精してしまい、あっ、と声を漏らしてしまった。急いでシャワーを流し出し床を綺麗に洗い立ち上がろうとしたら、ドアの向こうで凪悠が僕に声をかけてきた。


「海人?」

「どうした?」

「入ってからもう一時間経っているよ。のぼせているんじゃないかと思って来たんだけど大丈夫?」

「ああ……もう上がるから、戻っていていいよ」


先程漏らした声が聞こえていたのかもしれないと思うと、あとで何か突っ込まれそうになる予感がして、脱衣所で身体をタオルで拭いて衣服を着てからリビングへ向かうと凪悠が心配そうにこちらを見ていた。

僕は冷蔵庫からビールを取り出しグラスに注いでソファに座り何事もなかったように彼女に向かって反応するとどうやら一安心したようで浴室へと入っていった。ドアの閉まる音が響くと同時に身体が一気に脱力して気が抜けたように項垂れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る