第6話
『おぉ~…近場で見ると、やっぱり前世とは建築様式が違うなぁ…』
私たちは鉢底の都市へと入り、その建造物群を眺めていた。遠目からではただの黒い直方体のように見えた建物は、いざ間近で眺めると記憶にある前世のどの建築とも異なる。まず、窓がない。少ないとかのレベルではなく、そもそも一つとして窓が存在しないのだ。
黒い外壁は一面真っ黒で、所々に溝があり半透明な緑のラインが走っている。それらラインは模様を描くというようなことは無く、ただ地面付近から建物の頂上まで所々で折れ曲がったりはしつつも一貫して続いているようだ。
そして、イェルマスを除く全ての建物にそれが共通している。建物だけ見ると町のほぼすべてが黒色なせいで尋常じゃなく冷たく重々しい印象を受けた。もしもこんな都市で暮らしていたら常に鬱屈とした気分になるのではなかろうか。
私のなんとも言えない感情を読み取ったのか、コトさんが反応する。
≪窓のない建築はギロテクノァで一般的な建築でス 建物の耐久性の向上及び統一性の高さから人気があリマした≫
『う~ん…。この辺の感覚は文化の違いだろうなぁ…』
多様性の坩堝な日本という国で育った身としては、ある程度統一感があるのはいいものの…統一しすぎる光景には首をかしげたくなる。そりゃ、京都みたいに街全体の雰囲気を大事にしたりするのは個人的にも好ましい。
しかしだ、ここの景色は雰囲気がどうのというよりも、明らかに利便性を追求しすぎて景観全体の個性を排しているように思えてならない。コトさんによれば他の都市も大体こんな感じらしいので栄えていた当時はより顕著だったのではないだろうか。文化の壁とは大きいものだ。
……と、長々と黒い景色にいちゃもんを付けているが、実際の景色は全く黒一色ではない。年月を経てそこかしこから木々が育ちまくっているのだ。
私は視覚のフィルターを解除する。
このフィルターは人工物だけを強調して認識できるようにし、植物や動物を透過してみることができるようにするものだ。これにより、私は生き物を取り去った“過去の景色”を見ることができていた。
本来の景色は一面に大小さまざまな植物が入り込んでいる。特に顕著なのは先駆樹種…岩場や草原といった他に樹木が生えていないような場所に真っ先に生える樹種だ。それらが地面のみならず、建物の外壁や屋上からも伸びている。しかし未だ緑で覆い尽くされるまでには至っておらず、都市の原型を大きく残している状態だ。おそらくバリアによって他の地域と比較して土がほとんど侵入しておらず、動物や風が運び込んだ種のみが生育したためだろう。
『…植物で埋もれているせいで入り口は完全に塞がれているね。入るのは苦労しそうだ』
外壁に生えた木から地面へと大量の根が垂らされていたり、つる植物が強固に繁茂していたりで建物に入るにはそれらの除去が必要な状態だ。時間には十分以上に余裕があると言っても、今はとりあえずイェルマスに向かい目的を達成しよう。探索はそれからでも遅くはないだろうし。
(…これまでの体験からここが異世界なのは間違いない。しかしだ、道中でもそうだったけれど、生物の特徴が前世とほとんど変わりがないのは興味深い)
よくよく観察してみれば、地表付近に生えている植物はたいていが日陰でも生育できるようなものばかりだ。これは密に立ち並ぶビル群のせいで十分な日光が届かないからだろうか。これも地球の植物と共通している特徴だ。
『今までもそうだったけど、この世界の植物は前世のものとよく似ている…というか、ほとんど同じもののように見える』
≪奇妙ナ一致です シカシながら 検証材料が足りません≫
『そうだね。私としても興味があるから、前世と行き来できる方法が見つかったら色々研究してみよう』
いつになるかわからないことに想いを馳せつつ、私たちは歩いていく。露出したイェルマス周辺には魔物にとって有益なものがほとんどない(高所に果実をつけている果物も見えるがあそこまで行けるのは鳥類くらいだろう)ため、好き好んでここへ来る魔物はそう多くないということで比較的落ち着いて移動しているのだ。…とはいっても、例外がいないとも限らないので一応常に熱源探査を起動し続けている。今確認できる反応は…ビルの上の方にいる鳥くらいで、他に目立つものはない。たぶん、安全。
◆
しばらく雑談を交えながら通りを歩いていくと、一際大きな道に出た。これまでが路地裏とまでいかなくとも密な住宅地程度には道が狭かっただけに、ちょっとした開放感を覚える。そして、遂に目的の建物を真正面からとらえることとなった。
『これが…!』
巨大な建造物がそびえている。その高さは周囲の高層ビルと比較しても飛びぬけており、前世の東京タワーにすら比肩するように思えた。しかしながら、こちらはさらに横幅がある。下から見上げた姿はさながら黒色の逆三角形だ。しかも…
『浮いてる…!?』
≪はい
『想像以上に高性能!!いやでっかいバリア張れる時点で当然高性能なんだけどさ!!』
考えてみればそうか!魔法が理不尽に強い世界だなとか思っていたけど、それに対抗できるだけの科学力がこの国にもあるんだ!私の身体も技術の一端とすると、この分では兵器がビュンビュン移動しまくって戦争してたっていうのも普通に考えられるな…!?
≪はい しかしながら 現在の状態では航行は不可能でしょウ≫
『あっそうなの…』
…ちょっと残念に思ってしまった。いや、別に乗り回してみたいとかそういうことではないのだよ。ただなんか、こう、ロマンがあるじゃない。ねぇ?
『ん゛ん゛っ…。じゃあ、行こうか』
≪気を取り直すための精神的要因に基づく行動を検知 行キましょう≫
そういうことは言わなくていいの。
内心で呟きながら私たちは浮か逆三角形に向けて歩を進め始めた。
◆
『よい、しょっと』
ガサガサ、ぶちぶち、ベキベキと植物を毟り取っていく。既に私の手は植物の汁でベッタベタだ。猛烈に手を洗いたいが、近くに水場は無いしまだまだ植物は蔓延りまくっているためこの不快感を取り去るにはまだまだ時間がかかるだろう。
…私がなぜこんな草刈り(素手)をしているかというとだ。端的に言ってイェルマスに入るためである。リパルサーで浮いているこの空中要塞へは地上にある昇降機を使う必要があるのだが、それが草木に覆われてしまっているのだ。これらを十分に除去しないとそもそも入れない。“跳躍”すれば届きはするが、そもそも昇降機を起動しないことには入り口が開かないためどの道草を毟るほかないのだ。
『疲れない体だからまだいいとして、普通の人間だったら疲労困憊待ったなしだな…。まったく便利な身体に入ったものだね。飲食や睡眠ができないっていうデメリットがあるけど』
≪デメリットなのですか 摂食行動や睡眠には時間的な損失が大きいと思いマすが≫
『人間は…少なくとも私の世界の人間は飲食や睡眠で精神的な安らぎを感じているんだよ。まぁ、生物の機能で考えると脳の情報処理能力の改善とかが関係しているんだろうけどね。おいしいものを食べたり布団にもぐって惰眠をむさぼる時の快楽はすごいんだよ?』
≪はい 本ユニットニハ現状理解できません≫
『そっかぁ…』
一刀両断されてしまったが、この体でいる限り私には二度と食事と睡眠をむさぼる機会はないことを思えば…郷愁に浸るよりも前を向いた方がいいのかもしれない。とりあえず今は草むしりだ。うん。
ばさばさ、ザクザク、むっしむっし。じゃきん。ドカン。ちゅどーん。
あと7割。終わりが遠い。
…ふと、私が現在進行形で毟っているこの植物に意識を向ける。前世のクズやツタに似たつる植物だ。しかしながらそのどちらとも特徴が異なる。ふむ。
(茎には微細な毛…葉の付き方は互生。地面や壁に固着するための吸盤を伸ばしているな。おや?若い芽は柔らかいな。毒の有無によるが加熱すれば食べることも出来そうだ……はっ!?)
山菜として食べられそうか否かを無意識に考えてしまうあたり、食への意識が染みついているんだなぁと内心で苦笑する。いっそのこと、聴覚や嗅覚のように味覚も感じるようにならないものか。案外、コトさんに聞いてみたら解決したりしないかな?
そんなことを考えながら、声を出そうとした時だった。
『ねぇ、コトさ… バチッ …え?』
バチッ
バチチッ
音が聞こえる。火花がはじける音だ。
どこから?
ジジ… ヴーン…
続けざまに、何かに動力が通ったような音がした。
嫌な予感がする。
≪警告 本ユニットより30メートル以内に超高強度魔力反応を検知 退避してください≫
胸元から聞こえるコトさんの警告。
そうだ。この場から逃げなければいけない。
音が聞こえた時点で、逃げなければいけなかった。
…どうやら、もう遅すぎたようだ。
≪警告 警告 退避行動をとってください あるいは防御行動を──
頭上に一瞬の影かかかり、それが姿を現した。
ドカンという轟音を伴って雷鳴が地面へと到達する。
眩い光が視界を焼き、私の身体が衝撃波で後ずさる。
…金色に輝く、四足の龍が眼前に降り立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます