第5話
緑の景色が背後に流れ、時々過程を飛ばしたように過ぎ去っていく。人間にはまず不可能な速度で疾走しているにもかかわらず、しっかりと空間を認識できるこの感覚には未だ慣れない。
枝のしなりを利用して飛び上がり、がさりと枝葉をかき分け樹上へと至る。目指す方角を“拡大”して見やれば、数キロメートル先に木々が存在しないぽっかりと開けた空間が認識できた。
『…あれか!』
目的地を捉えた私は再び樹幹から大きな枝へと飛び移り、次いで地面へと飛び降りながら再び疾走を始めた。瞬く間に木々が後ろに流れて行き、迫る草木の障害を乗り越え飛び越えながら思考をも加速させ、これまでの出来事に想いを馳せていく。
5日前。
カコトガさんと一昼夜を徹して会話を続けこの世界と周辺地域に関する情報を知った後、私はまず道具作りを始めた。そこはまず拠点づくりじゃないのか?と自分でも考えたが、身体の変化…異形化?肉体が変化したわけじゃないから挿げ替えの方が適切かな?まぁなんにせよ変わったことに伴い寝食が必要なくなったため、あえて建物を作る意味が薄かったのだ。周囲は岩場もないうっそうと茂る森、森、森。草木でおんぼろな拠点を作るよりも、実用的な道具作りの方が重要だ。生体じゃないので風邪もひかないし。
そして林内そこかしこで蔓延っていた丈夫なつる植物(種不明。
幸い材料こそ大量にあったものの、蔓を編む作業なんて経験がなかったためものすごく手間がかかった…。よもや三日もグネグネと蔓を編み込む作業をする羽目になるとは、前世の製造技術ってすごかったんだなぁと実感する。
まぁ出来上がったポーチは見た目こそだいぶ粗雑ではあるが…とりあえず使える代物にはなった。しかし今後もこういう道具を作ることになると思うとちょっと辟易する。製造のための機械とか残ってないかなぁ…残ってないよな…1800年だもん。
残りの二日でさらに追加で4本のベルト(一本2メートルくらいの長さ)を作成し、内2本をたすき掛けと腰に回す形で装着したうえでそこにポーチを取り付けた。これで激しく動いても揺れないそこそこ容量の腰バッグの完成である。硬くて滑りやすい今の身体から滑り落ちないよう、結構ぎっちぎちに装着してみたつもりだが…痛覚の鈍さもあってか特に支障なく動ける。良し。
残り2本はバッグにしまって予備として持っておく。ちょっとしたロープ代わりにもなるし出番はあるはずだ。
◆
さて、話を戻そう。私が今何をしているかというとだ。情報によると、この元都市現森林地帯にはとある重要スポットがあるらしい。都市のシェルターだ。
永久機関をいくつも製造していたという、前世と比較してもかなりの先を行く技術力を有していた巨大国家…日本語に合わせた発音だと“ギロテクノァ”と呼ばれたそれは、敵国である連合魔法国家“ディギアプロ”の侵攻から自国を守るため、各都市内の特に重要な領域に特殊な防御策を設置していたらしい。
(発音がめんどくさいので今後はそれぞれ科学国と魔法国と呼ぶことにしよう。うん。)
そしてその防御策こそがシェルター…正確にはドーム状の電磁バリアだ。カコトガ…コトさん曰く、その防御性能は核爆発にも耐えることができ、最大展開時は半径10㎞もの範囲を防護できたらしい。
…惜しむらくは魔法使いたちの攻撃が苛烈すぎてそれだけの防御力をもってしても突破されてしまったことだが。いくら何でも魔法使い強すぎだろ。この世界の魔法は核爆弾より強力なのかよ。
『…コトさん。改めて確認したいんだけど、目的地では何をすればいいんだっけ?』
私は木々を飛び移りながらも徐に、自身の胸元に固着した物体に声を掛けた。
白地に透き通るような青が入り混じる枝サンゴに似た物体…コトさんに。
≪はい 第5区画シェルターは 近隣における最も状態の良いアクセスポイントが 存在していマス アナタの 役に立つ道具も 見つかるでしょウ≫
数日前と比較してやや発音が自然になってきた彼女が応える。
巨大な七支刀だった彼女がどうして親指サイズにまで縮んでいるかというと、他でもない彼女からの要望があったのだ。なんでも私の身体に彼女の一部を接続(物理)することで、そこにデータを丸ごと移行することができるらしい。
当然ながら容量の差とか大丈夫なのとか思ったが、そこは超高性能。どうやらあの七支刀は容量の空きがあまりにも過剰であるらしく(3.7ヨタバイトだそうで。聞いたこともない単位が出てきたのでよくわからない。)、彼女にとっては親指サイズで何ら問題なく機能できるそうだ。
枝の先端を折り取り、胸にくっつけろと言われた時は一体何をと思った。そもそも折っていい代物なのか事態不安だったし。さらには言われた通り胸元にくっつけたらその瞬間、彼女の一部は私の身体に根を張るように固着してしまった。引っ張ってもとれなくて軽く焦ったものだ。曰く体に悪影響はないらしいが…精神衛生的にあまりよろしくない気がする。
しかしやってしまったものは最早どうにもならない。私は観念して彼女を受け入れることにした。…高性能AIによる計算能力や意見交換に利便性を鑑みてもそうせざるを得なかった。私の身体は高性能かもしれないが、肝心の扱う私が高性能ではないのだ。
『そのアクセスポイントっていうのはどんな物だっけ?』
≪はい アクセスポイントは人類や制御ユニットの操作により 管理区域内における資源や資材の操作 または管理を行いマス 今回の場合 シェルター内の軍用設備にアクセスが可能であると 予想していマス≫
『で、その軍の備品がまだ使えるようなら使っちゃおうってことだね』
≪はい その通りデす≫
確認を行いながら、私は再び樹上へと跳び上がる。定期的に位置を確認しておかないと。道を間違えたらいけない。それに…
樹上へと出た私の視界右側に、先程の確認では見られなかった変化があった。僅か100メートルほど先で、木々がざわざわと一際揺れているのだ。嫌な予感がする。
『コトさん。あれは?』
≪はい あれはおそらく 森林内に生息する大型の原生動物でしょう 木々を揺らす習性から 爪とぎを行っている
『丁寧な回答どうもありがとう。遠回りするよ!』
私は移動ルートを左にずらし、なるべく魔物を刺激しないように努めつつ移動を再開した。ああいうのは遠目で観察するのが適切で、近づいてじろじろ見たりするのは自殺行為だ。
これまでの5日間で1度、私も大型の魔物に遭遇したことがあった。道具作りのため少々森の奥地にまで移動して行っていた材料採集のさなか、木立の奥から体長4メートル、高さ3メートルはあろうという怪獣のような巨大イノシシに出くわしたのだ。全身傷だらけで、ぎらついた視線とうなりを上げる口元に覗く凶悪な牙が非常に恐ろしかった。
幸いにも相手には気づかれることなく、全力でその場から逃走したため大事にはならなかったものの…思い出しただけでも身の毛がよだつ。
しかもその後、夜中に遠くからけたたましい動物の鳴き声と木々がへしゃげるバキバキという音が聞こえてきたのだ。後日魔物がいないことを見計らい現場を確認してみたが、森林にちょっとした広場ができあがりおびただしい量の血痕と動物の毛が残されていた。明らかに何かが戦った痕だった。こんなの恐れるなって方が無理な話だ。
そう。この森の魔物はとにかくでかい。そして近づいたら純粋な暴力で襲ってくる。このためコトさんとの話し合いでもスルーが最良ということで決着した。
…実はもともと3日くらいで出発しようと考えていたのだけれど、2日延長してからにしたのは私が怖気づいてしり込みしたからである。おかげでベルトがいい感じにできたのだが。
ちなみにコトさんの本体周辺には魔物は寄ってこない。なぜかと言うと、コトさんの放つ特殊なエネルギーを魔物が嫌うためだとか。今は私にも小さいながら彼女が付いているが、小さすぎて大きな動物にはさほど効果は見込めないらしいのでおとなしく逃げの一手だ。
◆
『おお…巨大なアリ地獄みたいだ』
数分が経過し、ようやく目的地へと到着した。
樹上から見下ろすその景色には、直径2キロメートルほどのすり鉢状になった巨大な窪地が圧倒的な存在感を放っている。外縁から底までかなりの高低差があり、中心部には林地ではなく縦に長い直方体がいくつも並んでいるのが視認できた。
この地形に関しては成立経緯におおかたの予想が付く。おそらく、すり鉢の外縁に沿う、あるいはもう少し小さい規模のバリアが展開されていたのだ。故に魔法使いによる侵攻の際バリア内部には土の津波が到達せず、後々それが途切れたために周囲に溜まっていた土が崩れた結果、このような窪地が形成されたのだろう。
そして、中心にはひときわ目立つ建物がある。他の建築物よりも明らかに飛びぬけた高さをしていることもそうだが、周囲のビル群が黒を基調とした綺麗な直方体になっているのに対し、その建物はいびつな漏斗型のようになっているのだ。
『あれが目的の“
≪はい 都市防衛拠点兼大規模シールド発生装置“イェルマス”は アノ建物でス≫
『よ~し。気合入れていこう。』
私は体を支えるため、今まで掴まっていた針葉樹(っぽい木)の梢から手を放し、体重移動と木々のしなりを利用して前方へと飛び出した。傾斜地に対して命綱もなしに高所から飛び降りるとかいう極めて危険な行動であるが、問題ない。この程度の高さからそのまま落下しても私の身体には傷一つつかないことを確認済みだ。流石は超文明の先端技術で作られただけある。
…え?どうやって確かめたかって?
ふっふっふ…私の身体にはある機能が備わっていることが判明したのだよ。
『いくぞっ』
前方の空間──生い茂る木々の上、空中へ向けて意識を集中させる。
そして、心中で機能を発動させた。
ぎゅん。と、周囲で流れゆく景色が加速する。
放物線を描いて落下していた自身の身体が、見えない何かに引っ張られるように高速で移動していく。鳥よりも、風よりも、音よりも速く。
点から点に向け、1本の直線が引かれるように。
瞬間移動だ。
“特殊哨戒ユニット”の身体である私には、その名称通り敵情視察のために大変役立つ各種の機能が備わっているらしい。この能力もその一つだ。最長20メートルの距離を超音速で跳び越える。ただし目の前に障害物があったり、何かに掴まれたりしている時は発動できない。
コトさんによると、私の胸中に存在する永久機関からの十分なエネルギー供給によって行えるのだそうだ。他にも詳しい説明をしてくれたのだが、生物学に傾倒して電子工学や物理学に明るくない私にはちんぷんかんだった。
ならば情報を丸ごと叩き込んでもらえばいいじゃないかという話ではあるものの、受け取った情報を活用できるかと言われればまずもって無理である。無駄に記憶を圧迫するよりも他の事に使った方がいいだろう。
ちなみに、この“跳躍”では周囲に何の変化も与えることが無い。というか音すらも発生しない。空間に干渉しているとかいう話を聴きはしたものの、やはりその知識を私が活かすことは難しそうだ。とんでもない技術だということだけは理解できるが。
『ぃよっと!』
20メートルほどの距離を一瞬で跳び越え、移動先のよさげな木を足場にばさりと降着した。最長距離の“跳躍”は1回使うたびに2、3秒の間をおかないといけないため、その間は普通に移動するかちょっと止まって周囲の様子を伺うことにしている。今回は後者だ。
『周囲に大きな生き物の気配は…なし。…かな?』
≪はい 周囲200メートル以内に高危険度の動物はいまセん≫
コトさんからの返事をもらって安堵する。
これまでの移動中、私はもう一つの機能“探査”を常に起動していた。これは視界内の動体や熱源…さらには“魔力”といった超常的な代物までをも見つけ出すという機能なのだが、あいにく私にとっては入ってくる情報を把握しきれない。このため現在は対象を絞って熱源と大きな動体以外の対象を感知できないようにしている。
精度を上げれば周囲の枝葉の動きから空の雲の細かな流れまで詳細に見えはするものの…めまいがするほどの情報量でぶっ倒れそうになるのでやらない。
『ありがとう。私だけでサーチするにはまだ不安があるから…今後もよろしく頼むよ』
≪はい 本ユニットとシても他に動かせル機体が存在しナい以上 アナタが最後の希望デす 生存を重視しサポートを継続しマす≫
彼女の心強い返答に頷く。私と彼女、どちらからしてももはや意見を交わせる対象がお互いにしか存在しない。私はまだまだこの世界を知らないため、彼女のサポートが不可欠だ。それに何より、話し相手を失うのはこの先の旅路でかなりの苦痛となるだろう。
周囲や前方に動物の気配がないことを確認し、再び枝をしならせ足に力を籠める。
そしてもう一度、意識を集中させ…“跳躍”。
今度も距離は最大に。
『うりゃぁっ!!』
私はさらに一歩、先へ進んだ。
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