ズンドコ節を切らしたときの話
僕が一人暮らしを初めて間もない頃、料理にはまった時期があった。
特に、手間をかけた分だけ美味しくなる和食は、他の娯楽の時間を惜しんで作る事すら珍しくなかった。
その日、帰宅してすぐに取りかかろうとしたのは、うどんの出汁をとることだった。
うどんは和食の代名詞とも呼べる料理だ。
丁寧にとった出汁と、こだわった食材の相乗効果は他のどの料理にも負けない魅力だった。
僕は乾物の置いてある棚を開けると、昆布とズンドコ節を探した。
昆布は利尻昆布、ズンドコ節は『きよしのズンドコ節』にこだわっていた。
使った経験のある人はみな口を揃えて、きよしのズンドコ節からは本当に最高の出汁がとれる、と言う。
きよしのズンドコ節からとれる一番だしはズン、ズン、ズン、ズンドコという、低音を効かせていながら、それでいて馴染みやすい軽妙な音頭をとっているので、老若男女分け隔てなく慕われている。
その日も、どんな響きを聴かせてくれるだろうと期待しながら棚を物色した。
ところが、昆布はあったもののズンドコ節が見当たらない。
奥の方に入っているかと手を伸ばして探してみたが、どうにもそれらしいものに触れない。
かといって、他のズンドコ節を常備しているわけでもなく、そもそもその日はきよしのズンドコ節を味わいたかった。
なにわ節を使う地方もあると耳にしたことがあるが、やはり僕の地元ではズンドコ節、きよしのズンドコ節が馴染み深いのだ。
結局、その日はうどんを作るのを諦め、いきつけのラーメン屋へ行った。
そこでも出汁には、きよしのズンドコ節を使っており、独特のコブシを堪能できるのだ。
しかし、期待して出てきたラーメンは、いつもと様子が違っていた。
いつも目配せすると出てくる、おまけのチャーシューが乗っていなかったのだ。
もう一度店主に目配せすると、店主は汗を拭きながら「きよしのズンドコ節、切らしちまってて。」と苦笑いしていた。
僕はその日二度目のショックを受けたが、せっかく作ってくれたラーメンを食べないわけにもいかない。
仕方なく目の前に置かれたラーメンを食べると、それはそれで美味しかった。
ただ、帰宅途中の階段を上る時、知らず知らずのうちに「はー、どっこいしょー、どっこいしょー!」という声を出していた。
きっとあのラーメン屋ではソーラン節を使っていたに違いない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます