手品の種を植えた話
あれは小学3年生になったばかりの頃の話だ。
理科の授業の一環で、みんなで手品を育てることになっていた。
一人ひとつの鉢にそれぞれ手品の種を植えるのだ。
毎日の水やりは当番制になっていて、クラスみんなで全員の手品を育てよう、という約束になった。
僕は手品を育てた事がなかった。
アパート住まいなので広い庭があるわけでもなく、そもそも母は仕事で忙しかったので手品に手を掛ける暇などなかったのだ。
稀に食卓の中央に手品が置かれている事があったが、それも近くのスーパーの中にあるパーティーグッズ売場で、既に出来上がったものを購入しただけに過ぎなかった。
そんなこともあってか、この手品を種から育てるという授業を先生から聞かされたときは、たいそう楽しみにしたものだった。
はじめの頃こそ中々変化がなかったものの、一列に並べられた鉢のあちらこちらで土の中から手品が披露され始めると、自分の手品もはやく披露されないかと待ち遠しくなった。
いち早く披露された友達の手品を見たときは驚きと感心の声を漏らしたものだ。
そしてある日の水やり当番は僕だった。
その日の朝は少し早く起きて学校へ行った。
水道でジョウロに水を入れて鉢のところへ行くと、そこには朝日に照らされて生き生きとタネ明かしされたいくつもの手品があった。
あちらこちらの鉢からタネ明かしされている手品が、朝日の方を向いてさも自慢げにタネ明かしをしていた。
しばらくしてクラスメイトが登校し始めると、今度はクラスメイトに向かってタネ明かしをしていた。
自分の手品がタネ明かしをしているのを見たクラスメイトは「わぁ!」「大がかり!」「そんな風になっていたんだ!」など、それぞれ興味津々に見ていた。
ところが、そんな中にあって、未だに僕の手品だけはタネ明かしどころか、土の中から披露されることすらないままだった。
種のあるはずの場所に耳を近づけると、あの「チャラリラリラ~♪」というメロディすら聞こえて来なかった。
そこで僕はあることを思い出した。
すっかり忘れていたのだが、種を貰った次の日、僕は嬉しさのあまり熱を出して学校を休んだのだ。
家の布団でうなされていた僕は、うわ言のように「縦縞が……手の中で横縞に……」と言っていたらしい。
種を貰った次の日は土へ種を植える日だった。
手品が上手く披露されるための仕掛けを撒く日でもあった。
つまりはあの日、種を持ち帰った僕の鉢には、種も仕掛けもなかったのだ。
先生にその事を話すと、先生も僕の分を忘れていたようで、ただただ平謝りされた。
それでは手品が披露されるはずがなかった。
そしてこのままではあまりに可哀想ということで、先生は自分で育てていた手品を僕にくれた。
それは、『右手に握ったコインが左手に移動してまた右手に戻る』という、手品と呼ぶにはあまりにも子供騙しなものだった。
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