耳が戻ってこなかった話


あれは僕が高校生の頃の話だ。


クラスメイトに噂好きの亀山君という子がいた。

亀山君はどこからか得た情報を、ある時はこっそりと、ある時は公に流布していた。


内容は様々で、僕が公に聞いたことのあるものでは、クラスの誰と誰が同じ子を好きになって喧嘩になっているだとか、先生に色仕掛けをしている生徒がいるだとか、全校集会で話があった万引き犯の正体だとかそんなところだった。




ある日の昼休みだった。

何やら辺りを見回している亀山君がいた。

どうしたのか聞くと、「ちょっと耳を貸して。」と僕に囁いた。

僕は人に耳を貸した事がなかったのだが、亀山君は慣れた手つきで僕の耳を借りると、何やら話そうとしていた。

きっとまた噂話を手に入れたのだと分かった。


亀山君は、ゴニョゴニョと周りには聞かれないくらい小さな声で僕の耳に話しかけていた。

よく見る光景だった。

そうやって他のクラスメイトに噂を話している姿を度々見ていたからだ。


ところがその日は事情が違った。

亀山君のそんな姿を見ていた教師がいたのだ。

あの、色仕掛けを使われていた側の男性教師だった。

男性教師は色仕掛けを使われているという噂を流されて以来、学校中の生徒から冷たい視線を向けられるようになっていた。

他の教師からも、どういうことかと問い詰められたらしい。


「また根も葉もない噂を流しているな!」


男性教師は大声をあげながら近づいてくると、あっという間に亀山君を捕え、僕が呆気にとられている間に教室を後にした。


あまりに唐突な出来事にしばらくポカンとしていたが、そこで耳を返してもらっていない事に気づいた。

亀山君が持ったまま男性教師に連れていかれてしまったのだ。

そして、その時は明日返してもらえばいいかと思っていたのだが、なんと亀山君は退学処分となってしまったため、実は未だに帰ってきていない。



耳を貸したままにして不便なのは勿論のこと、あの時亀山君がどんな噂話をしたのか思い出せなかったのだが、よく考えてみれば耳を貸したっきり返ってこないのだから、どんな内容だったか思い出せないのではなく知らないのだ。


懸念しているのは、利子をつけて5つや6つの耳が返ってきたときにどうするか、だ。

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