けんじ君になりたくて仕方なかったときの話

あれは中学1年生のときの話だ。


同じクラスに『けんじ君』という子がいた。

僕とけんじ君は、小学校は違っていたが、席が前後だったため、入学して間もなく友達になった。


けんじ君は人気者だった。

そして頭も良くテストでも学年トップクラスだったので、しばしばノートを貸してもらうこともあった。

家も裕福で、父親は弁護士、母親は医師という環境だった。

家に遊びに行ったときは、両親とも仕事で留守だったが、お手伝いさんがケーキに紅茶にと、もてなしてくれた。


そんな彼と友達関係を続けているうちに僕は「けんじ君みたいになりたい」と思うようになった。


あれが、『自己『けんじ』欲』の始まりだったと思う。





まず、クラスで人気者になるため、バラエティとスポーツの情報にアンテナを張った。

新しい芸人のギャグをいち早くマネし、ありとあらゆるスポーツの話題をチェックした。

そして勉強もした。

勉強机の横に山積みになっていた教材を整理して取り組んだ。



しかし、けんじ君にはなれなかった。

一度、他の友達に「僕って、けんじ君みたいになってる?」と聞いたことがある。

友達は「けんじはけんじ。たかしはたかしでいいんじゃないかな。」と言っていた。


しかし、そんなアドバイスとは裏腹に、『自己『けんじ』欲』は高まっていく一方だった。


実はこのアドバイスの後、けんじ君に直接「僕もけんじ君になっていい?」と聞いたことがあった。

すると、彼は「俺なんて『自己『けんじ』欲』ゼロだぜ。」と苦笑いしていた。





その日から、どうにかして、けんじ君になれないものかと悩む毎日が続き、勉強にも身が入らなくなり、やがて家でゲームをしてばかりになってしまった。

そんな生活をしていれば、当然、母がやってきて、「いつまでゲームしてるの!?」と怒鳴ってきた。


あるとき、僕が「けんじ君の家では…」と言いかけたときだ。

母から思わぬアドバイスがとんできた。


「そんなにゲームばっかりやりたいなら、けんじ君の家の子になりなさい!」


青天の霹靂だった。

けんじ君の家の子になればいい、という発想には至らなかった。

確かにそうだ。

考えられる方法の中で最も『自己『けんじ』欲』を満たしてくれるのは、けんじ君の家の子になることだ。


母に礼を言うと、さっそくけんじ君の家に電話をした。


電話口にはけんじ君が出た。

僕は母から言われた事を説明し、けんじ君の家の子になることを告げたのだが、逆に思わぬ告白を受けることになった。


「俺の方こそ、たかしの家に行っていいかな。」




あとから聞いた話では、けんじ君はけんじ君で、『自己『たかし』欲』が凄かったらしい。

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