横断歩道でお婆さんのゼンマイを巻いた話

中学生の頃だった。

僕は友達の家に遊びに行こうとしていた。

すると、横断歩道の前に、腰を曲げたお婆さんが立っていた。

両手には風呂敷を持っていた。

もしかして何か理由があって横断歩道を渡れないのではないだろうか。

僕は、声をかけてみた。


「どうかしましたか?」


すると、お婆さんは「ゼンマイが切れてしまった」と教えてくれた。

お婆さんの背中を見ると、確かにブリキでできたゼンマイが止まっていた。

そしてそれは、やや錆びついている様子だった。


中学生の頃なので今からかなり昔にはなるが、当時はすでに、ゼンマイ仕掛けの人なんて見かけたことすらなかった。

ほとんどの人は乾電池式で、ゼンマイ仕掛けの人は極一部のお年寄りだけだった。


そのまま無視するわけにもいかなかったので、お婆さんに言われるがままゼンマイを時計回りに巻いた。

カチチチチ、っとお婆さんの中で音がした。

聞いたことはないけれど、不思議と懐かしい音に感じた。


ゼンマイから手を離すと、お婆さんの両足はカタカタと動き出した。

年のせいか少しぎこちない動きだった。


右、左、右、左と交互に足を出す。


順調に歩いていると、中央分離帯のあたりでお婆さんは突然足を止めた。

僕は慌てた。

早くしないと信号が変わってしまう。


「巻いとくれ、巻いとくれ。」


お婆さんが言うのでもう一度急いでゼンマイを巻いた。

お年寄りは何て不便なんだと思った。


それからは、無事に横断歩道を渡りきることができた。

渡りきったところでお婆さんはひと息つき、お礼を言ってくれた。





後日、どうやって住所を知ったのか分からないが、リチウムイオン電池が贈られてきた。

母に経緯を話すと、「あなたのことオモチャだと思ったのかしらねぇ」と笑った。

僕は恥ずかしくなり憤慨した。

確かに背は小さい方だし童顔だけど、まったく、とんだ玩具扱いだと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る