人を飲み込んだ話

先日、会社のプレゼンがあった。

それ自体は問題なくおこなえたのだが、終わってから喉から胸にかけて違和感を感じたので病院に行った。


診察で医師から「『人』の飲み込み過ぎだね。」と言われた。





だれにでも緊張の舞台というものが1度はあると思う。


僕は小学生の頃、ピアノを習っていた。

そしてピアノの発表会がそれにあたるものだった。

緊張をほぐす方法は人それぞれかもしれないが、僕は『手のひらの『人』を飲み込む』ことで緊張をほぐしていた。


祖母に教えて貰ったやり方なのだが、不思議とリラックスできるのだ。

言ってしまえば、おまじないだった。

『人』側は飲み込まれることを喜んではいなかったが、理由を伝えると「しょうがないな。」という顔をして飲み込まれてくれた。



小学生の僕にとっては大事なルーティンだったので、発表会当日は友達に、『『人』の飲み込み方』を教えてみんなでやっていた。


ある日友達の1人がいつも以上に緊張していた。

その子は震える手でいつものように『手のひらの『人』』を飲み込んだ。

それでも安心できなかったのか、続けざまにもう2回飲み込んだ。

あれは確実に『『人』の飲み込み過ぎ』だった。

発表会の壇上から戻ってきたその子は『人』が喉に引っ掛かって声をだせなくなっていた。

代わりに喉の奥の方から、『人』の「おーい。」という声が聞こえてきた。

しっかり検査をしたわけではないが、喉の途中で人が手足を広げて落ちまいとしていたのだと思う。





大人になっても緊張する場面では『人』を飲み込んでいたが、医師に「『人』の飲み込み過ぎだね。」と言われたとき、その子の事を思い出した。


その子は喉に『人』が引っ掛かったまま何日も放置していたので、いつの間にか声変わりしていた。

そのとき僕は、初めて喉仏のでき方を知った。

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