餅をついてしまった話

あれは彼女と同棲を始めて間もない頃の話だ。

元旦の朝食の席で彼女は、突然切り出した。


「ねぇ、私に隠してることない?」


あまりに唐突なこの質問に、心当たりがないわけではなかった僕は一瞬言葉に詰まった。


「私に餅ついたでしょ。」


さらに追い討ちをかける彼女。

図星だった。

確かに僕は餅をついた。

雑煮をつくるのに切り餅を使うと言っていたにも関わらず、こっそり餅をついてしまったのだ。

世の中には『ついていい餅とついてはいけない餅』があるが、彼女の態度を見るにこれは『ついてはいけない餅』だったらしい。


「い、いや、これには深い理由が……」


完全に面食らった僕は吃りながらそう返すのが精一杯だった。

そもそも十五夜の夜でもないのに簡単に餅をつくなんて、あまり良いことではない。

彼女は「餅つきは泥棒の始まりだよ。」と言うと、目の前の雑煮の汁をズズッと吸った。




実は彼女に餅をついたのはこれが初めてではなかった。

それはまだ付き合う前のことだ。

デートを重ねた僕たちは、あとはどちらから告白するか、という時期に差し掛かっていた。

僕は彼女に好かれたいあまり、色々な餅を並べた。

きな粉、安倍川、あんころ。

けれどいくら餅を並べたところで彼女はそれを見透かしていた。

呆れ笑いで言われた「わたしも好きだよ」の前では、どんな餅も敵わなかった。

僕は餅が喉に詰まりそれ以上何も言えなかった。




そして今回もしっかりと見透かされていた。


「うん、美味しい。どんな餅をつかれても結局美味しいお雑煮食べちゃうと許しちゃうんだよね。悔しいなぁ。」


苦笑いしながら本音を隠せない、そんな正直な彼女に僕はヤキモチをやくのだった。

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