五大栄養素に応募した話

僕が高校生の頃、巷では食生活ブームが起きていた。

テレビでは連日、様々な栄養素がバラエティに出演した。

彼らの一挙手一投足はネットで取り上げられ、熱狂的なファンにより彼らが身に付けるものは翌日スーパーから消えた。



そんなブームの中で『五大栄養素』という人気グループがあったのだが、追加メンバーのオーディションが開かれることになった。

そこへ姉が僕の履歴書を送っていたと知ったのは、書類審査を通過した後だった。

これはあくまで僕の意図しないところで勝手に姉が進めていた事なので、自分がまさか栄養素顔だとは思っていなかったし、今でも思っていない。

そこまでナルシストではなかったが、結果として書類審査が通過してしまったことで「満更でもないな」などと思い、面接にはやや前向きに臨むことになった。



面接ではやはり書類審査を通過した栄養素顔が揃っていた。

既存のメンバーに勝るとも劣らない顔ぶれに一瞬は怯んだが、僕は知っていた。

こういったグループでは個性が大事となる。

そこに於いて、既存のメンバーと似た風貌はむしろマイナスでしかないのだ。

そして、面接室に呼ばれ部屋に入るとそこには五大栄養素のメンバーが座っていた。

たんぱく質、脂質、炭水化物、ビタミン、ミネラル。

誰もがテレビで見たことのある栄養素だった。

僕だけでなく、他のオーディション参加者からも緊張の色がうかがえた。


「は、長谷川です。特技は盛ったご飯の重さを当てられることです!」


僕は持ち込んだ炊飯器を使って、日頃から嗜んでいる『ご飯よそって重さ当てるやつ』を披露した。

メンバーからは「おぉっ!」や「やるなぁ」といった感心の声が漏れた。

特に炭水化物さんは「君とコンビ組んだら面白そうだね。」と言ってくれた。



そして、無事オーディションは終わり、五大栄養素は六大栄養素になった。


「たんぱく質、脂質、炭水化物、ビタミン、ミネラル、長谷川」


マスコミは国民的グループの新メンバーを持ち上げた。

『栄養素のニューウェーブ』と持て囃され、『長谷川が人体にどんな働きをするのか』が出版されると飛ぶように売れた。

六大栄養素の新曲ではメインボーカルに抜擢された。

僕もこれからの六大栄養素は自分が引っ張っていくくらいの気負いはあった。



ところがそんな日々も長くは続かなかった。

ぽっと出の僕がスポットライトを浴びる事に妬みを感じる人もおり、悪い噂や粗探しがされるようになったのだ。

週刊誌に『長谷川の知られざる悪事』と題された記事の内容は目を疑うものだった。

実は長谷川の摂りすぎは肝臓をいじめ、動脈硬化の一因になるというものだった。

この記事はネットニュースにもなり、大きく歪曲されテレビで取り上げられることとなる。

仕事を終えると、車に乗るのさえままならない程の報道陣が駆けつけた。

「あの週刊誌の内容は事実なのですか?」とスプーンが向けられた。

僕は弁明しようと努力したが、話せば話すほど報道は加熱した。

事実である。

事実であるがそれは長谷川という存在の一面でしかなく、まるでそれが僕のすべてであるかのような報道はやめてくれ、人格を否定しないでくれ。

そう叫んだが次第に仕事は減っていった。

国民的グループの新メンバーの悪事。

そんなセンセーショナルなニュースをメディアが逃すはずがなかった。

事務所も対応に追われていた。

少し前まで高校生だった僕は、何が正解でどうしたらいいのか分からず、ただ大人たちが僕のために奔走する姿を見るだけだった。



そしてクレームが手に負えなくなっていた事務所からは、しばらく活動休止が伝えられた。

そらから間もなく、僕は栄養素としての長谷川をやめた。

最後のライヴに出演することなくひっそりとスプーンを置いた。

一般市民に戻ったのだった。


「長谷川は体に良くない。」


「長谷川50%オフ!」


そんな言葉ばかり耳にし、心が耐えきれなくなった。





今でもふと居酒屋に行くと感づかれることがある。


「兄ちゃん、前に栄養素やってた長谷川ってやつに似てるな。」


「ええ、よく言われます。」


「みんなは体に悪いって言うけど、俺は今でもあいつのこと好きだぜ。だって旨いじゃん。」


「はは、……ねぇ。」


ふと見上げると、テレビで五大栄養素に戻った彼らは輝いていた。

そんな日は少し気持ちよく酔えるのだ。

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