値引きされた安井の話

高校生だった頃、周りの男子は1人また1人と彼女をつくっていた。

モテない僕らは、そんな噂を聞くたびに焦りを感じ、どうにかモテないかと考えていた。


そのうちの1人、安井という男がいた。

安井も僕と同様、彼女がいなかった。

そして彼には『値引きシール』が貼られていた。


「安井、昨日から言おうと思ってたんだけど、値引きシール貼られてるぞ。」


そんな僕の唐突な呼び掛けにギョッとしたのか、安井は手で背中を探る。

それは丁度彼の手の届かない位置に貼られていた。


「うそ!早くない!?」


僕も早いな、と思った。

安井が体育祭で活躍したのは、つい1ヶ月前だったではないか。

その時は、確かに『担任おすすめシール』が貼られていた。

からだの至るところに『いま旬の!』や『あの体育祭で噂の!』といったポップが貼られていた。

売り出し中なのは間違いなかった。


「俺の旬はもう終わったのかよ!」


あの時売れていれば、値引きシールを貼られることなどなかったのだ。


「10%OFFだって。」


そう言うと安井は肩を落とした。

値引きシールは言わば売れ残りのレッテルである。

誰かが教えてあげなければ貼られていることすら気づかない。

そういう意味では、教えてあげてよかったなと思った。





次の日、安井は『半額』になっていた。

突然のことに驚いた。


「どうしたんだよ。」


半額になっていることを伝えると、彼は事情を話してくれた。


何でも昨日帰り道にエロ本が落ちていたのだそうだ。

それを拾うか見過ごすか迷っていたが、出来心が勝ってしまったらしい。

そんなことは多感な高校生にはあることだ。

ただ、学校を出て割とすぐだったのがまずかった。

クラスの女子に目撃されたその現場は、脚色を加えられ学年中に広まったのだ。


僕は彼の肩を叩き慰めた。気の毒だが自業自得だ。

値引きされた彼は以前よりくたびれた表情をしていた。





そしてさらに数日が過ぎた。

半額になった安井は教室の隅にいた。

正確には教室の隅のワゴンの中にいた。

ところどころ凹んでいる。

彼に話しかけようとしたが、「もういいんだ……」とだけ呟いていた。

もはや投げ売りな状態だった。


つい先日まで担任おすすめシールが貼られていた少年とは思えなかった。





ちなみにその後、そんな彼にも彼女ができた。

半額でもワゴン売りでも気にしない子だった。

むしろワゴン売りになったから売れたのかもしれない。

そうだとしたら相当したたかな子だと思う。

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