第9話 七日目、交わりの儀
(ん…何の音?)
壁に吹きつける風の音で目が覚めた。
いつもしているシュンランの足輪は昨日のどさくさで借りるのを忘れていた。
奇跡的に目覚めることが出来て、智也は強風に感謝した。
「ん…」
拓海が寝返りを打った。
こちらへ向けた寝顔が愛しすぎて、息苦しさを感じるほど胸が高鳴る。
拓海とは昨夜、まさかの「恋人」という間柄になった。
一晩寝て起きても、いまだに夢じゃないかと思うくらい信じられない。
寝顔をずっと見ていたかったけれど、拓海が起きる前に夜宮を出なければならない。
名残惜しい気持ちで布団から出た。
寝室を出て階段を降りていると、頭がずきずきと痛むことに気づいた。
こめかみの辺りが軋むように痛い。
(拓海君と付き合えることになったから、嬉しすぎて自律神経がおかしくなったのかな…)
昨日は色々なことがありすぎた。
きっと体がびっくりしたんだろう、と智也は思った。
夜宮から出るとすでにシュンラン達が待っていた。
今日もノウラン達護衛が一緒だ。
「イリノ様、申し訳ございません。…このシュンラン、一生の不覚でございます。足輪をお渡しするのを忘れておりました」
シュンランが開口一番、地面にひれ伏す勢いで謝ってきた。
智也が起きられないかもしれない、と昨夜から心配していたのだろう。
今朝は智也が来るずっと前から、夜宮の前で待っていたようだ。
「気にしないでください!昨日は俺もソワソワしてて、すっかり忘れてました。でも起きられたんで、大丈夫ですよ」
泣きそうなほど思い詰めているシュンランが、申し訳ないけれど可愛くて、全力で慰めた。
恐らく、いつも完璧なシュンランが失敗することは珍しいのかもしれない。
周りにいる側仕え達や護衛達も心配そうに見ている。
全力で声掛けした結果、シュンランは少し元気を取り戻した。
その頃合いを見計らって、ノウランが言った。
「この風では昨日のように民衆が押し寄せることはないかと思われますが、念の為、早く右宮へ戻られた方がよろしいかと」
「そうですね。風もどんどん強くなってますし」
足早に右宮へ戻る。
この星へ来てから、ここまで強い風が吹くのは初めてだ。
うなるような風の音は、恐怖を感じるほど大きくなっている。
急に、幼い頃の記憶が蘇った。
日本を縦断した強大な台風の、暴風域に入った時。
実家の窓から見た外の景色は、灰色の空に色々な物が宙を舞っていた。
家が揺れるほどの風。
川が溢れるほどの雨。
初めて感じた、自然の怖さだった。
嫌な予感がした。
智也は足を止めた。
シュンラン達も、戸惑いながら立ち止まる。
確信はないけれど、嫌な予感が「予感」のままでは終わらない気がした。
「セイランさんに会わせてください、今すぐに!」
*****
「神殿は?」
「もう人で溢れています」
「河川に近い住民は退避済みです」
「庁舎を開放しましょう」
「怪我人の確認を!」
神官庁は騒然としていた。
神官達や文官達が忙しなく動き回り、怒号とも言えるやりとりさえ見られる。
「イリノ様、そろそろ右宮に戻りましょう」
「…自分に出来る事がないのが不甲斐ないです」
様子を見ているだけの自分がやるせなかった。
「何を仰いますか!私共はイリノ様に感謝しなければなりません。この御恩をどう果たせば…とにかく今は、右宮へ参りましょう」
シュンランに促されるように、徐々に騒がしさが増す神官庁を後にした。
智也達は隠し通路を通り、右宮へと帰った。
いつもは右宮と夜宮を往復する隠し通路しか利用しないが、神の丘にはいくつもの隠し通路があるらしい。
半地下になっている場所から、外の様子が少し確認出来た。
(やっぱり、ひどいことになったな)
今朝、右宮へ戻る途中、これから嵐が来るのではないかと思った。
智也の頭が痛い時は、だいたい雨が降る。
それに、台風の時のような湿った風が吹いていた。
そして今、外は暴風が吹き荒れ、バケツをひっくり返したような雨が地面や建物を叩きつけている。
災害の多い国で生まれ育ったからか、枯れた土地に嵐がどういう影響をもたらすのか、想像に難くなかった。
それをセイランに伝えると、すぐに号令をかけて行動してくれた。
信じてもらえないかもしれない、そもそも本当に起こるかわからない、という不安はあったけれど、セイランは現実的に考えて起こる可能性が高いと判断したようだ。
長年、雨の降っていない土壌は脆い。
河川に近い街の住民達は、神の丘へ集めて避難させている。
神の丘は岩の上に作られた場所だから、その方が安全だった。
しかし、本来なら神官しか立ち入れない場所に一般市民が入ることは前代未聞らしい。
反対の声も上がる中、セイランが説得に奔走してくれた。
結果的にその判断は正しかった。
雨量が多くなるにつれ、樹木が枯れた山や乾いた河川の斜面では、すでに土砂崩れが起こっていた。
(人に被害がなければ良いけど…)
智也は祈ることしか出来なかった。
右宮へ到着する頃には、ますます風は乱暴になり、雨は全てを押し流すように降り続けていた。
昨日と同じ様に、宮殿の全ての戸を塞いでいるが、それでも風と雨の音は不安になるほど聞こえる。
外の様子を見ることも出来ず、智也はじっとしていることしか出来なかった。
反対にシュンラン達は、忙しそうにしている。
「加勢が必要と…」
「しかし、万が一のことがあってはなりません!」
「もちろん、全員とは言いません。神官と護衛を数名…」
「昨日のことをお忘れですか?イリノ様に危険が及ぶようなことは、私、承服しかねます」
神官庁から来た役人と、シュンランが言い争っていた。
気になって近くで耳をそば立てた。
避難してきた人々の対応に追われて人手不足のようだ。
シュンランが智也を守りたいという真剣な気持ちは有り難かった。
しかし、恐らく上司から言いつけられて来たであろう若い役人が、必死に説得しようとする姿に胸が痛む。
「あの、ちょっと良いですか?」
智也が近くにいるとは思ってなかった二人は、驚いた後、瞬時に畏まった。
「お見苦しいところをお見せして申し訳ございません!」
「申し訳ございません!」
二人とも最大限に頭を下げていて、こちらが謝りたくなった。
「いえ!俺が急に声掛けちゃって、すみませんでした。それで…盗み聞きして申し訳ないんですが、人手が足りないんですか?」
役人は自分が話して良いものか、シュンランの様子を伺いながら口を開いた。
「左様でございます。避難場所の確保や物資の配給、怪我人の手当てなどですでに人員は手一杯の状況です。しかし、避難する住民達は続々と増え続けております。一人でも多くの人員が必要なのです」
「俺で良ければお手伝いしますけど…」
正直な気持ちを伝えると、シュンランが鬼の形相で智也を見た。
「おやめください!神子様がその様なことをなさるなど、言語道断です!」
「そうですよね…すみません」
駄目だろうとは予想はしていたが、予想以上にシュンランに怒られて身が縮む思いがした。
なんとかシュンランに怒られずに、人員が増やせる方法はないかと考える。
「…神事の時間って、早めたり出来ませんか?」
シュンランも役人も、きょとんとした顔をしていた。
*****
「さすがはイリノ様です。最初は何を仰っているのかさっぱりでしたが…」
苦笑するシュンランと夜宮へ続く隠し通路を歩く。
今日はいつもと違って、他の側仕えの代わりにノウランがいる。
「駄目元で言ってみただけです。了承してもらえたのはラッキーでした」
他の側仕えと護衛は、避難所の応援に行ってもらった。
神事を始める時間を早めてもらったからだ。
役人とシュンランの言い争いがあった後、急遽セイランをはじめとする研究者達に確認をとってもらった。
すると、神事を始める時間については神託によって決められているわけではないことがわかった。
慣例として夜に始めているだけだったのだ。
それを踏まえて、智也はセイランに提案した。
神事の時間を早めることによって、夜宮に神子が集まる。
右宮と左宮の二カ所に必要だった人員が、一カ所で済むことになる。
その分、避難所への応援に人員を回せる。
セイランはすぐに了承してくれた。
素早い決断は、一刻を争うほど避難所の状況が逼迫していたからなのかもしれない。
幸運なことに、今は全ての住民の避難が完了し、避難所も徐々に落ち着き始めているらしい。
「イリノ様。私はイリノ様にお仕え出来たことを誇りに思います」
「そんな!褒めても何も出てこないですって」
シュンランは智也を持ち上げるのが上手い。
側仕えの鏡だ、と尊敬する。
「イリノ様、恐れながら、私も誇りに思っております。本日も実にお美しく、神々しさが日に日に増しておられるかと」
ノウランも持ち上げるのが上手いらしい。
褒められるのは素直に嬉しい。
ただ、ノウランが褒めてくれた美しさについては、ほとんど神服による効果だと思われた。
初日の神服ほどの重さではないが、今日は藍色の布をいくつも重ねたガウンのようなものだった。
布には金糸で刺繍が施されていて、繊細な模様が美しい。
動くたびに光の残像が輝き、光の泉を纏ったような気持ちになる。
全ては「交わりの儀」のためだ。
今日もいつものように湯浴みをして、シュンランに全身くまなく清められた。
心の準備は全く出来ていないが、体の準備は出来ている、というおかしな状況だ。
緊張していない、と言えば嘘になる。
恋人に全てを捧げるという夢がついに叶おうとしているのだ。
夜宮が近づくと、ますます緊張感が増した。
もはや、風の音も雨の音も気にならない。
「イリノ様、いってらっしゃいませ」
「いってらっしゃいませ」
扉の前でシュンランとノウランに見送られる。
どこからともなく鐘の音が聞こえて、夜宮の扉を開けた。
*****
最後の扉を開けると、もう拓海が着いていた。
「大活躍だったらしいですね」
冷やかされたと思ったけれど、思った矢先に抱きしめられた。
「あんまり無茶しないで下さい。入野君おっちょこちょいなんだから」
「誰がおっちょこちょいだって?」
自分でも器用な方ではないという自覚があるが、なぜか「おっちょこちょい」という響きは気に入らなかった。
「…今日、止まらなかったらすみません」
突然、耳元に真剣な声音で言われた。
一瞬で体が熱くなる。
「…良いよ」
覚悟を決めて言ったものの、恥ずかしさで目を合わせられない。
「じゃあ、泣いても止まりませんから。そのつもりでお願いします」
覚悟が足りなかったかもしれない。
拓海の射る様な視線に、背筋がゾクゾクした。
拓海は引っ張るように、鈴の元へ智也を連れて行った。
これから始まる儀式のことで頭が一杯の智也は、気づくと鈴を鳴らし終わっていた。
嬉しさや不安、緊張が混ざり合って、経験のない感情が波の様に押し寄せる。
二人で向かい合って座る。
今日は神酒も用意されていない。
ありのままの姿で、儀式は行われる。
二人同時に礼をし、互いの服を脱がせる。
似合っていた拓海の神服を脱がすのは惜しい気もしたけれど、神服の中から現れたたくましい体が名残惜しさを吹き飛ばした。
一糸も纏っていない状態になると、拓海が智也に口づけた。
最初こそ唇を啄むようなキスだったが、次第に舌を絡め取るような濃厚なものに変わった。
酒の味はしないはずなのに、酔ったように脳が蕩ける。
「んっ」
いつの間にか香油を手にしていた拓海が、滑りの良い指で智也の胸の先端に触れる。
すぐに尖ってしまうそこを、拓海がいじめるようにこねると、智也の中心はすぐに反応した。
拓海の中心に触れたくなって深い茂みを探ると、拓海のものも硬く立ち上がっていた。
可愛がるように先を撫でると、仕返しをするように手が智也の尻の谷間に伸びた。
香油を充分過ぎるほど纏った指が、入りたそうに後孔の周りをなぞる。
もどかしい指の動きに煽られた智也は、ねだるように拓海の唇に吸い付いた。
「んっ…」
節くれ立った指が、期待に応える様に侵入してくる。
ゆっくり抜き差しされると、体の熱が上がった。
「腰、揺れてる」
耳元で低い声が響く。
勝手に揺れていた腰は、止めようと思っても止まらない。
恥ずかしさで涙腺が緩む。
「かわいい…」
拓海は、潤んだ智也の目元を舌で舐め取りながら後孔に入れる指を増やした。
内壁を拡げるように動かすと、快感を直撃する場所に触れた。
「や、あっ」
智也の先端から透明な液体が滴る。
拓海はその反応をみて、さらに後孔の指を増やした。
最初はきつく指を締め付けたが、先程見つけた場所に触れると、指を飲み込むように受け入れ始める。
智也は限界に近づいていた。
「も、いれて!お願い」
指ではなく、拓海のものを挿れてほしかった。
拓海は抱きつく智也を布団へ押し倒すと、後孔に自分の先端を押し当てる。
「ゆっくり息して」
体が強張っている智也に口づけながら言った。
智也が頷くと、熱い塊が押し入ってきた。
苦しさで呼吸を忘れそうになる度、拓海は押し入る動きを止める。
「全部、いれて、動いて」
拓海の優しさは充分伝わった。
今は苦しさよりも嬉しさが勝っている。
あとは拓海の思うがままにしてほしいと思った。
拓海はひと呼吸置くと、ゆっくりと腰を進めて中心の全てを智也の中に納めた。
「全部入りました」
硬く熱く質量のあるもので、智也の心と体が満たされる。
「気持ち良い…」
拓海はそう言うと、深く口づけてきた。
舌を絡めながら、拓海はゆっくり腰を動かし始める。
「っあ」
動くたびに、拓海のものが智也の良い場所を擦ると、次第に苦しさは無くなって快感だけが残った。
だんだん拓海の動きが激しくなる。
控えめだった前後の動きは、体を揺さぶるほど大きく、そして速くなった。
頭の先まで穿つような衝撃で視界がぼやける。
一瞬、智也の記憶が呼び起こされた。
(この感じ、夢で見た…)
この星に来る前に繰り返し見た夢と、全く同じ景色を見ていた。
夢と違うのは、景色に色があり、音が聞こえ、体温を感じることだ。
夢に見た相手は拓海だった。
不思議な感覚に、涙が溢れる。
嬉しくて、拓海の背中に回した手に力を込めた。
すると、拓海の動きがさらに力強さを増した。
「んあっ、あ」
声にならない声が、出したくもないのに出てしまう。
体の内側から何かが迫り上がってくる。
駄目だ、と思った瞬間、その何かから解放された。
「くっ…!」
智也の先端から勢いよく白濁が飛んだ。
体の奥に温かいものが流れてくる感覚がある。
智也は今までに感じたことがないほどの幸せを感じた。
体に力が入らない。
荒い息づかいは自分から発しているはずなのに、遠くで聞こえる気がする。
まだ智也の体内には拓海が入っていた。
二人は汗ばんで湿った体を抱きしめ合う。
「入野君、好きです」
「俺も。大好き」
唇を喰むようにキスをした。
体の熱は冷めそうにない。
お互いの唇を充分味わうと、拓海が口を離した。
名残惜しく感じていると、拓海が言った。
「怖い話、しても良いですか?」
「今!?別に良いけど…」
この雰囲気でそんなに話したい話があるのか、と智也は思った。
「俺、あと五回出来ます」
「ほんとに怖いやつじゃん…」
怖いのは本当だが、嬉しいとも思ってしまった。
確かに、智也に刺さったままの拓海のそれは、すでに硬さを取り戻したようで、体の内側に圧迫感を感じる。
拓海が智也を煽るように、いたずらに腰を動かした。
後孔からさっき出したばかりの拓海の白濁が溢れ出して、淫らな音を立てた。
滑りの良くなった内壁は、快感を拾って智也を昂らせる。
「あっ」
我慢できずに声が漏れた。
拓海は智也をうつ伏せにすると、ゆるく立ち上がった智也の先端を扱き始めた。
まだ敏感なそこは、強く握られただけで達しそうになる。
拓海の手は智也を扱きながら、胸の先端を摘む。
「やっ、だめっ」
器用に両手を動かしながら、腰を小刻みに動かし智也の中を擦る。
出したばかりなのに、智也に限界が近づく。
いきたい、と思っていたのに、急に智也の中から拓海が出ていった。
一瞬寂しさを感じていたところに、拓海は智也を四つん這いにさせると、一気に智也を貫いた。
「あっ!」
快感が一度に押し寄せた。
膝が小さく震える。
拓海の手は智也の腰を捕まえると、腰を大きくゆっくりと動かした。
眩むほどの大胆な動きに、不安よりも快楽を感じる。
「あっ、気持ちよすぎる…」
何も考えられないほど、快感に浸る。
いつの間にか智也の腰も動いていた。
互いのリズムを感じるように、腰を動かす。
湿った音が響く様になると、もっと快感を得たい、という欲が湧いた。
次第に動きが速くなり、拓海の腰遣いは荒々しくなる。
いつの間にか、智也に腰を動かす余裕はなくなっていた。
されるがままに体を揺さぶられると、意識が遠のくほど良かった。
「んあっ、あぁ…」
智也は絶頂を迎えた。
拓海はさらに腰を穿ち、智也の最奥に精を放つ。
力が抜けて布団にうつ伏せると、拓海も重なった。
二人の体は汗や汗以外のもので湿っていた。
本当に溶け合うかと思うほど、体温も馴染んで境界がわからなくなる。
心地よかった。
拓海とこうしていられることが奇跡だと思った。
ぼうっとした頭でしばらくその状態で過ごしていると、拓海がため息をついた。
さすがに疲れたか、と笑いそうになる。
しかし、ため息の理由は別にあった。
「全然、足りないです」
「えっ?」
「自分でも怖いんですけど、あと十回出来る気がします」
若干、体温が下がった気がした。
しかし、拓海の情熱に、お人好しの智也は逆らうことが出来ない。
自分達だけの世界に没頭し続けた二人は、外が明るくなったことさえも気づかなかった。
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