第8話 六日目、仮交わりの儀
目を覚ますと、すでに隣に拓海はいなかった。
拓海が寝ていた場所に触れると、まだ少し温かい。
ついさっきまでここにいたのだと思うと、胸の奥が温かくなる。
ずっと布団の中に潜っていたかったけれど、いつまでもそうするわけにはいかない。
泉を確認するため、起き上がって窓辺へ向かった。
(どうして…)
一気に体が冷たくなるような感覚がした。
光の泉は枯れたままだった。
昨夜は作法通りに儀式をしたはずだ。
それでも水が戻っていないとなると原因が他にあるのかもしれないが、全く検討がつかない。
智也は頭を抱えた。
「イリノ様、おはようございます」
シュンラン達がやってきたようだ。
しかし、いつもより足音が多い気がする。
「おはようございます…」
なぜかノウラン達も一緒だ。
「イリノ様。詳しい事は後ほどお話しいたしします。急いで右宮へ帰りましょう」
差し迫った表情でシュンランは言った。
鳩尾がぎゅっと絞られるように苦しくなる。
嫌な予感がした。
智也は言われるがまま、夜宮を出た。
*****
「ご心配をお掛けして申し訳ございません。何としてでも神子様方はお守りいたします」
右宮を訪れているセイランは、休めていないのか顔に疲れが見える。
智也はそれがとても申し訳なく思えて、居ても立っても居られなかった。
「あの…俺に出来ることはないでしょうか?」
セイランはゆっくりと首を横に振った。
神の丘は、物々しい空気に包まれていた。
門前には民衆が押し寄せている。
長年、苦しい生活が続き不満を募らせた民衆が、地下水源が枯れた原因が今回の神事にあるのではないかと不信感を爆発させたようだった。
この非常事態に神子達に万が一のことがあってはいけない、と朝から護衛達が智也達の周りを警戒している。
右宮では窓が全て塞がれて、外部からの急襲に備えられている。
外は明るいというのに、日の光が入らない宮殿の中はまるで夜のようだった。
暗い中にいると気持ちもつられる。
襲われるかもしれないという恐怖や、このまま泉が戻らなかったら、という不安で気が滅入りそうになる。
(拓海君は大丈夫かな…)
左宮が見えるはずの縁側も、もちろん戸が閉められている。
「お願いがあります。左宮を厳重に警備してもらえませんか?拓海君に万が一のことがあったら、俺…」
もし拓海の身に何か起こったら、死んでも死にきれない。
最悪の状況を想像したせいか、頭が痛く、息が苦しくなってきた。
「イリノ様、ご心配には及びません。この丘にいる護衛達は腕の立つ精鋭ばかりでございます。イリノ様にも、もちろんカジタ様にも危害どころか指一本触れさせることはありません」
シュンランがそう話しながら、座るように誘導してくれた。
不安が完全に消えたわけではないけれど、心身の緊張が和らいだ。
気持ちが少し落ち着いたところで、セイランに尋ねる。
「セイランさん、一昨日の儀式について拓海君から聞いてますか?」
「はい。作法にはないことをなさったと…」
真面目な拓海のことだからきっと話しているに違いないと思った。
「しかし、過去にもそのような例があったと記録が残っています。ただ、その際は泉にこれといった変化はなかったようです」
「じゃあ、やっぱり関係なかったんですね。昨日の儀式は作法どおりにしたのに、これですし…」
拓海が気にしていた部分が関係ないことがわかって安心したと同時に、ますます原因がわからなくなってしまった。
ぐるぐると頭の中にある疑問を、一つづつでも消してしまいたかった。
特に光の泉については知らないことが多すぎる。
「…そもそも、光の泉の水って地下から湧き出てるんですか?」
セイランは一瞬だが言葉をためらうような反応をした。
「…いえ。光の泉の源は、神の滝です。その滝から流れ出る神聖な水が、地下の水脈を通して泉となります」
てっきり光の泉そのものが水源だと思っていたが、どうやら違うようだ。
神の滝は、神の丘のはずれにある岩山を越えた場所にあるらしい。
そうなると、また違う疑問が頭をよぎる。
「じゃあ、神の滝は今…」
光の泉の源となっているものの状態がわかれば、原因をつかめるかも知れない。
しかし、セイランの答えは智也が希望していたようなものではなかった。
「わからないのです」
苦々しい顔をしながらセイランは言った。
確かにそうだ。
長年研究を重ねてきた者ならば、原因になるものの特定は容易い。
それでもなお、原因が究明できないのは理由があるようだ。
「神の滝周辺には、私共は近づくことさえ許されません…神子様だけが入れる神域だからです」
それなら、と智也は思った。
一筋の光が差した気がした。
「俺、確認してきま…」
「イリノ様、なりません」
言い終えるのを遮るように、強い口調で拒否された。
「どうしてですか…?」
ようやく解決の糸口が見つかるかと思った。
しかし、セイランはまるで予期していたようにそれを拒否した。
「申し訳ございません…カジタ様より強くお申し入れがありました。自分が行く、と」
智也は言葉を失った。
*****
不安な時を過ごしていた智也に一報が入ったのは、夕方遅くになってからだった。
「イリノ様!たった今、カジタ様が無事に戻られたようです」
シュンランからの知らせに、安堵で体から力が抜けた。
「良かった…本当に良かった…」
今すぐに拓海の無事を、自分の目で確認したかった。
しかし、今にも駆け出さんばかりの智也をシュンランが制止した。
「イリノ様。お気持ちはわかりますが、まだ儀式前の準備が終わっておりません。このシュンラン、今宵は手によりを掛けてイリノ様の美しさに磨きをかけさせていただきます。さぁ、参りましょう」
「えっ?」
引き摺られるように連れて行かれた浴場で、智也はシュンランの言葉どおり、磨かれた。
シュンランが同席する湯浴みには慣れたつもりだったけれど、なぜか今日は段違いに気合いが入っている。
体の隅から隅、穴という穴を綺麗にされ、体には数種類の良い香りのする液体をかけられて布で擦られては水で流された。
(ぴかぴかの泥だんごになった気分だ…)
湯浴みの間中、シュンランの目は爛々と輝いていた。
されるがままに身をまかせるしかなかった。
浴場から出た時には疲労困憊だった。
対してシュンランは、良い汗かいた!とでも言いたげな表情をしている。
髪を乾かす間、他の側仕え達が口々に「眩しゅうございます」とか「絵師を呼んで肖像画を描いてもらいましょう」とはしゃいでいたが、智也は上の空だった。
(早く、拓海君に会いたい…)
一刻も早く会って、神の滝へ行ったことを怒りたいし、抱きしめたいし、キスしたい。
色々な感情で頭の中がパンクしそうだった。
身支度を整えて急いで夜宮へ向う。
拓海に会えると思うと、湯浴みの疲れはどこかへ行ってしまった。
自然と早足になる。
シュンラン達と別れると、鈴の音が鳴り終わらないうちに扉を開けた。
階段を二段飛ばしで駆け上がる。
最後の扉を開けると、まだ拓海は来ていなかった。
膝から力が抜けて座り込む。
必死過ぎる自分が可笑しくて、笑ってしまった。
今になって息が苦しいし、足が痛い。
腰履きを捲り上げて大股で階段を登ったせいで、服もぐちゃぐちゃになっていた。
(せっかくシュンランさん達が綺麗にしてくれたのに、何やってんだ俺は…)
磨かれた肌は汗ばんで、整えられた髪も顔に張り付いている。
拓海を待つ間、手で汗を拭う。
しばらくすると扉の開く音がした。
「…」
拓海だ。
昨日と変わらない姿で、不思議そうに智也を見ている。
怒ろう、と思っていたはずなのに言葉は出てこなかった。
代わりにボロボロと涙がこぼれ落ちた。
「でっ、え!?な、泣いて、えっ!?入野君?ど、どうして、ちょっ、えっ」
智也の姿を見て、取り乱しながら拓海が駆け寄ってくる。
「ちょっ、ど、どわ、えっ?な、なんで」
次々に智也の頬を伝う涙を、必死に手で拭こうとしている。
何か言葉にしないと、と口を開く智也だったが、喉に詰まって「あぅ」とか「うぅ」しか出てこなかった。
止まらない涙を拭うのを諦めた拓海は、子供をあやすように智也を抱きしめた。
「お願いだから泣かないでくださいよ…俺、どうしたら良いかわかんないです」
拓海が困ったように呟いた。
智也も泣きたくなかった。
必死で呼吸を整える。
何度か深呼吸を繰り返して、ようやく声を絞り出した。
「ど、どうして、自分だけ行ったんだよっ…」
鼻が詰まってうまく話せない。
「えっ、そんなに神の滝に行きたかったんですか?」
「違うよ!なんで拓海君だけ行っちゃうんだよ!危ないのに…心配したんだよ!」
顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになってしまっていたが、ようやく言いたかったことが言えた。
拓海は驚いたように見ている。
「心配してくれたんですか…ありがとうございます」
抱きしめる腕の力が強くなった。
苦しいけれど、その苦しさが嬉しかった。
(!?)
しばらくすると、智也は腹の辺りに違和感を感じた。
「た、拓海君…?」
違和感は徐々に確信へと変わっていった。
「当たってると思うんだけど…」
拓海の中心が、智也の腹を突くように立ち上がっていた。
「すみません。なんか興奮しました」
「興奮!?どういう情緒なの?怖いよ」
拓海はいっそう、強く抱きしめながら言った。
「入野君…今すぐ儀式がしたいです」
耳元で甘く響く声に、智也の体は熱くなった。
抱擁が解かれると、智也は強い力で腕を掴まれ鈴の元へ連れて行かれた。
いつもより心なしか乱暴に鈴を鳴らして、儀式ははじまった。
神酒が入った小瓶を、拓海が立ったまま一気に口に含む。
それを智也へ口移す。
口の端から溢れる酒などお構いなしに、荒々しく唇を重ねられた。
驚いて拓海を見ると、まるで肉食獣のような目をしていた。
その喰らいつくような視線に、背中からビリビリと電流が走るように智也の体が痙攣する。
獲物になったような気がした。
怖いのに、もっと見てほしいと思ってしまう。
唇を重ねながら、腰履きを剥ぎ取るように脱がされる。
体中を撫でられ、尻を掴まれる。
とっくに智也の中心も反応していた。
いつのまにか香油を手にしていた拓海が、それを体に浴びせるようにかける。
むせるように官能的な香りが理性を根こそぎどこかへ追いやった。
そして香油をお互いの体に擦りつけるように馴染ませる。
「あっ」
拓海の鼻が首筋を這うと、くすぐったくて声が我慢できなくなった。
中心の先端に触れてほしいのに、なかなか拓海の手は伸びてくれない。
体中をまさぐられてもどかしくなった智也は、自分から拓海の中心に手を伸ばした。
上下に扱くと、さらに硬さを増すそれが愛しかった。
思いのままに手を動かしていたら、とうとう智也のものも掴まれた。
痛みを感じるほど強く早く扱かれ、すぐに達してしまいそうになる。
負けじと動かす手に力をいれると、突然、布団に押し倒された。
「あっぶねぇ…」
ため息混じりにつぶやく拓海は、雄の顔をしていた。
智也の体を舐るように見下ろしている。
それから智也の両手を拘束するように布団に縫い止めると、拓海の舌が体中を這った。
「や、あっ」
腋の下からわき腹にかけて蠢く舌の動きに、快か不快か判別が出来ない感覚に陥り体が震える。
熱い息遣いが肌に触れ、それがさらに智也を敏感にさせた。
舌は次第に胸へと近づく。
「そこ、っや、やだ!」
何の感覚も持ち合わせていないはずだった智也の小さな乳首は、その先端が痺れるほど反応していた。
舌先でいじめるように転がされる。
感覚が鈍くなってくると、今度は左の乳首へ標的を変えられた。
拓海の器用な舌先で、こねられたり押し付けられるように潰される。
多少の痛みはあったけれど、圧倒的に快感が勝っていた。
拓海はじんじんとするまで胸の先端をいじめ抜くと、今度は労わるように吸いついた。
はしたない水音をたてられると、腰の奥がもどかしくなり、達してしまいそうになる。
その反応に満足したのか、拓海の舌は標的を変えた。
熱をもった肌を味わうようにゆっくりと下腹部へ向かう。
臍をくすぐるように舐めると、薄い下生えをざりざりとかき分けるように進む。
また中心に触れてもらえる、と期待が高まる。
しかし次の瞬間、智也は両膝を掴まれた。
「た、拓海君、だめっ」
智也の後孔は寝室の灯りに照らされている。
あられも無い姿が嫌で必死に抵抗したが、両方の膝裏を押さえられているため動けない。
拓海には智也の声は聞こえていないようだ。
後孔に視線を感じ、羞恥心で涙が溢れる。
ぼやけた視界から拓海が消えた。
すると、後孔にぬるりと温かな、ざらつく感触があった。
「やめっ、それ、いやだっ」
泣きながら頼んでも、応えてはくれなかった。
荒々しい鼻息が臀部に吹きかかる。
くすぐったくて腰を捩ると、強い力で元に戻された。
舌は穴の周辺をしつこいほどに舐め回すと、いよいよ中に入ろうとしてくる。
ぐねぐねと押し入ろうとする温かい物体は、智也の体に快感を植え付けるようだった。
智也の先端からは透明な蜜が滴り落ちて、腹を濡らしている。
「出ちゃう、もう、出ちゃうよ」
快感が智也の頭の中を支配して、もう何も考えられなくなっていた。
これが儀式だということも忘れて、行為に没頭する。
「クソっ、いれてぇ…」
拓海が苛立った様子で呟くと、智也の体をうつ伏せにした。
腰を持ち上げられて強制的に四つん這いにさせられると、尻の谷間に香油をかけられた。
冷たさに体がびくつく。
肌の上で香油を馴染ませるように、拓海の手が腰から尻を撫でる。
次第にその手は、さっきまで舐めまわしていた後孔をなぞり、柔らかな陰嚢を揉みしだいた。
さらに昂った智也の中心は、今にも爆ぜそうだった。
「我慢してください」
「っあ!」
達する寸前だった智也の先端は、拓海の手によって強く握り込まれ、暴発を阻止された。
「いきたいっ、いかせて」
「…ダメです。ほら、脚閉じて」
そう言って尻を叩くと、拓海の両足が智也の両足を挟み込んだ。
達したくて仕方がない智也は、無意識に腰を動かしてしまう。
突然、智也の太腿の間を熱いものが分け入ってきた。
拓海のそれだった。
その先端は、智也の陰嚢を擦りながら、前後に動いている。
香油によって濡れた音を響かせながら、だんだんその運動は速度を上げた。
智也の尻に拓海の濃い茂みがぶつかる。
きつく握られていた智也の先端は、いつのまにか解放されていて、拓海の両手が痛いほどに腰を掴んでいる。
腰を打ちつける衝撃が、智也の体を貫く。
すでに体を支える力は無くなっていた。
「あっ…」
我慢していたものがとうとう溢れた。
体がびくびくと震え、意識が遠くへ飛ばされる。
すると、拓海の動きが追い詰められたように速まった。
腿の間にあるものが熱を増して膨張しているのがわかる。
「っ…!」
智也は太腿に熱を感じた。
拓海のものが爆ぜて、熱い液体が腿をつたって滴り落ちる。
拓海はなおも数回腰を動かした後、満足したように智也に覆い被さって全体重を預けた。
二人で布団に沈む。
重いけれど、不思議と心地よかった。
うるさいほど聞こえる拓海の心音が、生きていることを実感出来て嬉しくなる。
背中から足にかけて感じる拓海の肌は気持ち良く、これなら圧死したとしても構わないと思った。
「色々、すみませんでした」
鼓動が落ち着きを取り戻した頃、拓海が呟いた。
項に低い声が響く。
「え?何が?」
まだ頭がぼうっとしたままの智也は、何のことだか分からずにぼんやりと聞き返した。
「神の滝に行ったことですよ」
そう言うと、ようやく拓海は智也の上から退いて
智也の横に座った。
「そうだった。俺、それに関してはほんとに怒ってた。…でも無事だったから、まぁ良しとしましょう」
智也も起き上がる。
そして拓海の頭を犬にするかのように撫でまわした。
「本当に心配したんだよ。…だからさ、もう危ないことしないって約束してくれる?」
拓海の顔の前に、右手の小指を差し出す。
「はい。約束します」
智也の小指に、拓海の小指が絡む。
「指切りげんまん、嘘ついたら…えーっと、嘘ついたら、俺のまかない、ずっと拓海君がつーくる!指切った」
「そんなんで良いんすか?」
「うん。拓海君のまかないが一番美味しいもん」
バイト先で出るまかないはキッチン担当が作ることになっている。
智也は拓海が作るまかないを、密かに楽しみにしていたのだ。
拓海が噴き出しながら笑った。
「入野君、ほんとお人好しですよね」
「そうか…?」
笑う拓海に戸惑いながらも、その笑顔の破壊力が心臓に直撃して苦しくなった。
「他にも謝りたいことあるんですけど…聞いてもらえますか?」
「何?」
急に拓海が神妙な顔つきになった。
「さっき俺、お尻のその、穴?とか舐めたじゃないですか…あれ、作法に含まれてないです」
「なっ、な…」
衝撃で頭から煙が出そうだった。
顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。
「バっっカ!拓海君のバカ!なんでそんなことしたんだよ!」
「だって、ヒクヒクしてたんですよ。舐めるしかないでしょ」
両耳からも煙が出そうだった。
「バカバカバカ!拓海君の大バカ野郎!もう嫌いだ!大嫌い!」
智也は駄々をこねる子供のように、うつ伏せに縮こまって喚いた。
「ごめんなさい」
「謝っても許されることと許されないことがあるんだぞ!絶対許さない!拓海君なんて嫌いだ!」
てっきり儀式の一環だと思っていた。
そうでもないと、普通はそこを舐めたりしないからだ。
あの時の恥ずかしさを思い出して、さらに怒りが込み上げた。
しかし、その怒りの半分はあの行為を気持ちいいと思ってしまった自分自身にも向いている。
「俺のこと、嫌いですか?俺は入野君のこと好きですけど」
「…ん?今なんつった?」
混乱している真っ只中に衝撃的な一言が耳に入ってきた気がして、智也は思わず頭を上げて聞き返した。
「俺のこと、嫌いですか?」
「いや、嫌いじゃないけど…」
肝心なのはその後に続く言葉だったような気がするが、気のせいだったのだろうか、と首を傾げる。
「じゃあ、好きってことで良いですか?俺も入野君のこと好きなんで」
「ちょ、ちょっと待った!やっぱり言ってる、しれっと言ってる!大事なところを流れるように言ってる!」
今度は確実に聞こえた。
間違いなく智也を好きだと言っていた。
けれど、あまりに何でもない風に言ったので、そういう「好き」なのか確信は持てない。
「ほんと、考えてること分かりやすいっすね。それに流され易すぎて心配になるんですけど」
拓海はくすくすと笑っている。
バカにしてるのか、と怒ろうとした時だった。
急に拓海の顔が近くに迫ってきていた。
驚いて動けずにいると、口づけられた。
「俺のはこういう「好き」なんですけど、入野君は?」
そう訊ねる拓海の顔は自信に満ちている気がする。
「そういう「好き」、です…」
思わず告白していた。
人生で初めての告白だったのに、自分でもあっけないと思うほど、ぽろりと溢れるように口から出ていた。
「それじゃあ、恋人ですね。俺たち」
「そう、なの…?」
あっという間に恋人が出来た。
展開が早すぎて実感が湧かない。
「じゃあ、恋人になって初めての共同作業でもしますか」
「え?」
「鈴、鳴らさないと」
そうだった、と思った時にはすでに拓海は立ち上がっていた。
智也の手を握って立たせると、手を繋いだまま浴場へ向かう。
(夢か…?)
智也の手を引いて前を歩く、拓海の後ろ姿を見つめる。
信じられない。
まさか、拓海が自分を好きだなんて、そして恋人になるなんて信じられなかった。
頭を振ってみるが、夢ではなさそうだ。
浴場の扉を開けると、相変わらず湯煙がたちこめている。
鈴の前までくると、顔を見合わせた。
これまでと違って緊張する。
智也が頷くと、二人で同時に鈴を鳴らした。
いつもより鈴の音が高く、遠くまで響いた気がした。
儀式を終えた二人は、並んで湯船に浸かっていた。
「光の泉、たぶん大丈夫だと思います」
一息ついたところで、唐突に拓海が話し始めた。
「どうして?」
理由が気になって、智也は前のめりで聞く。
「神の滝、全然枯れそうになかったです。泉が枯れたのは、久しぶりの雨で自然に水路が出来て、そっちに水が流れてるからだと思います」
確信はないですけど、と拓海は付け足したが、智也は確信が持てた。
「それに、俺の地元、山だらけで割と山の天気は分かるんですけど、雨が降りそうな気がします。むしろ…」
「え!?雨降りそうなの?良かった…!」
智也は気持ちが軽くなった。
雨が降れば、光の泉も戻って民衆の暴動も治まるはずだ。
心配事が解消出来そうで一安心した智也だったが、拓海が何かを言いかけて口を噤んだことには気づかなかった。
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