第5話 三日目、口合わせの儀
(ひっ!冷た)
智也は足に冷たいものが触れる感覚で目が覚めた。
まだ寝室に朝日は差していない。
起き上がって、左足首につけた足輪とその持ち主であるシュンランに感謝した。
足輪は、目覚まし時計の代わりにシュンランに借りたものだ。
拓海より早く起きる自信が全くない、と打ち明けた智也に私物を貸してくれた。
足輪には「冷やし石」という透明な石が埋め込まれている。
その石は、強く叩いたり衝撃を加えるとほんのり温かくなって、一定の時間を過ぎると氷のように冷たくなる、という不思議な性質を持った石だった。
一度の衝撃で一刻は温かいらしく、衝撃を与える回数に応じて温かさを保持する時間が変わるため、大まかなタイマーとしても利用できるようだ。
借りる時に良い頃合いで冷たくなるよう調整してもらったが、さすがシュンランだ。
隣を見ると、拓海はまだ眠りの中にいた。
(寝顔は幼いな)
初めて見た拓海の寝顔に、つい口元が綻んでしまいそうになる。
起こさないようにそっと布団を出て、隠し通路から夜宮を出た。
出口の扉前で待機してくれていたシュンラン達が見えた途端にほっとした。
拓海より早く寝床を出るだけのことなのに、一仕事終えた気分だ。
「おはようございます、イリノ様」
「おはようございます!シュンランさんの足輪のおかげで助かりました。ありがとうございます」
足輪を返す。
シュンランは、お役に立てて光栄です、と嬉しそうに笑っていた。
右宮へ帰る道中、シュンランを始め側仕え達と和やかに会話をしながら歩く。
少しずつ、この星での生活にも慣れ始めていた。
*****
右宮に帰って朝食を食べた後、昼間の予定についてシュンランから話があった。
セイランが召喚時の状況について話を聞きたがっている、ということだった。
今回の召喚について検証し、いずれまた必要になる次の召喚のために備えたいらしい。
智也としては、バイト終わりに召喚されたというだけで、有意義な内容が話せるとは思えなかったが、それでも役に立つのならと快諾した。
ふと、セイランは召喚担当の研究者か何かなのだろうかと気になった。
「確かに召喚研究の権威ですが、セイラン様は神官長でございます。この星の長、と言う方が伝わりやすいでしょうか」
「星の長!?」
智也は思わず大きな声をあげてしまった。
シュンランは少し困惑した表情で、左様です、と頷いた。
冷や汗が出た。
智也はこれまで一国の長にすら会った事はない。
それなのに、初対面でズボンを履かずに謁見したなんて、穴があったら埋もれたいほど恥ずかしい。
「え、偉い人ってことですよね?物凄く偉い人ですよね?」
「偉い人、といえば…確かにそうかもしれません。しかしセイラン様は学問や政の実力はさることながら、人柄も大変素晴らしい御方です。イリノ様が気にされることなど何もございませんよ」
そうは言われても、と智也は思った。
神子といえど、中身はただの大学生だ。
中流家庭に生まれ育った平凡な男子に、まさか星の長と話す機会が訪れるとは思ってもみなかった。
今後どのように接すれば良いか、皆目検討がつかない。
すると、智也の心を読んだかのように、シュンランが言った。
「セイラン様は誰よりも、召喚研究のために幼き頃から心血を注いでこられた御方です。ですから、イリノ様とカジタ様を無事にこちらへお迎え出来たことを一番喜んでいらっしゃるのは、セイラン様かと存じます。どうか、これまでどおりにご対応ください」
そう言われると、少しは気が休まる。
とりあえず「青の星」代表としてこれ以上の恥はかくまい、と心に誓った智也だった。
それからしばらくして、セイランが右宮へやってきた。
てっきり拓海も交えてだと思っていたが、違うらしい。
「…なるほど。では特に予兆のようなものはなかった、ということですね」
セイランは智也が話した内容を興味深く聞いていた。
「はい。俺が鈍くて気づいてなかっただけかもしれないですけど」
召喚される前の状況について、智也はありのままに伝えた。
いつもどおりに過ごしていたこと。
拓海とはただの居酒屋のバイト仲間で、仲が良いというわけではなかったこと。
そのバイト終わりにたまたまロッカー室で二人きりになった時に召喚されたこと。
「…あ。そういえば、召喚される寸前、拓海君の指に触りました。そしたら急に青い光の輪が現れて…」
話しているうちに、あの時のことを詳細に思い出した。
スマホを手渡そうとした拓海の指に触れたのだった。
その後、青い光の輪に囲まれて、強い風に包まれた。
必死に輪の外へ出ようとしてバランスを崩したところを、拓海が支えてくれた。
その時から拓海に助けられてばかりだった。
なぜか急に、拓海の腕の感触がリアルに蘇ってきて、顔が熱くなる。
「イリノ様、どうなさいましたか?」
「い、いえいえ!少し暑くて…」
「控えのものに、冷たい飲み物でも持ってきてもらいましょう」
「いえ、お気遣いなく!暑がりなんですけど、寒がりでもあるので…」
咄嗟に自分を面倒な体質の設定にしてしまったが、セイランには深く突っ込まれなかった。
それから、しばらくセイランと話していた。
質問されるばかりではなく、智也からも気になったことを質問した。
その度に、セイランは真摯に答えてくれる。
わからないことはわからない、とはっきり言う誠実な態度は、研究者らしい信念が感じられて好感が持てた。
威厳はあるけれど、権力者特有の威圧感のようなものは感じられない。
シュンランの言うとおり、人柄が良いのだろう。
そのセイランによると、神事については数百年周期で行われていることが歴史書から分かっているそうだ。
過去に召喚した神子達については、その身体的な特徴が記されていて、人種や性別については召喚の度に異なっているらしい。
恐らく、日本人としては智也達が初めてのようだった。
智也が気になったのは、なぜ男二人なのか、ということだ。
「男性二人の時もあれば、女性二人の時もあったようです。もちろん男女の時もありました」
「え?女性だけの時って神事は…?」
聞いてしまった。
聞いたそばから顔から火が出そうだった。
純粋に疑問に思ったことを何も考えずに口に出してしまう自分の性格を呪った。
「千年以上前の出来事ですので書の保存状態が悪く詳細な記録は残っていないのですが…いわゆる挿入はなかったようです。しかし、儀式が成功したことは間違いありません」
「ということは、そうにゅ…最後までしなくても成立するってことですか?」
もし、擬似で良いということならば、智也と拓海の負担が軽くなる。
「申し訳ございません。今はわからない、としかお答えできません」
ただ、とセイランは話を続けた。
この星には、様々な神が存在する。
その神々の頂点にいるのが、全能の神だ。
召喚する神子を選ぶのも、そして、神事を決めるのも全能の神。
今回の神託によると、神子として智也と拓海が選ばれ、神事についても「交合」の儀式が必要と記されていた。
理由はわからない。
神のみぞ知る、ということらしい。
「これまで、儀式に失敗したことってあるんですか…?」
智也は恐る恐る聞いた。
「ありません。失敗していたなら、すでにこの星は滅びているでしょう」
そもそも、神は失敗する人間を神子として選ぶだろうか、と智也は思った。
自分が選ばれたことに、安心して良いのか、それとももっと重圧を感じるべきなのかわからない。
(神様が、俺たちを試してるのかな…)
そうだとしたら、どうして拓海と智也の二人なのか。
わからないことが多すぎて、この心細さを拓海と共有したくなった。
早く夜になれば良いのに、と智也は思った。
*****
確かに、早く会いたいと思ったはずだった。
それなのに、儀式を前にすると会いたくなくなってしまったのは、神服とこれから行う儀式の内容のせいに違いなかった。
今夜も隠し通路から夜宮へ向かう。
一段と肌寒く感じるのは、昨日よりも神服の生地が薄いせいだろう。
(これ以上に薄い素材ってあるのか?)
昨日の神服も恥ずかしさを感じるほどの薄布だったが、今回はもっと薄い。
しかも滑らかな肌触りは、ほとんど肌と一体化しているような感触だ。
(こんなスケスケな服着て、キスするとか…)
儀式のことを考えると、緊張で具合が悪くなりそうだった。
今夜、拓海とキスをすることになる。
いずれ交合するのだからキスくらい、と思うことが出来れば良かったのだが、智也にとっては一大事だった。
なぜなら、ファーストキスだから。
儀式の手順を復習する余裕がないほど、智也の頭の中はキスのことでいっぱいになっている。
「それでは、私共はこれで。…イリノ様?顔色が優れないようですが」
「いえいえ、大丈夫です!また明日、よろしくお願いしますね」
シュンラン達にこれ以上心配をかけないよう、慌てて別れを告げる。
丁度良いタイミングで鈴の音が鳴って、夜宮の扉を開けた。
階段を登る間に、深呼吸をして気持ちを整える。
階段を登り終えると、最後の扉を開けた。
「お、お疲れ」
「…す」
今回は拓海の方が早く到着していた。
寝室には昨日のような大量の蝋燭はなく、灯籠のようなものが一つしかない。
「拓海君、その服…」
「あぁ…」
智也のスケスケ神服に比べると、拓海の神服は生地が厚かった。
思い返すと、昨日も拓海の神服は透けていなかったような気がする。
なぜ自分だけ、と若干の不公平さを感じた。
「それ、寒くないんすか」
「寒いよ!交換する?」
「無理す」
だよね、と智也はため息混じりに言った。
拓海は頼まれても着そうにない気がする。
「じゃあ、鳴らしますか」
「あ、はい」
スケスケ神服への苛立ちで一瞬儀式のことを忘れかけていたが、拓海の言葉で現実に引き戻された。
二人で鈴を鳴らした。
静かな寝室に涼やかな高い音色が響く。
二人は布団の上に膝をつき合わせて座った。
「では、は、始めます!」
儀式の始まりは智也からだった。
ここまできたらやるしか無い、と勢いに任せることにした。
右手の甲で拓海の首筋をひと撫でする。
次に左手の甲で反対の首筋を撫でる。
両手で拓海の頬を包む。
そして、額に口づける。
次は、鎖骨の間。
最後に、唇。
(お、終わった。鼻息かかってなかったかな…)
いかに拓海に不快感を与えないか、ということを意識しすぎて、記念すべきファーストキスの感触については記憶に残っていなかった。
まだ、動悸が治らないうちに、今度は拓海の手が智也の首筋へと伸びる。
拓海を直視することが出来ず、目を瞑る。
「…っ!」
声を抑えるのに必死だった。
首筋に触れられるのが、こんなにくすぐったいとは思ってもみなかった。
そして、反対側の首筋も同じだった。
「…んっ」
声が漏れる。
さっきよりもぞわぞわして鳥肌がたった。
ストップ、と言いたいくらいだったが神事を中断するわけにはいかない。
とうとう両頬を包まれ、額に柔らかいものが触れる。
その柔らかいものは、今度は鎖骨の間に触れた。
そして、ゆっくりと智也の唇に触れた。
(こんなに柔らかいんだ…)
今度はしっかりと感触が分かった。
唇同士が重なることで、拓海と心が繋がっているような、不思議な感覚になった。
唇が離れた時には少し寂しさを感じた。
目を開けたけれど、拓海の顔を見ることは出来なかった。
「少し休憩しますか?体、強張ってますけど」
まだ、今夜の儀式は終わっていなかった。
むしろこれからが本番だ。
それなのに、すでに智也は体力を消耗し過ぎていた。
しかも、それを拓海に気づかれている。
「ちょっと時間もらって良いかな…実は俺、初めてで。心の余裕が全く無いというか…」
「はぁ!?キス、したことなかったんすか?入野君が?」
きっと拓海の中では、ハタチ過ぎの男子たるものキスなんて経験済みで当たり前、という感覚なのだろう。
珍しく大きな声を出されて、智也はさらに情けない気持ちになった。
「うん…なんか、面倒くさくてごめん。でも、もう大丈夫だから、次進めよっか」
少し気分が落ち込んだ智也は、早く儀式を終わらせてしまいたくなった。
「いや、ダメです。ちょっと、手貸して下さい」
膝の上に置いていた智也の手に、いつの間にか拓海の手が重なっていた。
(どうして?)
突然の行動に、智也は混乱した。
「やっぱり冷たい…緊張すると、手って冷たくなりますよね。さっき入野君に触られた時、めちゃくちゃ冷たかったから」
「冷たくてごめん。集中してて気づかなかった」
「いや、謝ってもらいたいわけじゃなくて…なんていうか、温めたら少しは緊張も解れるかなって」
智也よりも大きくて分厚い手は、気遣うように優しく撫でてくれている。
その温かさで、ようやく自分の手が冷え切っていたことを実感した。
「それと…さっきはすみません。びっくりしすぎて大きな声出しました」
わざわざ謝ってくれる律儀さに、思わず笑いがこぼれた。
「いや、俺の方こそびっくりさせてごめん。ありがとう、もう温まったみたい」
おかげで、手には温かさが戻っていた。
少し沈んでいた気分も、今は落ち着いてる。
拓海の手による効果は絶大だったようだ。
拓海は何か言いたそうにしていたが、智也は気づかなかった。
「じゃあ、進めよっか」
智也は準備されていた器の蓋を外した。
その途端、冷んやりとした空気が溢れ出た。
その器の中央にある、角砂糖大の氷を指で掴み、口に含んだ。
そして拓海の前に座り、目を瞑った。
拓海の両手が智也の肩を掴む。
次第に拓海の顔が近づいてくるのが分かる。
唇が触れた。
その優しい感触を受けて、智也は口を少し開いた。
そこに、拓海の舌が入り込んでくる。
氷の冷たい感触は、拓海の舌の熱で気にならなくなった。
気を抜いたら口を閉じてしまいそうになるくらい、拓海の舌の質量に気圧されてしまっていた。
とにかく氷を飲み込まないように、智也も自分の舌で溶かそうと試みる。
息苦しさで、拓海の背中にしがみつくような体勢になっているのも気が付かなかった。
氷は拓海と智也を行き来しながら、次第に小さくなっていく。
だんだんと、氷が溶けているのか、舌が溶けているのかわからなくなった。
熱で頭が朦朧とする。
口の端から雫が溢れているのも気にならないくらい、とにかく圧倒されていた。
智也の口の中を探るように動く拓海の舌は、意識が飛びそうになるほど心地よかった。
このまま、息苦しさと一緒に溺れてしまいたくなる。
氷はとっくに跡形もなくなっていた。
しかし、拓海の舌の熱を追うのをやめられなかった。
拓海の舌で上顎をなぞられた時、電流が走ったような感覚があった。
体が熱くて、涙が溢れる。
「っ!」
智也は気づいてしまった。
いつの間にか抱き合っていて、拓海と智也の腰が密着していた。
そして、それぞれの体が反応していた。
慌てて離れようとするも、拓海に力強く抱きしめられていて動けなかった。
舌も、逃げようとすると追いかけるように吸いつかれた。
息の仕方が分からなくなる。
酸素が足りない。
拓海の背中を掴んでいた手に、力が入らなくなっていく。
次第に、手だけではなく体の力も抜けていった。
その時だった。
急に、拓海の舌が口の中からいなくなった。
抱きしめられていた体も剥がされる。
「すみません、やりすぎた」
拓海は俯いて口の端を拭っていた。
その姿のあまりの色気の濃さに、智也は直視出来なかった。
「し、刺激が強すぎたね…少し休憩してから鈴鳴らそっか」
「そうすね」
お互いが視界に入らないように、なんとなく座り直す。
気まずい、無言の時間が続いた。
しばらくして、体が鎮まったであろう頃に智也が声を掛け、二人で鈴を鳴らした。
寝衣を羽織り、灯籠の火を消して、いつもの布団に入る。
昨日までは意識がはっきりとしていない状況で眠りについたが、今夜は全く眠れそうになかった。
体は疲れているのに、目が冴えてしまっている。
(さっきまであんな濃厚にキスしてた場所で、すぐに眠れるはずないよな)
智也にとってはファーストキスだった。
そして、初心者にはあまりにも刺激が強すぎるキスだった。
思い出してしまうと、また体が反応しそうになる。
でも、思い出さずにはいられなかった。
「入野君、寝てます?」
「えっ!?まだ寝てないよ」
きっと拓海はすぐに寝るだろうと思っていたから、起きていたことに驚いて飛び起きそうになった。
「少し話しても良いですか?…誤解を解いておきたいと思って」
「誤解?」
何のことだろうと、思い返してみても検討がつかなかった。
どうやら、目は冴えているが頭は冴えていないらしい。
「さっき、大きな声出した時のことなんすけど」
そういえば、そんなこともあった気がするが、その後の記憶が強烈すぎて、ほとんど忘れかけていた。
「キスしたことないって聞いて、俺、びっくりしたんです。でも、一般論とかじゃなくて、入野君がしたことないってことに驚いたというか」
そうだった、と記憶が蘇る。
てっきり、この歳にもなってキスの経験さえないことに驚かれたと思っていた。
「入野君はきっと経験豊富なんだろうなって思ってたから。だって、いかにも都会の人って感じだし」
「と、都会の人!?」
確かに生まれも育ちも都内だ。
けれど都内と言っても下町で、いわゆる都会とは程遠いと思っている。
「俺、地方の田舎から出てきたんです。だから、入野君みたいな都会の垢抜けてる人って、自分とは住む世界が違うというか…」
「ちょっと待って、俺が垢抜けてる!?」
まさか、拓海からそんな印象を持たれているとは思わなかった。
垢抜けているなんて言われたのは初めてだ。
「はい。だから…なんていうか、経験がないことを馬鹿にしたとかじゃないんです。単純に、予想と違って驚いただけっていう」
必死に説明してくれている拓海を、可愛いと思った。
それにしても、拓海の思う智也像が現実とかけ離れていて、つい笑いが込み上げた。
「俺が経験豊富な都会の人って…!そんなわけないよ」
「だって、社交的だし、おしゃれだし、モテるし…」
「も、モテる!?俺、モテてるの!?」
「は?お客さんからしょっちゅう連絡先聞かれてますよね?店の女の子達も入野君の話ばっかりしてるし。ていうか気付いてます?配送業者のおじさんで、本気で入野君狙ってる人いますよ。あの、スケベそうな人」
確かに連絡先を聞かれたことは何回かある。
ただ、それに関してはお客さんが酔っているのもあって本気にしたことはない。
同僚の子達が話題にしているのは、単に智也がドジだから、きっとネタにしているに違いなかった。
配送業者のおじさんについては、心当たりがなかった。
「え、配送業者の人って食品卸の?」
「そうですよ。いつも入野君がシフト入ってる時だけ倉庫まで荷物運ぶ…」
何人かいる業者の人の中で、倉庫まで運んでくれる人は一人しかいない。
「あの人?俺がいる時だけなの?」
「そうですよ。有名ですよ、入野君がいるかどうかわざわざ店の中覗いてるんですから。最近はみんなで入野君隠してましたけど」
「そうなの!?」
親切なおじさんという印象しかなかったが、思い返せば確かにスキンシップが多かった。
しかし、最近はそのおじさんが現れる時間帯に雑用を頼まれることが多く、会っていない。
拓海を含むバイト仲間達が、智也を守ってくれていたことに今更気づいた。
「でも…入野君は女の人が好きだと思ってて、良かれと思って会わせないようにしてたんですけど…余計なお世話だったらすみません」
どうやら拓海は出会いの芽を摘んでしまったかもしれない、と思っているようだ。
「いやいや!ありがとう、心配してくれて。でも、いくら俺が年上好きでも、歳の差がありすぎるのは対象外っていうか…だから大丈夫!」
いくら出会いが欲しかった智也でも、自分の父親くらいの年齢の男性は相手として考えられそうになかった。
それに、智也の前だけ親切に振る舞うような人は、人として好きになれない。
「そうすか…」
拓海はそう言うと眠ってしまったようで、それ以降話しかけてくることはなかった。
儀式によって拓海との距離が近すぎるほどに近づいたけれど、それ以上に、たくさん話せたことで拓海のことをより理解出来た気がした。
静かになった寝室で、いつの間にか智也も眠りについていた。
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