05 over extended.

 目が醒めた。

 まだ、夢の中にいるような感覚。そして、夢は思い出せない。幻想的な、何かが、あったような気が、しなくもない。


「あ」


 声。


 彼女がいた。


「起きたんだ。おはよ」


 彼女。小さなため息をついて。自分の近くに腰かける。


「はい。身体みせて」


 言われるがまま、身体をみせる。まだ、なんというか、ぎしぎしする。うまく関節が動いていない感じ。


「まぁ、これなら大丈夫でしょ。はい。服着て」


 と言いながら、服を着せてくる。


「大丈夫なんだな、こういうのも」


 つい、言葉が出てしまった。


「いや、慣れないね。ぜんぜん慣れない。いつもどきどきしてるよ」


 そう言いながら、顔は笑っていない。


「男のひとの身体、はじめてさわったし」


 そうか。眠っていて。その間。


「あ、そんなに気にしなくていいよ。仮死状態だったとかで、私がしたのはときどき身体がおかしくならないように関節極めてたぐらいだから」


「そうか」


 この女に、毎日関節をばきばきに極められたから、いま動けるわけか。


「ありがとう」


「いいえ」


 彼女。窓際に、腰かける。


「おまえ、そんなに顔が綺麗だったか」


 彼女の顔が、はっきりと分かるほどに、曇る。


「顔が綺麗、か」


 顔が綺麗、が、だめだったらしい。なんだこの女。顔が綺麗なのはいいことだろうに。


「だから見世物にされてたのよ、私」


「そうか」


 そうか、としか言えない。謝ったほうがいいたろうか。


「今となっては、どうでもいいことだから。謝らなくていいよ。気にしないで」


 いや、気にはなる。


「私ね。ちっぽけだった」


 綺麗な顔。でも、昔のような、明るさはない。憂いを帯びた、女の顔だった。


「あなたのことを、知らないまま。私ひとりが悲劇のヒロインなんだって、勝手に思ってたの。ばかね」


 自分のこと。自分のことって、なんだ。


「あなたのほうが、ずっとずっと、大変だったのに」


 彼女の、アンニュイな顔。

 そう。

 これに近いものを、夢で見たような気がする。

 彼女は、自分に関節を極めるとき、いつもこんな顔だったのだろうか。なんとなく、それを感じていたのか。あれは、夢ではなく。現実なのか。

 一気に現実が押し寄せてくる。

 街は。

 ここは。


「おい」


 女の肩に掴みかかる。


「おまえ。もしかして俺の後の任務を」


 彼女。振り払わず、じっとしている。綺麗な顔。そして、肩。


「いいでしょ。私の自由よ」


「ふざけるなよ」


 同業者ゆえに、分かってしまう。掴んだ肩から、伝わってしまう。


「なんでおまえが、こっち側に」


 言っても、どうしようもなかった。もう遅い。時間の長さが、彼女の闘いの長さが。分かってしまう。同じだから。


「いいでしょ。私の。自由だったんだから」


 女の肩から、手を放す。

 もう、彼女は。こちら側にいる。身体と心をすり減らし、街を守る側に。闘いの中にいる。


「でも、私。たぶん向いてるよ、この任務」


「そう、だろうな」


 なるべく、冷静でいよう。もう、過去には戻れない。取り返しのつかないことに、心を砕くことはできない。


「どれぐらいになる」


「半年」


 思ったより短い。それでも半年眠っていた間の闘いを、彼女がこなした。その事実は、受け入れがたい。


 彼女。ひざを抱えて座る。その脚の、綺麗さに。かなしさを感じる。


「半年なら、まだ、大丈夫だろう」


「やめないよ?」


「なぜ」


 こんな、どうでもいいことに。彼女を巻き込みたくはなかった。


「しにたかったんでしょ?」


 そこまで、ばれてしまうと。本格的に、どうしようもない。


「じゃあ、私も一緒に死んであげる」


「意味の分からないことを言うなよ」


「私は」


 彼女。アンニュイな顔が、綺麗に歪む。


「私は。涙を拭ってほしい。寝るときに、毛布をかけてほしい。一緒にごはんを食べてほしい。でも」


 涙を拭いていたのも、知っていたのか。


「でも。あなたがしにたいのなら、無理にとは言えない。ずっと、こんなに戦って。ぼろぼろになって。だからせめて、あなたがしぬまでは」


 しぬまでは。


「あなたがしぬまでは、一緒にいさせてほしい」


 彼女。アンニュイな顔が、涙に濡れる。


「はぁ」


 ため息。


「よいしょ」


 関節が、ばきばきと悲鳴をあげる。さすがにゆっくり、まったりと彼女に向かって歩く。


「これでいいか」


 指で、涙を拭ってやる。


「いでっ」


 その指を噛まれた。


「あっごめんなさい。あま噛みのつもりで」


 彼女が、噛んだ指をなめる。

 犬か。

 犬。


 そうだ。


 犬に噛まれる夢だった。


「おまえ。もしかして、俺の指を」


「いいでしょ、指ぐらいなめても」


「半年?」


「半年」


「毎日?」


「毎日。起きるかもしれないって思ったら、すごくどきどきした」


 半年の間に、彼女は何かに目覚めてしまったらしい。この会話の間にも、まだ指をなめている。その、顔。


「綺麗な顔だな」


「あむ」


「いたいいたい」


 また、噛まれる。今度は、適度に加減された、あま噛みだった。




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