悪徳令嬢の旅立ち 後編

「私が旅に出ないといけないって、それはどういうことですの!?」


真夜中の領主様のお屋敷でお嬢様の怒号が響き、私ことアンは、領主様の部屋の扉にそっと聞き耳を立てました。


「ちょ、ちょっと落ち着きなさい、ローズ。落ち着いて私の話を聞きなさい。」


領主様の焦った声が聞こえます。きっとお嬢様のあまりの剣幕に狼狽しているのでしょう。


「落ち着いてなんて聞いていられますか!!なんの因果で私が旅に出ないといけないんです!!ちゃんと説明をしてください!!」


聞き耳なんて立てなくても、お嬢様の声は耳が痛くなるぐらい聞こえます。あの人の般若のような顔を想像するだけで、この身がすくみますね。


「わ、分かった。説明しよう。お前は今日、【聖剣祭】にて聖剣【スピカ】を引き抜いたね。」


「えぇ、それは優雅に華麗に、堂々たる抜きっぷりでしたわ!!」


今、お嬢様はドヤ顔なのでしょうが、本当はあっさり抜け過ぎて尻餅を突いたのに、完全に脳内変換して良いように言ってますね。


「それが原因だ。この【ローグ】の町には、聖剣を引き抜く者が現れた時は、世界に災いをもたらす黒竜が復活する予兆だとされている。その黒竜は聖剣を抜いた者が倒さねばならないという掟なんだ。」


「な、なんですってーーーー!!」


えらいオーバーリアクションだな。オーバーリアクション過ぎて嘘臭いです。


「そ、それは何とか誤魔化して私が旅に出ないようにすることは出来ませんの?」


こすいなぁ。でも実にお嬢様らしい足掻き方です。


「無理だ。お前が聖剣を抜くところを多くの町の者が見ていたし、無かったことには出来ない。これでお前がワガママで黒竜退治の旅に行かなければ、不満を持った町の者達が暴動を起こすかもしれない。そうなったらベネディクト家は路頭に迷うことになるやもしれん。」


「ぐぬぬ、万事休すですわ。」


どうやら完全に詰んだ状況に陥ったお嬢様。なるほど、これで町一番の嫌われ者が町から出ていくことになったんですね。本当に良かった・・・?

何だか素直に喜べない私が居ます。何故でしょうか?

そのモヤモヤした気持ちが分からないまま自室に戻り、ベッドの中に入って寝ようとしましたが、どうにも寝れるような心境ではありませんでした。


"コン、コン"


ん?不意に私の部屋の扉を2回ノックする音が聞こえました。一体誰でしょう?


"ガチャ、バターン!!"


私が返事をする暇すら与えられず扉が開かれ、扉の向こうにお嬢様の姿が見えました。


「オーッホホ♪深夜に私が来ましたわよ♪」


いやいや、深夜なのにめちゃめちゃうるさいんですけどこの人。モラルとか完全に破壊されちゃってるんでしょうか?


「あの、何用ですか?」


「アナタとお話しようと思ってきたのよ。とっとと起きなさいな。」


・・・ですやれやれ仕方のないお嬢様です。

私とお嬢様はベッドに並んで座り、話をする態勢になりました。

すると、お嬢様は不敵な笑みを浮かべつつ、ある発表をしました。


「このローズ・ベネディクトは聖剣に選ばれたことにより、黒龍退治の名誉ある使命を受けましたの。どう?凄いでしょ♪称えなさい♪」


さっきは嫌がってたくせに、凄い変わり身です。この前向きさだけは少し見習いたいですね。


「スゴイー(棒読み)」


「そうでしょ♪そうでしょ♪やはり私は凄いのよ。」


こんな私の棒読みでも気分良くなるなんて、本当にこのお嬢様はチョロいです。


「それで、つきましてはアナタに・・・」


・・・嫌な予感していましたが、どうやら私に旅の動向をするように言いに来たようです。これは参りましたね、黒龍退治なんてごめんです。ですが、このお嬢様のことです、きっと無理矢理にでも私を連れて行こうとするのでしょう。やれやれ本当にしょうがない人です。


ですが、お嬢様の言葉は私の予想に反していたのです。


「アナタにお別れを言いに来たの。」


「えっ?」


「一応お礼を言っておくわ。今まで私のお世話をしてくれてありがとうね。次に私が帰ってくるは何年後になるか分かりませんが、精々、健康に気を使って幸せに暮らしなさい。」


「あっ・・・はい。」


あまりに予想外の反応に私は戸惑いましたが、私のストレスの原因である、お嬢様が居なくなるのです。これって凄く嬉しいことですよね?バンザイ、バンザイ、これから私は罰を受けることもなく、この館の使用人として平和に過ごせるんですね。


「話はそれだけよ。それじゃあ夜分遅くに失礼したわ。」


お嬢様はベッドから立ち上がろうとしました。

しかし、何故か私の右手がお嬢様のドレスを掴み、彼女を立ち上がらせないようにしました。


「ちょっと、何のつもり?ドレスにアナタの手垢が付くじゃない。罰するわよ?」


相変わらずの悪態のお嬢様。ですがその悪態すら今は心地良いのだから、とうとう私はおかしくなってしまったのかもしれません。


"ポタッ、ポタッ"


私の両目から落ちた涙が落ち。私は自分が泣いているのに今気付きました。


「お嬢様、私を置いて行かないで下さい・・・どうか私も連れて行って下さい。ひっく、何でもします。料理に身辺のお世話、何ならモンスター達を誘き寄せる囮になっても良いです・・・ひっく、だからお傍に、どうか傍に置いてください。」


・・・こんなことを涙を流しながら言っちゃうってことは、私ったらお嬢様のことが大好きだったんですね。初めて知りました。


「・・・アン。」


てっきり馬鹿にされると思いましたが、お嬢様は私をギュッと抱きしめました。お嬢様の体は温かくて良い匂いがします。けれど、さっきドレスに手垢がどうのと言っていましたが、私の涙は良いのでしょうか?


「アン、私が留守にする間、この町を頼んだわよ。」


「・・・は、はい。」


どうやらお嬢様の決意は固いらしく、私を連れて行ってはくれないらしいです。とても寂しいですが、お嬢様は一度言い出したら聞かないので、多分これ以上私が何を言っても無駄でしょう。


お嬢様は私を抱きしめたあと、私の前髪をかき上げニッコリとした笑顔でこう言いました。


「やっぱり前髪は切ったほうが良いと思うわよ♪」


こうして私とお嬢様の最後の夜が更けていきました。





オーッホホ♪どうも超優雅で超可憐な令嬢♪ローズ・ベネディクトですの♪以後お見知りおきを♪

昨日、聖剣を抜いて、今日の朝に出発なんて慌ただしいにも程がありますが、背中に背負えるタイプの聖剣用の鞘を職人に急ごしらえで作ってもらい、今正に私の伝説が始まろうとしていますの♪

・・・ですが、私の見送りがお父様とアンだけとはどういうことですの!!ムキーーー!!


「何で町の皆は誰も見送りに来ないのです!!」


「な、何でも集団食中毒が発生したらしいよ。」


「お父様、そんな嘘に騙されないで下さいまし。町の皆は腕立てとスクワット100回、あと空気椅子5分の刑に処してくださいまし。」


最後の最後まで罰が欲しいだなんて、ドMな町人達だこと、溜まりゆく乳酸とともに私の偉大さを胸に刻みなさい。


「それでは行きますわ。お父様お元気で。」


「あぁ、ローズ。何かあったらすぐに頼りにしなさい。資金的援助なら惜しまないからね。」


「はい、遠慮なく頼らせてもらいますわ♪」


旅立ちの資金にお父様から金貨500枚も貰いましたし、とりあえず旅の路銀には暫く困らないことでしょう。


「ローズ様・・・お元気で。」


「アン、切った髪は似合ってるわ。でも調子に乗るんじゃなくってよ。容姿的には中の下が中の中になったぐらいですからね。」


「はい、心得ています。」


アンは生まれつきオデコのところに赤い痣があって、それを子供の頃に同級生の子達にバカにされ塞ぎ込んでいたことがありましたが、もう吹っ切れたようで何よりですわ♪


「それじゃあ、二人共行って参りますわ♪またお会いしましょう♪オーッホホ♪」


こうして私は旅立ちました。お父様とアンはいつまでも手を振ってくれていましたが、いきなりホームシックになるといけないので、私は途中から前だけを向いて歩いていきましたの。




『なぁ、おい。そろそろ話してくれよ。暇なんだよ。』


草原を暫く歩くと、頭に響く声。この声の主は実は聖剣【スピカ】なのです。

どうやらこの聖剣は意志があるらしく、聖剣を私が引き抜いてからというもの、テレパシーを使って話しかけてきます。


「なんですの?今、物語が綺麗に終わりかけてましたのに。」


『そんなの知らねぇよ。俺には関係無いし。』


まぁ、なんて粗野で粗暴な言い方でしょう。こんなのと一緒に旅に出ないといけないなんて苦痛ですわ。


『お前、本当は良い奴なんだろ?わざと嫌われ者キャラをやって、皆からの不平不満を・・・』


「うるさいですの。へし折りますわよ?」


『ひっ、すいませんでした。』


危うくネタバレされるとこでしたわ。

さてさて、早く黒龍を倒して【ローグ】に戻らないといけませんわね。

悪徳令嬢って意外と町の潤滑な生活に必要ですのよ♪






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悪徳令嬢、聖剣を引き抜く タヌキング @kibamusi

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