悪徳令嬢、聖剣を引き抜く

タヌキング

悪徳令嬢の旅立ち 前編

私の名前はアン・マルチネス17歳。

伝説の聖剣伝説が伝わる辺境の町【ローグ】の領主であるベネディクト家に、子供の頃から仕えて居ます。

私の主な仕事はベネディクト家の令嬢であるローズ・ベネディクト様の身辺のお世話でありますが、これが少々大変でして。


「アン、早くしなさい。もう祭りが始まってるのよ。トロトロしないで。」


「は、はい。」


金髪の長髪、透き通った青い瞳、頭の上の赤いリボン、目鼻立ちの整った顔、スラッとした体、そしてその体に纏うはキラキラの装飾を付けた鮮やかな真っ赤なドレス。

ローズ様は今日も色んな意味で目立ちまくっています。

今日は【聖剣祭(せいけんさい)】という一年に一回行われるローグの祭りであり、もちろん目立ちたがり屋なローズ様もこのイベントに参加するべく、世話係の私と共に会場に向かっていました。


「全く、これでメインイベントに遅れたらアナタのせいですからね。罰として腕立て50回は覚悟しなさい。」


「えぇっ、でもお嬢様の準備で遅れましたのに。」


「あら、口答えするつもり?スクワット70回も追加されたいのかしら?」


「い、いえ、口答えなんてするわけありません。」


「そう、それで良いのよ。オーッホホ♪」


お嬢様は高慢ちきで見栄っ張りな、一般的に言う悪徳令嬢でして、領主の娘であることを存分に使い、逆らう者には肉体的な罰を与えることで有名なので、皆から嫌われてます。

私も今日だけで腹筋100回、ベンチプレス30キロを20回、町の周りをランニングで5周もさせられて、もうヘトヘトです。


「あと何回も言ってるでしょう。その長たらしい前髪を切りなさいと。」


「こ、これだけはご勘弁ください。」


私はとある事情で、目が隠れるほど前髪を伸ばしており、お嬢様はそれを切れ切れとうるさく言ってきますが、これだけはどんな罰を受けたとしても切るわけにはいきません。


「ふーん、分かりましたわ。勝手にしなさい。もう会場に着くのでアナタの相手をする暇は無くってよ。」


「は、はぁ。」


相手をしているのは私なんですけどね。お嬢様のせいでフラストレーションと乳酸が溜まりまくりです。


私達が祭りの会場に到着すると、会場に様々な装飾品が飾り付けられ、飲食、遊戯の出店等が立ち並び、町の人達は全員笑顔で祭りを楽しんでいました。

でも、このあとの展開が私には読めています。


「皆の衆!!ローズ様が来ましたよ!!ほら!!称えなさい!!ローズ様は素晴らしいと万の言葉を盛って称えなさい!!」


ほら、お嬢様ったら会場に響き渡る大声で、こんなバカみたいなことを言い出すんですよ。これには町人の皆様も顔をしかめて、ドン引きです。


「あら?ノリが悪いですのね。ふん、相変わらずしょうもない民草ですわ。気分を害しましたわ。アン、早く祭壇に行きましょう。」


「かしこまりました。」


散々な言い様ですが、この場に居る人に罰を与えなかったので、ローズ様の機嫌は今日は良い方です。はい、これで良い方なんです。


【聖剣祭】のメインイベントは、町の中央に建てられた真っ白な祭壇の階段を登って、上に突き刺さった聖剣を引き抜くというものであり、今までの数多の強者が【聖剣祭】の度に聖剣を引き抜こうとしましたが、私は誰も成功した人を見たことがありません。

というか800年前の伝説の勇者が悪いドラゴンを倒して祭壇に聖剣を突き刺して以来、誰も聖剣を抜いた人は居ないとされています。

まぁ、世界も平和なので聖剣なんて無用の長物。聖剣を引き抜こうとするのだって、祭りを盛り上げるための出し物の一つに過ぎません。


祭壇に着くと老若男女の様々な人が列を作って並んでおり、自分が聖剣を引き抜く順番を今か今かと待ちわびていますが、お嬢様にそんなことは関係ありません。


「退きなさい愚民共!!このローズ・ベネディクトが今日こそ聖剣を引き抜いてみせますわ!!」


ほら出た。この声に並んでた人は一斉に振り向き、一斉に嫌な顔をしました。

皆の顔に『おいおい、またコイツがシャシャって来んのかよ、勘弁してくれよ』と顔に書いてありました。


「聞こえないのかしら?退きなさいと言ったのだけど?それとも何か罰が欲しいのかしら?」


本当にこの人はどうしてこんなに憎たらしくて邪悪な顔が出来るんでしょう?人の口角ってこんなに上がるのってぐらい口が三日月になってるんですけど。

相変わらず皆は嫌な顔をしたままでしたが、罰を受けるのが嫌だったのか、皆は渋々、お嬢様に列を譲りました。


「あら?バカに聞き分けが良いじゃない。」


そりゃ去年アンタがあれだけ癇癪起こしたら、皆も退きますって。


お嬢様は悠々自適に扇で顔を煽ぎながらツカツカと階段を上がって行きます。もちろん、その後を私が歩くわけですが、ぶっちゃけ、この人の後を歩くの恥ずかしいですよ。私まで白い目で見られてる感ありますし。


階段を上がり終えると、そこには祭司様と突き刺さった聖剣がありました。

祭司様ですらお嬢様を見て嫌な顔をしましたが、ゴホンと一回咳払いをしてから、聖剣を引き抜く前口上を言い始めました。


「勇気ある者よ、この由緒ある聖剣を引き抜くことを望む・・・」


「望むわよ、何回も聞いてるから、その長ったるしい前口上やめてくださる?」


ピシャリと言い放つお嬢様。これには祭司様も困り顔です。


「いや、でも、これは決まりでして・・・。」


「決まり?そんなの知らないわ。私がルールよ。」


「い、いやぁ、でも。」


「祭司様、最近は足腰が悪いんでしたわね。ならスクワットを・・・」


「はい、どうぞ抜いて下さい!!」


祭司様ですら筋トレを強いるお嬢様。末恐ろしい、でも、もうすでに恐ろしいんですけどね。


「オーッホホ♪アン私の前に抜いてみなさい♪」


「えっ?私?」


「そうよ、何事もチャレンジよ♪やりなさい♪」


無茶振りじゃね?こんなの抜けるわけねぇし。アホかて。

まぁ、やれと言われればチャレンジしないとね。

私は聖剣の前に立ちました。

それにしても如何にも伝説の聖剣って感じの剣だ。色とりどりの装飾があしらわれた金色の柄、透き通った水晶の様な刃、どう考えてもモブの私にこんな剣が抜けるわけないですよ。


「どうしたの?早く抜きなさいな。」


「くっ。」


調子に乗りよってからに。まぁ、早くやろう。

私は剣のグリップを両手で持ち、思い切って引き抜こうとしました。

けれど予想通り、聖剣はビクともしない。まるで祭壇と一体化してるみたいです。


「お、お嬢様、これはちょっと無理です。」


「いやいや、もっと気合い入れて、腰落として、そんなに柔に育てた覚えはないわよ。」


えぇ、まさかの延長をお望みか。やります、やりますとも。


「グギギギッ・・・」


私は女を捨てて、顔を真っ赤にして聖剣を全力で引き抜こうとしました。

ですが、やはり無理なものは無理。

ここでお嬢様は私の右肩を叩きました。そして妙に優しい声でこう言うのです。


「もう無駄な努力はやめなさい。アナタは良くやったわ」


・・・この人の情緒どうなってるんでしょうか?ひたすらにムカつくんですけど。


「あなたの仇は私が取るわ。さぁ、代わりなさい。」


死んでねぇし、まぁ、代わってあげますよ。どうせ抜けないし。

私が後ろに下がり、今度はお嬢様が剣のグリップを両手で握りました。


「さぁ、見てなさい♪歴史的一瞬を♪」


はいはい、早くやってくださいな。


「せーの!!」


お嬢様は一気に剣を引き抜こうとしました。するとどうでしょう。


"ドシーン!!"


「痛い!!」


盛大に後ろにコケて、尻餅を突きました。

プッ、ザマー♪


「ちょっと!!今笑ったでしょ!!」


「い、いえ、プププッ・・・笑ってませんよ。」


「笑ってますわよ!!」


だ、駄目だ面白過ぎて笑っちゃう♪これ以上笑ったら、どんな酷い罰をやらされるか分かりませんが、この可笑しさは、例えフルマラソンやらされてもお釣りがきます。


「このアマ!!いい加減笑うのをやめなさい!!」


怒ったお嬢様は右手に持った剣を振り上げました。

・・・ん?剣?


「お嬢様・・・それ。」


私はお嬢様の右手の剣を指さしました。


「えっ?なんですの?・・・あっ!!」


そうなのです、お嬢様の右手には聖剣が握られていたのです。

どうやら聖剣はお嬢様が抜いちゃったようです。


「ぬ、抜けたわ・・・私が抜いたのよね?」


「は、はい、おそらく。」


「や、やりましたわーーーー!!やっぱり私は選ばれた令嬢だったのよーーーー!!」


ドヤ顔で剣を両手で持ち、高々と持ち上げるお嬢様。

こんな性悪の女に聖剣が抜けるなんて意味分かりませんが、実際に抜けてしまったので事実として受け止めましょう。


そしてこのことが意外な展開をもたらすとは、私はおろか、当事者のお嬢様もまだ知る由がありませんでした。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る