08話
「あ、二人を見つけたよ」
「声をかけるのはやめましょう」
「うーん……声をかけておいた方がいい気がするけどね」
見つかったときにより彼女が求めているそれとは逆方向に力が働く気がする。
全てというわけではなくてもはっきりと吐いて前に進んだ三人、だというのにここでまた隠してしまったら同じことの繰り返しになってしまうのではないだろうか。
「あれを食べたいです」
「わかった」
……話しかけておきたかったのは初めてだからというのもある。
でも、ただ頼んで買うぐらいなら買い物に何度も言っていたのもあってそう緊張するというわけではなかった、すぐに手に入れて彼女に渡す。
「じゃ、とりあえず座って食べようか」
「はい、温かい方が美味しいですから――きゃっ!?」
大きな声に反応して振り返ると「ふっふっふ、同じ場所に集まっているのに私達に気づかれないまま過ごせると思っていたのかな? それは甘いというものですよ」とハイテンションな後藤さんが隣に立っていた、が、何故か楓君がいない。
しかし、無理やり衣撫さんが連れていかれて付いて行くしかなかったその先ですぐに何故かはわかった。
「さっきまで元気だったのにどうしたの?」
「真道か……香耶には気をつけろ、祭りの雰囲気と恋愛パワーで止まらな――ごふっ!?」
「もういっぱい食べたんだね」
「ああ……それも影響しているんだ」
やけ食い……というわけではないだろうからこういうところでは食べておかなければ損という考えになってしまうのかもしれない、どんな理由からであれ、お金が沢山あるからこそできる芸当だ。
「邪魔じゃないなら四人で――どうしたの?」
「二人きりがいいです、そもそも邪魔をするべきではないですよ」
「うん、衣撫さんのそれは絵を描きたいだけだよね?」
今日だってスケッチブックを持っていて平常運転だった。
いつも通りでいてくれるのはいいけどお祭りを楽しもうとしてほしい、あとお手本を見せてほしい、絵のことならちゃんと付き合うからいまは我慢をしてもらいたい。
「そうですよ? でも、二人の場合と四人の場合では全く違うじゃないですか」
「そうだよ帯屋君、近づいたけど四人で見て回るつもりなんかないんだよ」
「悪いな真道、香耶がこう言っていることだからさ」
「大丈夫なの?」
「ああ、心配してくれてありがとな」
なら少し寂しいけど離れよう。
「はぁ、急に変なことを言い始めて困りましたよ」
「で、でも、僕はともかく衣撫さん達は三人で仲良くしてきたんだから――」
「もう少し前までとは違うんです」
不満を吐くよりも温かい食べ物を、そうなってくれたことがありがたかった。
「美味しいです」
「そうだね」
「だからこそ先程の真道さんの選択は残念でした、香耶さんと楓さんのおかげで最悪の状態は回避できましたけどね」
あくまでこちらの妄想だったらしい。
なにが不満なのか、関係が変わったとはいえ、僕よりも大好きな二人と一緒に見て回れたというのにまるで逆効果となってしまっている。
あの二人が断ってきた理由は二人きりでいたいというそれもあっただろうけど彼女が直接二人きりがいいと言ったからだろう、拒絶されたわけではなくてもあれは悲しいだろうな。
「わ、わかったよ、絵なら好きに描いてくれればいいから」
やはりこれか。
今日は朝から一緒にいたものの、祭りのときに疲れてしまわないようにと長い昼寝をしていたから物足りないからだ。
空腹状態のときは全員がそうではなくてもイライラするというもの、彼女にとってはそれが絵を描くという行為なのだ。
「は?」
「な、なんでさっきからそんなに冷たいの……」
「真道さんが馬鹿なことばかりを言うからです」
こんなに生温い気温に包まれているというのに彼女はやたらと冷たかった。
下手をしたら、ではなく、今日で最後かもしれないというつもりで後半は動いていた。
というわけで友達と行けた初めての祭りは苦いそれとなってしまったのだった――って、まだ家まで送っていないから終わっていないけどさ……。
「それでは私はこれで失礼します」
「う、うん」
「はぁ、冗談ですよ、というか私がそうはさせません」
うお!? だからって急にこんなことをしてくるなんて追いつけなくなるからやめてほしい。
「……私達はもう付き合っているんですよ? 二人きりに拘って当たり前だと思います」
「……でも、僕よりも好きな二人がいたんだよ?」
「はぁ、こう言ってはなんですが流石に優先順位が変わりますよ、向こうにとってもそうです」
やたらと冷たい感じから急な切り替えは駄目だ。
まだマイペースでいてくれた方がよかった、ある意味マイペースだけどいま僕が求めているそれとは違う。
「待って待ってっ、いきなりぐいぐいきすぎだよ!」
「本当なら男の子である真道さんがこれぐらいでいてくれないと困るんですけどねっ」
「……わ、わかったからとりあえず離れて」
「嫌です、今日は解散にするつもりはありませんよ」
「そ、それでいいから離れてくれないと不味いんだって」
でも、なにかをくすぐってしまったのか彼女の家に上がることを認めるまで離してくれることはなかった、なんなら言うことを聞いて上がらせてもらってからも大胆でずっと駄目だった。
「真道さん」
「……いま何時?」
「まだ二時です、少し寂しいので相手をしてください」
寝る前にあれだけ沢山話したり、珍しく屋内なのに絵を描いていたのにどうしてしまったのだろうか。
少し眠たいけど無理というわけではないから体を起こすと「ありがとうございます」と言ってくれたからうんと答えておいた。
「お祭りの後なのも影響しているんでしょうね」
「ちょっと歩く?」
「いえ、喋り相手になってくれればそれでいいです」
なら出しゃばらないで答えるだけにしておこう。
そういえば今更だけど窓が開いているから風が入ってきて心地よかった。
真っ暗なままでもちゃんと目を開けていれば相手の顔が見えてくるというもの、大袈裟に捉えすぎているだけかもしれないものの、確かに寂しそうな顔をしている。
……いや、そうではなくて全然喋らないのは何故だろうか? 考え事をできているのは悪いこととは言えないけど……。
「衣撫さん……?」
「私は待っているんですよ」
「えっと……さっきも出たけど祭り、楽しかったね」
「違います、そのことなら寝る前に沢山話しましたから」
眠気がくるのをと言おうと思ったけどやめておいてよかった。
「これかな?」
「……はい、ずっと待っていたんですよ」
あれ、今回は何故か全身が温かかった、あれだけ冷たかった腕や手なんかも関係ないとばかりに同じだ。
「僕としては衣撫さんからくっついてきてくれる方が問題に繋がらなくてよかったんだよね、勇気がなかったとも言えるんだけどさ」
「真道さんの場合は後者のそれが強すぎますね」
「はは、だね。あと、手なんかが冷たくないというのが嬉しいかな」
あ、べたべた触れているわけではなくてこっちの腕に触れてきてくれているからだけどね。
だけどそのことが本当に嬉しかった、なんとかできたらいいなぐらいのそれではあったとしてもこうして実際に変わると違う。
「ふふ、真道さんに対するなにかが変わったとでも言いたいんですか?」
「なにも変わっていなかったとしてもだよ」
「冷静に返されるとむかつきます」
「なんでっ!?」
「しー、大きな声を出したらいけません」
だ、誰のせいだと思っているのか……。
ただ、真夜中に大声を出してはいけないというそれは正にその通りだったので黙っておいた。
しかし、黙ったら黙ったで雰囲気が怪しくなってくるという大変な時間を過ごすことになったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます