07話
初めましてと二人が挨拶をする。
意外にも積極的に興味を持って話していたのは衣撫さんだった、まあ、母も人生経験が長いのもあっていちいち慌てていたりはしなかった。
ある程度のところで落ち着いてそれぞれのしたいことをやり始める二人、つまり、いつものあれが始まったことになる。
「はい、お母さんと仲良くできている帯屋さんです」
「ぼ、僕らはいいから他の物とかを描きなよ」
「最近ははまっているんです、だからこれが描きたい物……ではないですけどそういうことになるんですよ」
あれだけ過去の後藤さんを描いていたりしていたのだからそれはないだろう、僕が律儀に反応するからそれを面白がっているのだ、結構意地悪なところもある女の子だった。
「む、納得がいかないといった顔をしていますね、それなら……」
ばばばっと描いてこちらに見せてきてくれたそこには僕と衣撫さんがいた。
「最近の私達です」
「可愛い絵だね、リアルに描いたときよりも好きかもしれない」
また格好良く描かれてお世辞を言われても困ってしまうから助かった。
それに好きな行為をできているのに気を使っているということになるから微妙なのだ、ミニキャラなら大体は可愛くなるから違和感なく受け入れられる。
「私も好きですよ、ただ、これだと少し可愛くなりすぎてしまいますが」
「別にいいと思うよそれで」
「自分で自身の絵を可愛く描くって痛くないですか?」
「そんなことはないよ、笑ったときとかこんな感じだから」
とはいえ、流石にこれだと僕は可愛く描かれすぎだな。
幼稚園の頃は可愛げがあったようななかったような、宇宙人だったようななかったような、男だけど天使! などと言ってもらえるときはなかっただろうから。
「真道ちょっと来て」
「うん」
調理中なのにいいのかと考えつつも付いて行くと「がっつきすぎると駄目だよ」と。
「ん?」
「だっていま、さらっと口説いていたよね?」
「えぇ、なんでもそっち方向に捉えてしまうのはちょっと……」
「いや、あまりにも自然すぎて驚いたよ」
いや、直接奇麗だねとか笑顔が可愛いねなどと言っていたのならともかく、あれで驚かれても困ってしまう。
だからってお世辞を言っているというわけでもないけど、うん、やはり僕達は外で集まる方がいいのだとわかった。
母が嫌だというわけではないものの、勝手に盛り上がられても衣撫さんだって困るだろう。
「外に行って描こうか」
「ここでいいです、外は暑いです」
「飲み物ぐらいなら買ってあげるからさ」
「特に不都合なことはありませんのでここでいいです」
手遅れだったか……。
小学生のときもそうだったけどここに来た子達はすぐに母を気に入る。
大人なのに話しやすいというのが大きいのだろうか? 雰囲気が相手を落ち着かせるのかもしれない。
「ちょっとお掃除がしたいから真道の部屋に行ってもらってもいいかな?」
「はい、わかりました」
わかりましたではない、母も母でわかりやすく行動をしないでくれぇ……。
だけど仕方がない面もあるのかな、上手くやれていなかったから上手くやれたら母として心配になってしまうというか、余計なお節介を働きたくなるものなのかもしれない。
「ありがとう、そのかわりと言ったらなんだけど後でご飯、どうかな?」
「え、いいんですか?」
「うん、真道がお世話になっているみたいだからお礼がしたくて」
「ありがとうございます、いただきます」
実際に道具を出してきて目でアピールをしてきたからリビングから去ることになった。
幸い、ここには客間なるものがあるからそこでどうかと聞いてみたものの、残念ながら断られてしまったから大人しく部屋に案内をする。
「ここは一階より暑いんだよ」
「そうですか、だけど屋内なので問題もありません」
「じゃあここに座って、床も奇麗にしているけど椅子の方がいいでしょ?」
「いえ、床で構いませんよ」
さ、さっきから一つも言うことを聞いてくれない。
これも母を気に入った子特有のそれだった、学校のときとかは普通に戻るからその差にやられそうになることもある。
でも、普段からちくりと言葉で刺してくる彼女のことだし、あれが悪化してしまうのでは? と不安になっていく。
「少し眠たくなってきました」
「ならこれを掛けて、じゃ、僕は出ておくから」
「慣れない場所で一人は嫌です」
「そうは言われても……」
「帯屋さんも一緒に寝れば帯屋さんが考えているようなことにもなりません」
さっさと寝転んで目を閉じてしまった彼女、だったらと反対を向いてこちらも寝転んだ。
見なければただ部屋で休んでいるのと変わらない、母が早めに準備を始めているのもあってご飯の時間もすぐにくるだろうから起きていればいい。
一つ一つ試されているのではなく、遊ばれているのだと考えればすぐに冷静になれる。
そもそも自分の部屋で一人緊張しているというのも馬鹿らしいだろう、そのため、切り替えてからは最強の僕となった。
ちなみに、彼女の方も自分の部屋みたいに休めていて最強だった。
「痛くない?」
「はい」
「って、起きているなら自分で歩いてもらった方が触れられなくていいと思うけど……」
「歩きたくないです」
部屋に案内をしてからお嬢様みたいになってしまっていた。
まあ、無茶なことを求めてくるわけではないから嫌ではないけど、先程も一階まで運ぶことになったからこちらの心臓は忙しい。
「みーちゃった」
「後藤さんも付き合って」
「え、楓君のことが好きだからちょっと無理かな~なんてね、わかったっ」
後藤さんのこういうところには本当に感謝するしかない。
それでお嬢様は楽しそうにお喋りを始めた、黙っていられるよりはよかった。
「帯屋君のお母さんと話したんだ、ねね、どんな感じだった?」
「少なくとも真道さんには似ていませんね」
「帯屋君と似ていないか~難しいな」
なんて言ったらいいのか……ただ、ふわっとしているところがあるのは確かだ。
見た目も老けているというわけではない、やたらとオーバーリアクションをすることがあるのも若者に近いというか……うん、後藤さんが言うように難しいな。
見た目とかとかは関係ないけどなんでこれまで上手くやれていなかったのかが最近は気になっていることだ、凄く怒られたとか邪魔をされたとかでもないのになにをしていたのか……。
「そういえば楓さんとお出かけをするという話はどこに?」
「もう行ってきたよ? だけどその際に甘い物を食べちゃったから歩いているの」
「夏だからと油断しては駄目ですよ、早めに帰った方がいいです」
「衣撫さんが言うのはおかしいね」
「私は十九時までにはちゃんとお家に帰ります」
嘘……とも言えない、確かにしっかり切り上げて帰っていたから。
「いまは?」
「えっと……十八時四十五分です」
そういえば今日はほとんど絵を描かなかったことになるから彼女にしては珍しい一日となる。
なるほど、大好きな行為をできなくなると少し面倒くさがりになってしまうらしい、なら、一緒にいるときにどうすればいいのかがわかっていて楽でいい。
絵を描くことばかりに意識を向けられて寂しいなどというそれもないし、彼女も大好きなことをできるということでいい関係なのではないだろうか。
「このまま歩いていれば帰ることができるね、なら私は邪魔をしちゃう!」
「普通に帰ろうよ」
「あ、はい……」
結局、後藤さんの家の方が手前にあるということですぐに二人きりになった。
「真道さん下りたいです」
「わかった」
正直、身長もそうかわらないうえに彼女の方が格好いいから逆にされたいぐらいだ、なんてそんなことはないけど小さい頃ならそれでもおかしくなかった。
「今日もありがとうございました」
「いや、僕はまだ衣撫さんに求められたことをできていないからね」
「ん? ああ、それはそうですよ、だってまだ求めていませんから」
家までまだ少し距離があるところで歩こうとしないでこちらを見てきているだけの彼女、無茶なことを求められるわけではないとわかっていてもその時間が続けば続くほど今度は別の意味で心臓が忙しくなる。
これならまだいつものようにはっきりと言ってくれた方がいいとわかった時間だ。
「い、衣撫さん?」
弱い自分が待ちきれなくて前に進めようとする。
「は、んー今日は少し疲れているみたいでいま寝ていました」
「はい、スケッチブックだよ」
どうして鞄を持ってきたのかと考えていた自分もいたけど役立ってくれた。
まだどこも汚していないから新品だ、だからこそ効力というのも高いはずなのだ。
いや、新品だろうと使い古した物だろうと彼女なら確実に反応する。
「ありがとうございます……って、これは私のではないですね、もしかして買ったんですか?」
「うん、一緒にいればこれからも絵を描く時間ができるからね――じゃなくて、スケッチブックとかを持っていれば眠気だってどこかにいくよね?」
「真道さん、確かに私は絵を描くことが大好きですが少し馬鹿にしていますよね?」
「馬鹿にはしていないよ」
ああ、わかりやすく私不満ですといった顔をしている。
「はい、お返しします」
「うん」
「とりあえずしまってください」
鞄にしまったタイミングでぐいと距離を縮めてきて意識を持っていかれた。
これだけ近づいても手なんかが冷たいのもあって彼女の体温がわかりやすというわけではないけど、普段とは違うから流石にわかる。
「はい、握ってください」
「はい、あ、やっぱり冷たい」
「昔から同じなんです」
「どうすれば温かくなる?」
「そうですね……健全な意味でですが興奮したときなんかには違いますよ」
就職組ではないから意味のない話ではあるものの、例えば内定が貰えた場合なんかには変わるということか。
「じゃあ絵を描いているときに確かめてみたら面白そうだね」
「絵……」
「あ、今日はもう駄目だからね、許可できません」
「む、いまから描きに行こうとなんてしていません、やっぱり馬鹿にしていますよね」
いや、明らかに描きたいといった顔をしていたから言わさせてもらったんだけど……。
でも、それよりも十九時までには家に帰るというルールを守らせるためにこれ以上は触れずに家まで送ったのだった。
手には触れたままだったというところが今回の矛盾したところだった。
「七月ですね」
「早いね」
楓君とまではいかなくても暑いのが苦手なのに薄長袖を着ている彼女を見ると心配になってしまう、就職のことよりも気になってしまっているのはいいことなのか悪いことなのかがわからなかった。
「動かなければならない日以外は私といることで休めていますよね」
「うーん……薄長袖ということが気になって微妙だけど実際にそうだよ」
「これは毎年同じですから」
暑い暑いと言いながらも汗をかいているところを見たことがないからなのもある。
「はい、応援の絵です」
「ありがとう」
「ということで真道さんのお家に行きましょう、外だと暑いです」
「はは、わかった」
残念で幸いな点は今日は母がいないということだった。
母がいなければあの謎の状態にはならない、いつも通りの彼女でいてくれる。
でも、ずっと二人きりがいいというわけではないから途中で帰宅~となってくれるのが一番いい、見られて恥ずかしいことをするつもりはないからね。
「そういえば衣撫さんってちゃんと勉強――あ、はい、していますよね」
していないわけがないか、一年生のときなんかと比べたら余裕ぶっているわけにもいかないのが現実だ。
しかも早め早めに動いているのもあって僕なんかよりよっぽどしっかりしている、これは僕が悪い。
「私は基本的に外でしか描きませんから、お家ではしっかりやっています」
「あ、だから僕の家に来たときはあんまりやらないんだ」
お店でも出して描き始めるぐらいなのに家にいるときだけはやらなくておかしく見えていたぐらいだったけど、そういう理由からだったらしい。
「はい、そもそも誰かのお家にいるときはその相手の人と話したいので」
「その割にはすぐに寝ちゃうよね」
今回みたいに暑いからという理由で今日までに二回はここに来ている、そしてその度におねむな彼女を家まで運んだから回数は少なくても関係ない。
だからそこも母の緩い雰囲気というのがそうさせるのだろうと考えていた、悪用する存在でなければ相手を安心させることができるということだから自分にも少しはあってほしいような、一緒にいるときは起きていてほしいような……というところだ。
「……私でもなんにも影響を受けないというわけではないですから」
「え、だけどなんてことはない家だよ?」
「はぁ……別にお家がどうこうは関係ないです」
こっちの手を握ってから「この手に私は狂わされました」と。
こちらから急に手を握ったりべたべた触れたりしていたわけではないから断じてそういうのはない。
「一つ聞いておきますけど、私を攻略するために合わせていたわけではないですよね?」
「うん、あ、だけど途中から自分の方が衣撫さんと一緒にいたくて求めてしまっていたのあるんだよ」
相手が頼んできているということが大きかった、自分が動いた結果、この前みたいに「一人がいいです」などと断られていたらいまの僕は存在していない。
運動能力と同じぐらいそういうことに関しては経験がなくて駄目だった。
「その割には集まっていた理由の全部、私が求めたからですよね?」
「そりゃあ楓君や後藤さんってわけじゃないからね」
頑張れたというか矛盾めいたことができたのは絵を描くときに参加をすることを選んだあの初回だけ、そこからは彼女が口にしているように彼女から来てくれただけだ。
ありえないけどもしそこで頑張れていたらなにかが変わっていたのだろうか? 楓君には勝てなくてもある程度の評価は貰えていた可能性がある。
「はぁ……それで私は一人、気に入ってしまっているわけですか、むかつきますね」
「いやいや、衣撫さんがどうかは知らないけど僕は気に入っているってことだよね、目を逸らしても仕方がないからもう言っちゃうけどさ」
僕達はなにを言い合っているのか。
それこそ家だといつもとは変わってしまうそれが僕にも働いてしまっていた、つまり、母は関係なかったのだ。
他には誰もいないという環境が影響を与えるということがわかっ……たところで役には立たないけど無駄に母のせいにしなくて済むのだ。
「……間違えました、一人だけ気になってしまっているということですよね」
「本当?」
「……それこそ嘘をついても仕方がないじゃないですか」
「おお、それなら嬉しいなぁ、こう……がっついた結果じゃないのがいいことだよね」
いいことばかりでもないけど僕らしく行動した結果とも言えるから正に理想というか、うん、ありがたいことだ。
逆に頑張らなかったというのが大きいのかもしれない、そういうところから多少は安心できた……ということだろうから。
「嫌ですよ、まだ真道さんが真剣に行動をしてそれで仕方がなく受け入れるという形の方が私的にはよかったです」
「見方によってはそう見ることも無理というわけじゃないよね」
結局、こちらは相手によって態度を変えていたということだ。
楓君との時間も大切などと言っておきながらほとんど彼女としかいなかった、そのうえで後藤さんとも少しは仲良くなれてしまったのだから人生で一番贅沢な期間を過ごせたことになる。
いま同じことを吐いても迷いなく「本当かよ」と言われてしまうだろうな、というか、向こう的に二人きりで過ごすということがあるのかどうかもわからない。
「ふむ、確かにそういう見方も……できますね、なら大丈夫ですね」
「はは、それならよかった」
「はぁ、笑っている場合ではないですけどね……」
む、難しいお年頃だ、仮に真顔でもちくりと刺されていたことだろう。
「す、好ぎ……ですよ」
「無理をしなくていいよ」
「好きですっ」
「あ、ありがとう、だけどできればこっちから言わせてもらいたかったなぁ」
「ふふ、真道さんのペースにはさせません」
いい笑みだ、このときばかりは格好いいではなく可愛いになるなぁ。
対する僕はどんな感じなのだろうか? 昔、小さい頃は母に一度だけやらしい笑みだと言われたことがあるけど……。
ま、まあ、現在もそうならこうはなっていないだろうから大丈夫だと片付けてしまってもいいはずだ。
「ちなみにこのことは内緒にしたいです」
「あ、そうだよね……」
「恥ずかしいからです、香耶さんなら間違いなく何回もからかってきますからね」
「そういう子じゃないと思うけどな」
「む、そういえば私と過ごした翌日や翌週なんかに香耶さんとも過ごしていたんですよね? 怪しいですね」
それは余計な心配というものだ。
そもそもの話、やはり僕では楓君には勝てないし、戦う勇気もないから安心してほしかった。
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