06話
「か、母さん……?」
やたらと早起きをした自分もあれだけど床に寝転んでいる母を見たらつい気になってしまって声をかけてしまっていた。
いや、だって突っ伏しているとかならわからなくもないものの、こんなところでこんなことをしていたら倒れたのではないかと心配になる。
「お、起きてよ」
「……え、な、なに?」
「いや……なにはこっちが言いたいことだよ、なんでこんなところで寝ているのさ」
はぁ、それでも答えることもせずにリビングから去ってしまった。
朝ご飯は食べないようにしているけどお弁当は作るようにしているからもう出るという選択肢はない、そのため、戻ってきたら戻ってきたで気まずくなってしまうことは確定している。
「真道」
「うん」
話すのは本当に久しぶりだ、ただ、最近は友達と当たり前のように一緒にいられて当たり前のように話せているからすぐに冷静になれた。
「大学に行って」
「え、就職活動をして大体十月には安定した生活を送っている予定だったんだけど……」
適当にしているわけではないけど勉強は本当に並ぐらいしかできない。
これ以上、学びたいこともあるわけではない、大学に行こうが結局は社会人になって働かなければならないのだから必要はないと思う。
生涯年収に差があるのだとしてもだ、大学卒なら高くなるという話もそれは高レベルな大学を卒業することができた存在だけだろう。
「そのことを早めに話そうと思っていたんだけど……」
「もしかして僕が家から逃げていたから?」
「それもあるし、私が距離を作ってしまったのも……ね」
そうか……って、どうすればいいのか。
「言っていないだけでお父さんも同意見なの」
「で、でも、適当に大学に行ってもお金がもったいないだけで――」
「お金のことについては問題ないよ」
「ごめん、一年生の頃からそのつもりで動いていないから手遅れだよ」
流石に遅すぎた、だってあと十日もしない内に七月だ。
「そっか」
「期待通りには全く動けていないけどそのかわり、あんまり迷惑をかけないようにするから……許してほしい」
「本当かよって言われてしまうかもしれないけどいつもだって別に真道に怒って距離を作っているわけじゃないからね」
「じゃ、じゃあさ、これまで通りに戻れない?」
自分は言うことを聞かないのに相手には動いてもらおうとするなんてあれなものの、ここは甘えるしかない。
家から逃げなくていいというだけでかなり楽になる、就職活動も頑張れるというものだ。
「これまで通り……だけど真道が中学生の頃からずっとこうだったわけだし……」
「父さんが無理なら母さんだけでもいいからさっ」
「……いつも遅めに帰っていたぐらいなのに本当に求めているの?」
「僕の友達が言っていたんだ、家族とぐらいは仲良くいたいって、逃げていたから信じられないかもしれないけど一緒にいられた方がいいに決まっている」
いつもは冷たくちくりと言葉で刺してくる衣撫さんもこれを聞いたら褒めてくれるはずだ。
というか、母の身長が低くなってしまっているような気がした、縮むということはないだろうから一応、それなりに成長できたということか。
まあ、対異性の場合ならこちらの方が高くないと情けないから避けたいところではあるけど、なんかお礼が言いたくなってありがとうと口にする。
「……わかった」
「ありがとうっ」
よーしよし、頑張らなければいけないというところでこれは大きいぞ。
「お弁当、私が作ろうか?」
「あーいまは中途半端だから明日からお願いしようかな」
「うん」
いつもよりハイテンションで登校することができた。
学校でも廊下に出る必要もないから教室で堂々と存在しておくことができた。
「なんか今日は楽しそうだな」
「母さんと仲直りすることができたんだ」
朝からずっと同じ感じだったのにお昼休みに聞かれたというのが寂しいけどありがたいことには変わらない。
「なるほどな、ということは一緒にいてくれる可能性が低くなるということか」
「え、別にそんなことはないよ?」
「冗談だよ、よかったな、家から逃げなくていいというのは楽でいいだろ」
「うん、ありがとうっ」
が、いつものように参加してきた衣撫さんから「残念です」と言われて一気に意識を持っていかれる。
「おいおい、俺が言うのもなんだがそれはな」
「だって参加してもらえなくなりそうなので……」
「ああ、それは衣撫さんがよければ参加させてもらうよ? 遅い時間になると困るけどさ」
遅くても十九時半前には家に着いておきたいけどやめるという極端な選択をする必要もない。
それに僕もあの時間はもう好きになっているからなくなってしまったら困るため、誘ってもらいたかった。
「そうなんですか? それならよかったです」
「ふっ、真道も衣撫も露骨だな」
「中途半端にやりたくないというだけだよ」
「私も帯屋さんと同じです」
と、こっちは平和に終わったからいいとして、今日はまだ後藤さんが来ていないということが気になって聞いてみる、すると、男の子と仲良さそうに話していたということだったので今日は諦めるしかなさそうだった。
「ストップっ」
「諦めていたけど今日も話せてよかったよ」
「って、そっか、挨拶もしていなかったよね」
とりあえず座ってほしいということだったから席に戻る、彼女も前の席に座ると「いきなりごめんね」と謝ってきたから首を振った。
「それでなんだけどさ、ちょっと楓君との話で聞いてもらいたいことがあって」
「あれ、違う男の子の話じゃないんだ?」
「ん? ああ、今日いた男の子とは別にそういうのじゃないから」
少し苦い感じの笑みを浮かべて「衣撫ちゃんにはなんか見られちゃうんだよね」と。
じっとしていられないとまではいかなくてもよく歩いている子だからこそ見られてしまう可能性が高くなる、もっとも、ほとんどは見られても問題もないことしかしていないだろうし、外でしている時点で仕方がないという見方もできるのだ。
「この前、またちょっと嘘をついちゃったことをまず謝りたいんだけど、ごめん」
「本当は楓君のことを――そっか」
「うん……だからやめてもらいたかったんだよね」
もう衣撫さんに教えているのだとしてもそういう大事な話をこちらにもしてくれるということが大きかった、母とも上手くいきそうなきっかけを作れた日の放課後にこれは嬉しい。
「僕はどうしたらいい?」
「ちょっと協力をしてもらいたいんだよね、後ろにいてくれればいいんだよ」
「わかった、じゃあいまから行こう」
「うん、お願いね」
教室を出てすぐのところで楓君が立っていて家に行く必要がなくなった。
約束通り、少し距離を開けて立っている間に彼女は前に進めていく。
場所的に見えないから彼の表情の変化に意識を向けていたけど、ほとんど変わっていなかったうえにあのときの話を思い出して少し微妙な気分になった。
「真道、終わったぞ」
「うん」
彼女もちゃんといる、その点では悪くない。
でも、表に出ていたのか「帯屋君がそんな感じになってどうするの」と彼女から言われてしまい謝ることになった。
「求めれば相手が必ず受け入れてくれるなんてことはないからね、それに私は失恋を経験済みだからまだそういう経験がない子よりもわかっているつもりだよ」
「そっか」
「ありがとね」
「ううん」
「じゃ、三人で……はは、四人で帰ろう」
って、誰かを見ているときは誰かに見られているということか。
「適当に歩いて戻ってきたらすごいことになっていて驚きました」
「唐突感はないけどね」
小さなきっかけ一つで変わりそうだった、そして今回は大きなきっかけができてこの結果だ。
楓君と後藤さんが並んで歩いてくれているから聞いてみると「上手くいくかどうかはわかりませんがいいことですよね」と珍しく笑みを浮かべて言っていた。
「ちょっとごめんね、うん、風邪じゃないね」
熱いどころか冬みたいに冷たいぐらいだったからその点では安心できた形になる。
「失礼な反応ですね」
目も声音も同じような冷たさで負けそうになってしまったけどごめん、だけど珍しく笑っていたからとぶつけたら今度は呆れたような顔で「私だって笑いますよ」と返されてしまった。
「解散になった後に絵を描きに行くので付いてきてください」
「わかった」
あっという間に解散になって絵を描きに行く時間となった。
必要ないかもしれないものの、母に少しだけ遅くなるということを連絡をしてから集中する。
「今日はここですね」
「うーん……見間違いじゃなければ僕の家だね」
連絡をした意味とは……。
「あ、帯屋さんのお家を描きたいわけではありませんよ? ただ座りたかっただけです」
「それなら中に入る?」
「ちょっとすみません、んー……普通ですね」
失礼な反応だとは思わないけど確かにえぇ……となるようなことかもしれなかった、次はしないように気を付けよう。
それより額と同じぐらい冷たい手だ、どういうときに温かくなるのだろうか、それこそ、過去に楓君が動いてくれたときなんかには変わっていたのだろうか。
「あ、前とは母さんがいる点で違うから、あのときは二人きりになっちゃうから断っただけだからね」
「なるほど、それなら上がらせてもらってもいいですか?」
「うん」
あ、後藤さんが動いたから変えたように見えないだろうか? 本当にそういうのはないから勘違いをしないでもらえるとありがたいけど。
リビングに行ってみると突っ伏して寝ていた母がいたから起こした、が、何故かやたらと驚いてリビングから出て行ってしまったから困った。
しかし、固まっているわけにもいかないから必要なことを済ませる。
彼女が平常運転で絵を描くことにしか意識がいっていないのがよかった。
「はい、先程のお母さんです」
「じょ、上手だけど……」
「まさか起こしただけであんな反応をされるとは思ってもいませんでした、もしかしたら帯屋さんは相当……」
け、今朝の母的にそれだけはないと思いたいけどなぁ。
でも、仲がいいとも自信を持って言えないから今回も願っておくことにした。
「ごめん」
「謝らなくていいけどどうしたの?」
結局、昨日はあれからなにもないまま終わって起きて下りてきたらこれだった。
「目を開けた瞬間に真道の隣に女の子が立っているのが見えて幻覚でも見ているのかなって混乱してしまったんだ」
「うん、何気に悪く言われているよね僕」
「違うよ、驚きすぎただけ」
い、いや、変わらないと思うけど……。
意外と精神ダメージを負ったのかやる気が出なかった自分、だけど「お弁当を作るね」という母の言葉で通常状態に戻った。
「もう七月になるからちゃんと水分も摂らないと駄目だよ、水筒も持って行った方がいい」
「うん、ならそうするよ」
「あとはご飯を多くしておくね、真道は全然食べないからそこも気になっていたんだ」
「作らないときとかはなかったけどね」
冷蔵庫にある物を使用して作っていたから仕方がない面もある。
だって僕が使いすぎてしまったら両親の分がなくなる、仲が安定していない状態でそれは不味いから量を調節するしかなかったのだ。
ただ、最初から多く食べる人間ではなかったからあまり苦でもなかった、最悪とまではいかなくても炊かれたご飯があればすぐにお腹はいっぱいになる。
「真道、無理なら無理でいいんだけどあの女の子を連れてきてほしいんだ」
「頼んでみるよ」
「お願いね」
お弁当が完成したら必要なことを済ませて家をあとにした。
最近はもう雨が降っていないから傘をささないで登校できて楽でいい、あとはやはり青空の方が好きだからありがたい。
「おはようございます」
「おはよう」
うん、こうして学校に行く前に絵を描いているこの子のためにもそうだ。
「あのさ、母さんがまた衣撫さんを連れてきてほしいって言ってきたんだけど大丈夫?」
「それなら私は帯屋さんになにかを求めます」
「うん、それでいいからお願いね」
母相手にはああしてしまったけど基本的になにもしないで相手にだけ求める人間ではない。
彼女の場合なら少し遠くまで行きたいから付き合ってもらいたいとかそういうところだろう、遅い時間にならなければ僕的には全く問題ないから自由に言ってきてほしいところだった。
関わっている期間は短くてもそういうことを遠慮するような関係ではもうなくなっている気がする、こちらだけだったら寂しいものの、そうだと信じたい。
「どうぞ、葉っぱでもいいので描いてください」
「はは、わかった」
回数を重ねたことで葉っぱに関しては中学生レベルに上がった気がする、そのため、少し欲張って違うところまで描き始めたらなんとも中途半端になってしまった。
「欲張ったら駄目だね……」
「そうですね。……よし、学校に行きましょうか」
「あ、ま、待って」
一緒にいてほしいのかそうでないのかがよくわかっていない。
「実際、過去に経験があるんです、それこそ楓さんの彼女のふりをしていたときに」
「もしかして本当にそういう関係になりたかったとか?」
「……一回だけありましたよ」
やっぱりそうか、影響力がわかりやすく違う。
なのに何故ここまで変わらなかったのかは事情を知っていたからだろう、抑え込んでなかったことにした、そうしたら友達が動いたということになる。
強メンタルでもない限りは動けない、そもそもそんなメンタルをしているならとっくの昔に動いているということで……。
「でも、踏み込まなかったことを後悔はしていませんよ」
「教えてくれてありがとう」
「勝手に吐いてすっきりしたかっただけなんです、結局、香耶さんのことを偉そうに言える立場ではないんですよ」
少し前を歩いているからどんな顔をしているのかはわからない、ただ、なにも変わっていないということもなさそうだった。
「だけどそれは自分の情報だから」
「求めてもいないのに聞くことになってもですか?」
「僕は嬉しいよ? 仲間外れ感が薄れるからね」
「そうですか」
振り返ったときのその顔は真顔だったけども。
学校に着いたら今日は朝から後藤さんが来てくれて彼女と楽しそうに話し始めた。
正直、楓君と仲良くしているところよりもこの二人が仲良くしているところを見られた方が安心できる。
「え、朝から絵を描いてきたの?」
「はい、もう日課みたいなものですから」
「ある程度は想像で描けちゃうんでしょ? 集中していたら遅刻していたなんてことになりそうだから学校でやればいいのに」
「帯屋さんがいてくれますから大丈夫です」
「え? あ、ふーん、そっかそっかぁ」
つ、強い、いちいち動じずに相手をすることができている。
僕だったらそ、そういうのではないけどねなどといった反応になっていた、が、彼女はあくまで真顔だ。
「帯屋君、男の子だというところを見せてね、期待しているからね」
「帯屋さんに自由にさせるつもりはありませんよ」
なんとか答えようとする前に彼女に動かれてしまった。
だけどこの答えになるのも当然だ、楓君と僕の場合では差が大きすぎる。
一緒にいる時間は増えたけど楓君みたいにわかりやすく動けたことはない、寧ろ僕の方が既に求めてしまっているぐらいだから駄目なのだ。
「お、ということは衣撫ちゃんが頑張るということ?」
「ふむ、攻め攻めな帯屋さんよりも攻め攻めな私の方がらしいですよね」
「おお!」
おお、などと後藤さんは盛り上がっている場合ではない。
後ろから歩いてきている楓君の方に意識を向けると「今日も揃っているな」と、後藤さんか衣彼女がいればこんなものだよと返しておく。
「香耶、ちょっといいか?」
「いいよー」
いや、大胆なことをした日の翌日にこれはすごすぎる。
盛り上がっている場合ではないなどと言っている場合ではなかった。
「女の子ってすごいね、強いね」
「人によりますよ、香耶さんは私よりも強いですが」
「じゃあ見られないように違う場所に行こう」
連れて行ったくせに見える範囲でやってくれているから動かなければならなかった。
誰が悪いというわけではないけど自分が気になるからやるだけだ、断られたら一人で戻るつもりだからなにも起きない。
「それって私のことを考えて、ですよね?」
「うん、だってあんまり見たくないでしょ?」
「それなら空き教室に行きましょう」
廊下を歩くことはあっても入ることはないから結構新鮮だった。
晴れているからと窓を開けてみると夏特有の風が入り込んできた。
「そのままで」
「はは、わかった」
絵を描くときも真顔……いや、この場合は真剣な顔だけどもっと楽しそうにしてほしいところだったりもする。
でも、魅力的な女の子の笑みを直視することになるのもそれはそれで問題だという面倒くさいところがあった。
今回の趣味タイムはSHRの時間ぎりぎりまでで朝から楽しそうではあった。
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