05話
「もう少し右で……あ、そこです」
「それはいいけど、僕なんか描いてどうするの?」
「私達はお友達なんですよね? お友達なら描いておきたいんです」
絵を描くことが好きな人だからではなくて衣撫さんだからこその考え方のような気がする。
「多少なら動いていいのでそう硬くならないでくださいね」
「わかった」
ある程度は想像で描けることを知っているけどなるべく動かないようにしよう。
ただ、そうなればどうしたって衣撫さんが視界内に入ってくるわけで、少しだけ目のやり場に困ったりもした。
でも、真剣に描いている彼女からすればどうでもいいのかこちらのそういうところに引っ張られることもなく完成までもっていく。
「お疲れ様です、見ますか?」
「うん――あれ、これは誰……?」
「帯屋さんです」
なんか実物よりも格好良くて違和感しかない。
微妙そうなそれが伝わったのか「む、不満があるんですか?」と聞かれたのでちゃんと言っておいた、ここで無駄な嘘をついたところで意味もないから。
「ふふ、現実の帯屋さんも格好いいですよと言ってもらいたいんですか?」
「いや、申し訳ないから僕のままがよかったかな」
「あまり変わりませんけどね」
「はい、お世辞をありがとう」
さて、時間もできたからたまには描いてみることにしよう。
すぐに反応した彼女が「私を描いてください」と冗談を言ってきたものの、いちいち慌てたりしないで返すことができた。
僕が描けるのは葉っぱとか花だけだ、それにしたってクオリティは幼稚園児以上小学生未満といった感じだから少し恥ずかしい。
「よいしょっと」
「ベンチに座りなよ、大変でしょ?」
「この趣味は楽しめていいんですけど全く体を動かしていないのと一緒ですからね、たまにはこういう体勢でいるのも大事なんですよ」
だからって僕が描いている対象の近くに座られているというのも気になってしまう。
あとはそんなに描いてもらいたいのかというそれ、結構自分に自信があるみたいだというそれ、真顔なのに後藤さんと同じ感じなのが面白い――とか考えている場合ではないか。
「衣撫さんって本当は楓君のことが好きなんでしょ?」
「なんでそう思ったんですか?」
「今回の件、なにもないにしては真剣すぎたからさ」
「普通のことを言っただけですけどね」
悪いことをしていたらそれは悪いことだと指摘できるのが一番だ、理想だ。
それでもちゃんとできるのは一定以上の強さを持っている者だけ、僕だったら友達でいたいからなどと言い訳をしてははは……と乾いた笑みを浮かべてなんとかしようとするだろう。
大事な人が巻き込まれていても――経験がないから想像でしか話せない分、より情けない自分しか見えてこないというか……。
とにかく、彼女は僕からすれば勇気のいる行為を真顔でやってのけたことになる。
「彼女のふりを受け入れたのもそうだよ」
「同級生にだって話しかけられないで一人でいた私を楓さんは助けてくれたんです、なら、楓さんが困っているときに動くのは当然だと思いますが」
「それでいきなり彼女のふりをするの? 流石に飛びすぎじゃない?」
自力でなんとかできない場合には他者を頼るしかないわけだけど、頼んだ楓君もそうだし、受け入れた彼女もすごかった。
だってただ自分の彼氏彼女だと言ったところで信じてもらえない、いや、最初は信じてもらえるかもしれないけどちゃんとそれっぽいところを見せておかなければ本当にそうなのか? と周りが考え始めてしまうからなにもしないというわけにはいかないからだ。
クラスメイトとかならそこまでではないにしても友達なら気にする、本当のところを教えられるまでの僕が正にそうだった。
「それ以外でも役に立ちたかったですが動こうとしても楓さんが『気にしなくていい』と言ってきていましたからね」
「楓君らしいね」
これも実際に経験してきているからすぐにらしいと言うことができた。
結局、他者から聞いた情報よりも自分が直接見てきたことの方が重要だ、間違っているのに頑なに自分は〇〇だったからなどと言って受け入れないのは問題だけどそうだ。
「はい、私からすれば苦しかったですけどね」
「はは、だからそういうところだよ」
「どれだけ楓君のことを特別視していることにしたいんですか」
「別にそうであっても衣撫さんが損をするようなことはないでしょ?」
「少なくとも楓さんに迷惑をかけたくないのでやめてください」
やめろと言われてしまえばやめるしかない。
葉っぱ一枚、花びら一枚だったとしても描いたことには変わりないから満足できたので道具を片付けた。
「お腹が減りました」
「それなら家まで送るよ、解散にしよう」
これでも一応、一時間半は経過しているから彼女としても悪くない結果だろう。
「はぁ、ちゃんと最後まで付き合ってください」
「それならなにか食べに行く?」
コンビニやスーパーなんかで数百円出して食べ物を買うなら飲食店に行けた方がいい。
積極的にお金を使いたくないものの、なにかを食べたい、だけど解散にしたくないということならそういうことになる。
「いえ、お金がもったいないのでお家で食べましょう」
「でも、そうなったら僕は無理だよね?」
家が嫌いとまではいかなくても苦手だということは彼女も知っている、だというのにこんなことを言ってくるから困る。
そして僕らは同性ではなく異性だ、彼女の家に上がらせてもらうのも問題になるのだ。
「なんでですか? 一緒にご飯を食べるぐらい普通の行為ですよね?」
「だってどっちの家に行っても上がってもらうことになるんだよ?」
上がってもらう前提で話しているとはわかっていてもまるでこちらが家に行きたがっているように見えてしまうのも微妙だからいちいちこんな言い方になるのもね。
「細かいことを気にしすぎです、そもそも何度もこうして二人きりで過ごしているのにおかしくないですか?」
「いやきみの方が気にしてよ……」
「わかりました、それなら作ってくるのでここで待っていてください」
「ありがたいけど、意地になってなにもそこまでしなくても……」
「待っていてくださいね!?」
ああ、駄目だ、もう止まらない。
やはり真顔なのに後藤さんによく似ている。
作り始めてから後悔しなければいいけどと願いつつ、なんてことはない場所を見ながら待っていたのだった。
「私、好きなの!」
三角関係か、どちらを応援するべきなのだろうか。
とりあえず放置もできないから誰を好きなのかをはっきりしてもらおう。
「このぬいぐるみが好きなの! だけど自力じゃ獲得できないから帯屋君がやって……」
そっちかぁ……。
恋よりも商品、だけど獲得してみせれば進めてくれるかもしれないということで必死に頑張った結果、今回は千二百円でなんとかできた。
残念ながら頑張ったことで逆効果になった。
「は、はい」
「ありがとう! はいお金!」
お金を受け取ろうとしてやめて聞いてみると「え、なんで急に?」と聞き返されて固まる。
「ほら、後藤さんからすれば楓君と衣撫さんが偽の恋人関係でいることが不都合……とまではいかなくても嫌だったわけだからさ」
爆発させないように、それでも隠しても意味もないからこんな言い方になった。
「ああ、それは正義感っていうか……せっかくいいところが多いのにその一点で下げてしまっているからやめた方がいい! となっただけなんだよ」
「じゃあなにもないの? 楓君にも後藤さんにも衣撫さんにも」
「二人の細かいところまでは知らないからあれだけど、少なくとも私にはないよ。それに楓君から聞いたでしょ? 私には好きな子がいたって話」
「うん、だけど過去の話だからいまはもう違うのかなって」
「確かにその子のことはもう好きじゃないけど楓君のことを男の子として見たことは一度もないかな」
笑ってから「実際に男の子なのに変だよね」と。
一つ取れたら二つ目にとなるタイプではないらしくすぐに出ようとしたから付いて行く。
「帯屋君は?」
「最近はよく衣撫さんや後藤さんといられているけど特にないかな」
「そっか、なんか雰囲気が怪しかったけどなにもないんだ」
「それはそうだよ、まだまだ僕は楓君のおまけでしかないからね」
中途半端に知ることができてしまったせいで微妙にすっきりしない。
でも、せっかく三人的には前に進めたのにこちらが戻そうとするのは違うから延々にこれは変わらないということだった。
「そんなことを言ったら帯屋君からすれば私達は楓君のおまけじゃん、あ、ちょっと間違えた、衣撫ちゃんはともかく私はそうだよね」
「別にそんなことはないけどね、一人で絵を描くことに集中していたら危ないことに巻き込まれるかもしれないから参加させてもらっているだけだし」
「なら私がなんらかの趣味に熱中していたとして、その場合でも一人だと危ないからということで参加してくれるの?」
「後藤さんが嫌じゃないならね」
だけど彼女の場合、体を動かすことが好きそうだからランニング……とかになるのだろうか? その場合だとポンコツぶりを晒す羽目になるから多少は一人で頑張ってからでなければ迷惑をかけることになってしまう。
「ふーん、じゃあまだ解散にはしないで付き合ってよ」
「まだ欲しい物があったの?」
「ううん、だけど甘い物を食べたいかなって」
「なるほど、奢ることはできないけど付き合うだけでいいなら参加させてもらうよ」
「奢ってもらうつもりなんかないから安心してくれていいよ」
彼女と過ごした際、解散になる前は毎回とまではいかなくても甘い食べ物を食べていたから違和感はなかった、が、似たようなことの繰り返しということで前に進めているようで進めていないからそこは残念だったりもする。
自分といるときににこにこと笑みを浮かべて楽しそうに過ごしてくれているのはいいものの、だからこそ出てくる考えというのがあって困っている。
「着いたね、入ろう」
「うん」
そうか、だから甘い食べ物か。
別にそういうわけではないだろうけど甘い食べ物を食べて落ち着けと言われている気がしたため、甘えておくことにした。
「やっぱりいいよなここ」
「雨が降らなくてよかったね、雨が降っていたら別物だよ」
「いや、雨が降っていたらここには来ていないから意味はないぞ」
もう余計なことは望んでいない、ただ彼と話せればそれでいい。
もう七月だとか暑くなるとか夏休みになったらなにがしたいとかそういうのでいい。
「真道は忙しくなるな」
「そういえば後藤さんと衣撫さんって大学志望なの?」
「ああ、同じ大学にはならないだろうがそうだ」
「そっか」
十月には完全に終わらせてあとはのんびり学校に通いたかった。
いつまでも決まらないと友達と過ごすときにも駄目になる、そこまで影響力がないのだとしても彼らの本番が近くなったときに邪魔になってしまうからだ。
「でも、七月から動きまくるというわけじゃないんだから遊ぼうぜ」
「いいね、僕だってずっと余裕がない状態ではいたくないから遊びたいよ」
「香耶や衣撫からなら嬉しいだろ?」
「楓君の場合でも嬉しいよ、友達といられるというだけで違うんだ」
最後の夏休みが家から逃げるだけで終わらなくてよかった。
「本当かよ、まともに話すようになってからは俺はおまけだろ」
「違うよ」
「ま、それはこれからわかるからいいとして、祭りとかこれまではどうしていたんだ?」
「参加していなかったよ、家に大人しくしていることはなかったけどね」
それこそあの春なら桜が奇麗に見えるあの川を見ながら過ごしたり、歩いている途中でやっているお祭りの雰囲気を楽しみながらも寄らなかったりとまともに参加したことがなかった。
だって一人で楽しめるような強さがなかったし、仮に楽しめたとしてもそこを見られたくないのもあってなるべく距離を作っていた。
「俺が友達に誘われていたのもあって誘わなかったもんな」
「仕方がないよ、それに仮に誘われていても友達がいたらいつものように断っていたからね」
「いい奴らなんだがなー」
「わかっているよ、だけど怖い――ん? なににやにやしているの?」
「いや、だというのに香耶と衣撫の場合は違うよな」
すーぐにここに戻ってくる、が、あまり言い訳をできないのも確かだった。
一対一を避けていたはずの僕が自ら参加しようとしたことや、休日なんかにも当たり前のように集まってしまっているため矛盾の塊だ。
「土曜は衣撫と、日曜は香耶とってハーレム物の主人公か?」
「さ、誘ってくれているから受け入れているというだけだよ」
「マジで微塵もないのか?」
「最初にも言ったと思うけど、一方通行では意味のないことだから」
いつもの僕が出てきて期待を込めて彼を見ていると「こっちにはなにもないぞ」と言われてしまった、そういう察しの良さはいらない。
「衣撫にあれを頼んでいた理由は恋愛関係のことで嫌なことがあったからなんだぞ? それなのにあっさり誰かに恋をしていたら衣撫に呆れられちまう」
「それなりに時間が経過しているよね? だったらいいんじゃないの?」
「あまり偉そうには言えないが嫌なところを沢山見ることになったからなぁ」
「それだったら女の子自体が苦手になりそうだけど、それこそ楓君的には後藤さんや衣撫さんは違ったんだね」
「まあ、前々から一緒にいた友達だしな」
よし、ここでやめておこう。
どうせならということで水に触れて遊んでいたら天気が悪くなってきてしまった。
今日は降っていなかったとはいえ、まだまだ依然として梅雨のままだから違和感はないけど、途中で降ってくることを考えるとテンションが下がる。
びしょ濡れになったって青春物語でもないのだから風邪を引いてしまうだけだ。
「急いで帰るか」
「うん、家に着いた辺りで降るのが一番――」
「はは、駄目みたいだな」
体育のときよりも真剣に走ることになった。
途中、仮にランニング趣味があったとしたら満足に付き合えないということがわかった。
体力が残念すぎる、学力は並か少し上ぐらいまであるのに何故こうなってしまったのか。
「濡れたなっ、冷たいぜっ」
「た、楽しそうだね」
「たまにはこういうのもいいだろ、俺の家に寄って行けよ」
「いや、流石にお風呂に入りたいからやめておくよ」
「駄目だ、香耶と衣撫を呼んでやるから寄っていけ」
おーいおい、そんなに真剣な顔で止められても困るぞ。
だけど効果は間違いなくあった、異性が相手でも止められるぐらいなのに同性となれば当然のように無理になる。
「雨の中、敢えて外に出てもらうのも違うでしょ、寄るから呼ばなくていいよ」
「大丈夫だ」
いやなにが? なにが大丈夫なのか……。
が、それから動かなかったことで満足できたのかこちらの腕を掴んだまま家の中へ、そういうのは女の子が相手のときにしなよと言いたくなってしまう。
「ほら、タオルと着替えを貸してやるからシャワーを浴びてこい」
「うん」
冗談であってくれますようにと願いつつ――最近は願ってばかりだなと呆れつつささっと浴びて戻ってきた。
しっかし……彼の服は大きいな、それこそ女の子が貸してもらえたら影響を受けそうだ。
「こんにちは」
「楓君がごめん……」
「え、帯屋さんに頼まれたからだと言っていましたが」
「……それはともかく、呼ばれてから早すぎない?」
「元々私は外にいたんです」
物好き娘さんか。
「ふむ、自分に合った洋服を買った方がいいですよ」
「いやいや、これは借りているだけだから」
「それはわかっています、ただ、普段の私服も少し大きめなので気になっていたんですよ」
「別に見栄を張っているわけではないんだけど……」
そうか、彼をずっと見てきたことで感覚が麻痺してしまっているのだ。
その対象が記憶から消えない限りここは変わらない、つまり違うと言ったところで虚しさしか残らない。
僕の言っていた一方通行状態になる、ならよし、帰ろう。
「服は今度ちゃんと洗って返すからまたね」
「駄目だ、ここに座れ」
「仲のいい男女のところに残れるような勇気はとてもとても……」
「いいから残れ、これは命令だ」
な、何故、僕が相手のときに頑張ろうとしてしまうのか。
一応、メンバーになっている衣撫さんの方を見てみたら「帰らないでください」と今回も悩むことなく楓君の味方をする、露骨なのに気づけないなんてある意味可哀想だ。
「ぼ、僕を攻略しようとなんてしていないでここにいる魅力的な衣撫さんとかにしておきなよ」
「自分の言ったことぐらいは守るんだろ? だったらすぐに帰ったら矛盾だろ」
「い、衣撫さんも一言」
「考えすぎて一人で行動をしてしまうのは帯屋さんの駄目なところです」
「うん、優しくない一言をありがとう」
はぁ、頑張ろう。
勝手に盛り上がってくれるからその点はよかった。
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