04話
六月になって雨の季節となった。
「え、雨でも描きに行くの?」
廊下にいた衣撫さんと話しているとそんな話になった。
まあ、絵以外の話で広がることはないだろうから違和感はないけど、そこまでなのかというそれが強くある。
「はい、近い場所でしかやりませんけどね」
「好きだねー」
「好きですよ」
信用できて同じように絵を描いてくれる存在がいてくれればと考えてしまう。
だって近い場所でも外にいればなにが起こるかなんてわからない、変な人が来た場合に逃げずに付き合ってしまいそうだから心配というのもある。
楓君と彼女の言い方的にそのときに誘うことはないだろう、とはいえ、後藤さんを誘っても場合によってはもっと酷いことになる可能性もあるわけで……。
「あのさ、邪魔はしないから僕も参加していい?」
「それなら帯屋さんにも描いてほしいです」
「あーちょっとぐらいなら、ほら、あんまり描きすぎると衣撫さんの紙がなくなっちゃうし」
本当に画力がないからこそ上手に描ける彼女に見てもらいたくなかった。
真顔で「大丈夫ですよ」などと言われてもなにが!? となってやる気がなくなる、逆に真っすぐに「下手ですね」と言われても駄目になるから難しかった。
「ふふ、自分で持ってきてください」
「さ、流石にそこまでは……」
「なら参加はさせません――冗談ですよ、なのでそんな顔をしないでください」
そのときがきたら隠しつつ描こうと決める。
会話が止まって戻るべきかどうかという考えが出てきていたときのこと、スマホを出してから「連絡先を交換しましょう」と言われてこちらも取り出した。
「ありがとう、ちゃんとやるから連絡をしてね」
「はい」
「それじゃあ――ぐぇ、お、重いよ」
「はは、真道がこそこそと行動をしているから俺も真似をしたんだ」
こちらから出すことなく彼の方から自然と「俺も参加する」という言葉が聞けたらいい。
やっぱりなんだかんだいってもここが動いてくれた方が自然で僕が急に参加するなどと言い始める方が不自然だ、彼女としても安心できるだろうから頼む! と願い始める。
「衣撫の趣味に付き合うのは大変だぞ、気が付いたら夕方に、なんてことになりかねない」
「そういうものじゃないですか?」
「そうか? 好きな行為をしていても途中で腹が減ったりして違うところに意識が向くだろ」
「あ、矛盾していますけど私だって流石に朝から夕方までずっと集中できているわけではないですよ、帰ろうとはならないかもしれませんが」
「だから真道、中途半端になりそうならやめた方がいいぞ」
そうか、でも、基本的に適当だけど適当にしたくないこともあるということで拒絶されるまでは続けようと決めた。
付き合っている間に絵を描くのが一ミリでも上手くなってくれればという汚いそれもあるものの、変なのから守りたいのだ。
彼女からすれば僕が一番そういう存在だったとしてもこれも直接言われるまでは問題ない。
「なるほど、人の彼女というのはより魅力的に見えるものだよな」
「一人だと危ないからだよ」
「なるほどなるほど」
ああ、行ってしまった。
「帯屋さんは私に意識してほしいんですか?」
「だ、だから一人だと危ないからで……」
まだにやにやと笑ってからかってきてくれていた方がよかった、真顔な分、やられそうになってしまう。
「でも、なんで帯屋さんが付き合ってくれるんですか?」
「こ、こうして当たり前のように一緒に過ごしているぐらいだし、友達……的存在に危ない目に遭ってほしくないというか……」
逃げればいいのに逃げられない、そして全てを吐かされる。
「私達、お友達だったんですね」
最終的には止めを刺されてしまった。
流石に残っていられなくて挨拶をして戻ろうとしたら「待ってください」といつものあれを繰り出されて情けない足が止まる。
女の子に勝てる日はやってこないとわかった一日だった――などということはもう既に過去の経験でわかっているけど正直、この結果は悲しすぎた。
「ありがとうございます」
「な、なにに対してなんだ……」
「そう悪く捉えないでください、帯屋さんは私のことを考えて行動しようとしてくれているんですからお礼を言うのは当然ですよね?」
「ふぅ、言ってしまえばエゴみたいなものだけどね」
「そうですか? 私的にはありがたいことですよ」
多少は……うん、そうであってくれないと困るというやつだ、なんにも相手のためになっていないどころか逆効果にしかならないならやめた方がいいに決まっている。
「早速、今日の放課後に行きましょう」
「はは、わかった」
「大丈夫です、流石に学校があった日は一、二時間程度で終わらせますから」
「いいよ、やりたいだけやってくれればね」
「そうですか、それでも相手のことを一切考えられない人間というわけではないので」
そういうことらしい。
でも、実際にやってみないとどうなるのかはわからないから長時間になる前提で片付けておいたのだった。
「雨、ずっと降り続けていますね」
「うん」
屋根の下に座って見ているけど着いたときからなにも変わらない。
たまに人が通ったりするものの、雨が降っていれば当然、遊んだりする人もいないからなにもない。
それでも彼女は紙に向かって手を動かし続けていた、止めたかと思えば紙を捲ってまた描き始めるから面白い。
「でも、だからこそ描ける風景というのがありますよね」
「も、もう真っ暗だけどね」
「夜でも街灯のおかげで明るく見えますから」
許可を貰ってから見させてもらうとまた全く違うものを描いていた。
どれだけ上手くなろうとお手本はちゃんと見るみたいだけど、違う絵でいいならこうして出る必要もない気がする。
「さてと、あともう少し描いたら終わりにしますね」
「うん」
そういえばこれ、結局は自分のためにしかなっていない。
家にいる時間が少なければ少ないほどいいわけで、ただ利用してしまったようなものだ。
「帯屋さん、あ、あの……」
「ん? あ、カエルだね」
反応的に苦手そうだったから雨宿りをしに来たところを悪いけど違う場所に行ってもらった、が、実際は描きたかったらしく「残念です……」と露骨にがっかりしたような顔をされてしまって逃げ帰りたくなった。
「ごめん……」
「いえ、謝らなくていいですけど……」
幸いか不幸かそこで「もう帰りましょうか」とやめることを選んだ彼女、家まで送って一人になれた瞬間に落ち着けた。
一回目で大きな失敗をしてしまったことを考えれば駄目だけど、最後までちゃんと付き合えたという点は褒められると思う。
次がないなら尚更そういうことになる。
「あ、いけないいけない」
雨だからかマイナス寄りになってしまっていた。
しっかりと切り替えて、しっかり食べてからお風呂に入って寝た。
「あ、おはよう」
「約束はしていないよ?」
「そうだね」
彼女は「よっこいしょ……っと」と呟きながら立ち上がると再度こちらを見てきた。
「楓君とのことで聞いてもらいたいことがあってね」
「わかった」
「あのね、実は衣撫ちゃんと付き合っていないんだよ」
「えっ」
いや、それよりもそういうことを勝手に言ってしまうことの方が不味いだろう。
だけどもう関係のない僕の耳にも入ってしまった、つまり無関係ではなくなったのだ。
楓君にそのつもりはないのに試される時間が始まったということだけど、彼女もまた何故急にこんなことを言い始めてしまったのか。
「違和感の理由はそれだよ」
「楓君は隠したかったんだよね? それなのに後藤さんが言っちゃったら駄目でしょ」
「いい加減、やめてもらいたかったんだ」
だからって……などと言ったところでもうこの事実は変わらない。
いつまでも家の前で話しているわけにもいかないからとりあえず学校へ、今日は朝から廊下に出ることになった。
「ごめんね、だけど一人でなんとかできそうになかったから帯屋君にいてもらいたかったんだ」
「ずるいよそれは」
「うん、わかっているよ」
にこにこ明るい彼女が衣撫さんみたいに真顔だ、それぐらい真剣だということは伝わってくるけど……。
ただ、僕だって衣撫さんを利用したばかりだから偉そうには言えない、あとは楓君や衣撫さんに迷惑をかけてしまった後というわけではないから違う。
「廊下でどうした?」
「帯屋君に言ったよ」
「ん? ……ああ、そうか、教えたのか」
別に怒っているような感じは伝わってこなかった、発言通りだ。
「このままじゃどっちにとってもいいことはなにもないからね、特に衣撫ちゃん的にはさ」
「正直……楽だったんだよな、偽であっても衣撫って彼女がいてくれればこっちが動かなければならないことは減るから」
彼女も彼女で衣撫さんの親友だから、というだけではない気がする。
嘘に嘘が重なってなにが本当なのかどうかもごちゃごちゃしすぎてわからないけど、仲良くなろうとそこに入れないことだけはわかってしまった。
近くにいられても全部自分の知らない遠いところで起こってしまっている、楽でいいけどはっきりと言うなら虚しいだけだ。
「おはようございます」
「「おはよう」」
「廊下でどうしたんですか?」
「実はあの話をしてね」
「あの話……ああ、楓さんは話すことにしたんですね」
そういう流れであったのであればこんな空気にはなっていない――って、これは勝手に僕がマイナス方向に寄っているだけか。
「あ、いや、私が勝手に帯屋君に言って、それから――」
「そういうことを勝手に話してしまうのは駄目ですよ」
「う、うん、そうなんだけど……」
「最低です」
今回は真顔ではなく怖い顔になってから歩いて行ってしまった。
彼女も「なにあれ……」と呟いて反対方向に、彼は気まずそうな顔で黙っているだけだ。
「も、戻るか」
「あ、うん、そうだね」
どんなことがあろうと平日であれば授業があってくれるというのは大きかった。
家からも友達からも逃げるようなことになってほしくないから悪化しないことを願った。
「あの後は香耶さん、どうでした?」
「あくまで普通に見えたよ、ただ、にこにこ笑みを浮かべて他の子と話していたけどあの内側はそうじゃなかっただろうね」
「そうですか」
放課後になったら挨拶はしてくれたけどすぐに帰ってしまったから今日はもう話すのは無理になる。
「でも、後悔はしていません、勝手に言ってしまうのは駄目なんですよ」
「それはまあ……そうだね」
「だからどういう状態であっても本当は関係ないんです」
彼女はそのまま「今日は一人で描きたい気分なので付いてこないでください」と言ってここから去った。
関係ないようには思えなかった、どうでもいいなら聞くことだってしないだろう。
そして一人で行くことを選択したのは昨日のあれが影響しているようにしか思えない。
「まだ残っていたんだな」
「楓君もいたんだ」
「まあな、ちょっと廊下で雲を見ていたんだ」
元々、帰るつもりはなかったから自分の椅子に座ると彼も前の椅子に座った。
「衣撫はこっちのことを考えて最低だと言ってくれたんだろうが最低なのは俺なんだよな、だってその衣撫を利用していたんだからさ」
「そもそもどうして――あ、いや、やっぱりいいや」
虚しいなどと考えた自分だけど変に一部だけ知ることができたところでできることはなにもない、彼はこうして自分から吐いてくれているものの、後藤さんや衣撫さんが同じようにしてくれるとは考えられない、そのため、はっきりとしないから駄目なのだ。
「無理なら無理でいいけど、なんとか仲直りできないかな?」
「少し意地を張るところがあるからわからない、真道には悪いが協力してもらいたい」
「それが昨日、衣撫さんに対して失敗をしたばっかりなんだよね」
「昨日……? あ、早速付いて行ったんだな、もしかして早く帰った方がいいと言いまくったとかか?」
「ううん、カエルを描きたかったみたいなんだけど勘違いをして逃がしちゃってね」
あの露骨な顔を見たら彼だってなんにも影響を受けないということはないだろう。
「カエル……どこで描いていたんだよ」
「普通に公園の屋根の下でかな、カエルが現れたんだ」
「そうか、なら香耶の方を頼む」
「うーん」
「頼むよ」
だっていまだってこうしていないわけだしなぁ。
結局、友達に呼ばれたからということで彼も消えてすぐに一人になった。
でも、遅くまで残っているとお腹が空くということで三十分もしない内に教室及び学校をあとにした。
その後は特になにも起こらずにいつも通りのことをやって寝て、朝早く登校したタイミングで後藤さんがやって来た形になる。
「昨日、衣撫ちゃんと話した?」
「うん、だけど一人で絵を描きに行ったよ」
「なんか変わっているところとかなかった? 私のことを出してきたりとかは……」
あんな終わり方なら気になってもおかしなことではない。
それでもここで後悔していない云々を勝手に吐いてしまったら同罪になってしまうからなにも言っていなかったと嘘をつくことになった。
「そっか、はぁ、流石にやりすぎたよね」
「表面上だけのものでも謝っておくのがいいと思う」
「お、帯屋君も付いてきて」
「わかった」
特に問題もなくまたこの三人が集まれた。
言い訳をすることなく彼女はすぐに頭を下げて謝罪をする、楓君の方はすぐに「頭を上げろ」と止めていたけど衣撫さんはなにも言わない。
「衣撫」
それでも彼に声をかけられたら「頭を上げてください」とすぐに変えていた。
嘘だということがわかったけど、衣撫さん的にはそれ以上のなにかがあったのかもしれない。
「帯屋さん少しいいですか?」
「うん」
なんにもわかっていないのにこうして頼まれることが多いのはいいことなのか……?
「カエルのことで拗ねているわけではありませんからね?」
「えっ?」
楓君とか後藤さんについての話をするものだと考えていたから驚いた。
天然……は間違っているかもしれないけどどこかマイペースというか、なんらかの事が起きても彼女なら普段通りのままでいられそうだった。
ではない、ここは前に進むためにもしっかりと聞こう。
「楓さんから聞いたんです、なにか誤解をされているようなので言わさせてもらいました」
「でも、昨日は後藤さんのことを口実にさっさと一人で行っちゃったから……」
「たまたま一人で描きたい気分だったというだけですよ」
今回ほど嘘くさいと感じたことはない。
話を終わらせて戻ることになってしまったのもあって正直、こちらが協力をしてもらいたいぐらいだ。
ただ、表面上だけはいつものように楽しそうに後藤さんとお喋りを始めたからどうでもよくなる……わけではないけど出せなくなった。
「ありがとな」
「僕に言うのは間違っているよ、そこは勇気を出した後藤さんに言わないと」
「はは、俺も悪いが香耶も悪いからな」
まあ、大事な話を関係のない野郎に勝手に話してしまったということで不満も溜まるか。
こういうときならちゃんと吐いておくことが大事だ、ここで隠してしまうとまた近い内に同じようなことになってしまう。
「あー! 確かにそうだけどなにちゃっかりしているのさ!」
「事実だろ、なあ?」
「はい」
「うわあ、このコンビは付き合っていないくせに最悪だよ……」
こちらの方をばっと見てきたから嫌な予感がして目を逸らした、が、その先に移動されて無駄になってしまったことになる。
「いいもん、帯屋君は私の味方でいてくれるもん、共犯者だもん」
「勝手に教えて共犯者にするなよ、真道が可哀想だ」
「衣撫ちゃんを利用していた楓君が悪いんだよ」
「それを言われると痛いが、それとこれとは別だ。ほら真道、こっちに来い」
「あー! 裏切者ー!」
僕からすれば勝手に共犯者にされたことが気になっているわけではなく、全く入れていないのにまるで入れているように見えてしまうことの方が気になった。
情報を小出しにするのはやめてほしい、どうせ全てを吐くつもりなんてないのだから黙っていてほしい。
いまのことを話してほしかった、そうすればこちらだって真面目に参加する。
「帯屋さん、駄目なことは駄目だとちゃんと言ってくださいね」
「う、うん」
「そうだぞ真道、初対面の人間ってわけじゃないんだから香耶に遠慮なんかするな」
「いやほら、その点以外は特に悪いことをしていないから」
「そうか」
いきなり攻撃的になったからなんとか止めておいた。
すると今度は急ににやにやと笑いだして情緒不安定な子になってしまっていた。
「ふふふ、やっぱり帯屋君って女の子の体に興味を持っているよね~」
「そりゃあ……男の子と比べたらそうだね」
「うわあ、認めちゃったよ。衣撫ちゃん、気を付けないと二人きりにときにがばっとやられちゃうよ~?」
「帯屋さんはそんなことをしません、というか、こちらに意識すら向けませんよ」
初回なんかは絵が一番だったけど雨や暗かったのもあって意識を向けまくっていたものの、衣撫さんからすればそういう風に見えていたらしい。
「なんか真道に冷たいな」という彼の発言に対して「普通ですよ」と確かに少し冷たい顔で返していたのだった。
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