03話

「絵を描くのが好きなんだね」

「はい、毎週こうして外に出てきて気になった物を描くようにしているんです」


 スケッチブックを持って歩いていたから声をかけてみた結果がこれだった。

 なんてことはない日常の一部にしか見えないけど彼女からすれば違うのだろう。


「帯屋さんも描きますか?」

「あー僕はいいかな、邪魔にならないようにどこかに行くよ」


 適当に歩いていただけだから特に行きたいところとかもないものの、残るのもなんか違う気がして離れようとした、が、「大丈夫ですよ、あ、帯屋さんが大丈夫ならいてください」と求められてしまって足を止める。

 

「絵を描いているときは無防備だからか」

「別にそういうことを求めているわけではないですけどね」

「でも、楓君的には微妙じゃない?」

「大丈夫ですよ」


 なら……信じて行動するしかないか。

 再び横に座ると「あの二人のことを嫌いにならないであげてくださいね」と言われて頷いた。

 生きていれば嘘をつくことぐらいは普通にある、僕だってある、だから偉そうになにかを言えたりはしなかった。


「えっと、名字を教えてくれないかな?」


 内では衣撫さんと名前で呼んでいても問題はないけど実際に口にしてしまえば問題になってしまうし、名字を知らないということで毎回ねえとかちょっといいかななどと言うのも微妙だからなんとかしたかった。

 たまたまそういう流れになったとはいえ、一緒にご飯を食べるようになったのだからちゃんと話したいのだ。


「衣撫でいいですよ」

「それは流石にまず――」

「大丈夫です」


 ほ、本人的には言う通り、大丈夫なのかもしれないけどさぁ……。

 でも、本人がこう言ってくれているのだからと先程と同じように受け入れるしかなかった、なんというか必死に名字を聞き続けるというのも変な勘違いをされてしまいそうで嫌だった。


「できました」

「見てもいい?」

「はい、どうぞ」

「これは公園、だね、ブランコに座っているのは……」


 後藤さん……のように見えるし、ただの小さい女の子のように見える。

 一つ面白いのはここが公園でもなんでもないところだということだろう、逆によく直接見てもいないのにここまでわかりやすく描けるなというそれが強くあった。

 僕なんか直接見ていてもここまで上手に描けないから羨ましいことだ。


「小さい頃の香耶さんです、いつもこうして私は少し離れたところから香耶さんのことを見ていました」

「友達になる前の話か」

「はい、ただ、急に楓さんが現れて連れて行ってくれたんです」


 所謂、イケメンムーブをしてしまったということか。


「はは、それが好きになった理由かな?」

「好き……そうですね、帯屋さんの言う通りです」

「どこか遠い世界の話のように感じるなぁ」

「それは帯屋さんが自分で線を引いてしまっているだけですよ」


 線か、消しゴムで消して自分と相手の間になにもなくてもなにもなかったよ――なんてね。

 自分から出しておきながら広げられると困るということで無理やり変えさせてもらった、まだまだ描きたいだろうからそっちに集中してもらいたいのもあった。


「帯屋さんは小学生の頃、どんな感じでした?」

「僕が小学生の頃か、いまよりも外に興味を持っていたかな」


 だけど十七時までには帰らなければならないというルールがあって自由ではなかった、それと家からある程度の距離までの場所はあっという間に見尽くしてしまったから少し退屈だったのもある。

 友達的な存在はいまよりもいたものの、放課後になったら塾とか家にいなければならないとか他の友達と遊びたいとかで付き合ってくれなかったから尚更だった。

 重なって重なって、中学生になったらなんらかの部活に強制入部ということもあって興味がなくなった、最近からというわけではないけど今日のように外にいるのはただ単に家にいたくないという理由からでしかない。


「そういえば楓さんが帯屋さんはお家にいたくないのだと言っていました」

「うん、ちょっと上手くやれていないんだ」


 い、いちいち僕の話をしたりするのか、彼女からすればどうでもいい話だろうからやめてあげてほしい。


「私は……両親とぐらいは仲良くいたいです、だって結局はお家が一番休める場所ですから」

「そうだね」


 ある意味、干渉されないから自由な場所ではあるけどね。

 もう逃げ癖というのがついてしまっていて自力でなんとかできる感じではなかった、両親相手に必死に頑張る自分というのも見たくない。


「それでもということなら楓さんを頼ったり、私達にちゃんと言ってくださいね」

「え、衣撫さんや後藤さんにって? 出会ったばかりというわけではないけど……」

「関係ありませんよ」


 動いてくれたらくれたでなんでここまでしてくれるのだろうかと考える羽目になる。

 そもそもこれは信じているなどと考えたくせに言い訳を続けて逃げている僕にしか原因はないのだ、自力でなんとかできないことでもあるけど楓君や彼女達を巻き込んでしまうのは違うというやつだった。

 ただ、もう高校三年生ということで、いや、本当はあまり関係ないものの、ありがとうとだけ言っておいた。




「海、奇麗だね」

「ああ」


 今日は適当に歩いた結果ではなく、楓君に誘われて付いて行ったらこんなところまできてしまったというだけのことだった。

 特に意識をしていなければこの微妙な季節にここまで歩くことはない、なんなら夏になっても行かないかもしれないから悪くないのかもしれない。


「だけどなんで急に? 語らいたいことでもあったの?」

「少しな」

「ならいいかもね、少なくとも授業なんかはないから最後まで続けられるから」


 正直、彼氏なら衣撫さんの相手をしてあげなくていいのと言いたい自分もいるけど、今回もまた見ないふりをして待つことにした。

 同性同士ということで楽でいいのもある、あの二人と関わるようになってからこういう時間も減っていたから感謝しておこう。


「よく考えてみなくても真道に嘘をつく必要なんかなかったよな」

「でも、僕だって楓君に嘘をついたことがあるよ? 例えば、友達がいるときに誘われて咄嗟に買い物に行かなければならないからとかさ」


 実際、冷蔵庫になにもない場合なら自分でなんとかしなければならないから全てが嘘というわけではないものの、利用したことがあるからそういうことになる。

 家事はそういう点では便利すぎるのだ、まあ、ただ単に友達が少なくて名前を挙げられないから出しているというのは認めるしかないけど。


「はは、それぐらいなら可愛いだろ」

「だけど重ねれば重ねるほど引けなくなるからね、逆に参加したら変な風に見られるかもしれない」

「あー確かに真道がすぐに『わかった』と受け入れてくれたら大丈夫か? ってなるな――じゃない、重ねれば云々というやつは正にその通りなんだ」


 彼は腕を組んでから「続けると駄目になりそうだったからこのタイミングだったんだよな」と重ねてきた。


「香耶もいてくれたからな、一人だけじゃないってのはああいうときに楽だ」

「心強いよね」

「ああ、だから衣撫じゃないが俺だって香耶に感謝しているんだ」


 助け合うことのできる関係ということでいいことだ。

 ただ、今日も今日とて出てきた余計なことを言いたくなる自分のせいで僕的には危うい状態だった、だってこういう話から実は……となりかねない。


「そういや衣撫と過ごしたみたいだな」

「えっ!? あ、そ、それは確かにそうだけどコソコソと人の彼女さんを攻略しようとしているというわけじゃないよっ?」


 そうか、油断していたけどそうだよな。

 こういうときにちくりと言葉で刺すなら彼女的存在にではなく簡単に近づいてきた野郎の方に決まっている。


「落ち着けよ、付き合ってもらえて嬉しかったって言ってたぜ」

「そ、それならよかったけど……」

「だからまた遭遇したら付き合ってあげてくれ」

「か、楓君は?」

「誘ってきたら付いて行くがそうでもないなら家にいるな」


 まあ、家族と仲が良くて家が好きなら基本的にはそうか。


「よし、じゃあそろそろ真道の話を聞かせてくれよ」

「僕的には楓君とゆっくり過ごせるこんな時間も好きだよ」


 こちらも変な勘違いをされてしまわないように気を付けなければならないけど、基本的には隠さずに言うようにしている。

 ただじっと待っていたところで、相手に話しかけたら反応をしているだけではなにも変わらない、多分、相手としてもそれなりの距離感でいてくれる子の方を求めて去ってしまうはずだからそうならないようにしたい。

 それでもなにも気にならないというわけではなかった、異性が相手ではない場合でも好きだと言うのは勇気が必要になる。


「俺らももう三年目に突入したぐらいだからなー」

「なにか不満なところってない?」

「不満か、俺が他の人間といるとすぐに距離を作るところだな」

「と、友達の友達といるのは気まずいから……」


 そして彼の友達も「帯屋も参加するか?」といい人達でよく誘ってくれるものの、どうしても邪魔になってしまう気がして毎回、断ってしまっていた。

 だというのにあの二人の場合だとなら……と受け入れてしまっているそれがださい、結局、人によって態度を変えてしまっているのだ。


「衣撫や香耶といてもそうだよな? 友達じゃないのか?」

「そ、その二人の場合は参加しているでしょ? つまり……相手が女の子だからということで変えてしまっているということだよ」

「そうかあ? 昼だけだろ」


 いや、あまり求めてもいないのに二人きりになるときというのがそれなりにあってまあ……そんな感じなのだ。

 格好つけるなよなどと直接指摘された方がマシだった、が、多分だけど嘘を重ねてしまったということで責めてくれることはないだろうから期待はするべきではない。


「とにかく、衣撫や香耶の場合は遠慮をしないで来てくれ」

「うん」

「じゃ、もうちょっとゆっくりしたら帰るか、暑いわ……」

「はは、いまから暑がっていたら本番はやばそうだね」

「ああ、だからサポート頼むわ」


 できることはしよう。

 その後もゆっくりお喋りをすることができた。




「ここ、男の子にもおすすめしたい場所なんだよね」

「んー女の子が一緒にいてくれないと入りづらい場所なんじゃないかな」

「あーそれは勝手な偏見だよ、ほら注文しよ?」


 よくわかっていないし、これがいいという拘りもないから任せることにした。

 注文を終えなんとなく違うところを見ていると「楓君も衣撫ちゃんも付き合ってくれないからその点は微妙なんだよね」と不満を吐いていたから意識を向ける。


「楓君はともかく衣撫さんもなの?」

「うん、甘い食べ物は好きなんだけどお店が苦手なんだって、だから大体は寄ったとしても持ち帰ることができるお店になるんだよ」

「そうなんだ」

「そういうのがあるから帯屋君が付き合ってくれたのは実は物凄くありがたいんだよ」

「付き合ってくれた……」


 合っているようなそうではないような……微妙だ。

 ただ、逃げようと思えばいつでも逃げられたわけで、こうしてここに彼女と存在しているのであれば間違っているとも言えない……のかもしれない。


「だ、だってこうして来てくれているじゃんっ、もう! そんな私が無理やり連れて行ったみたいな反応をするのはやめてよ!」

「わ、わかったわかった」

「もう……」


 とはいえ、甘い物に比べたらそんなことはどうでもいいわけだ、運ばれてきて食べた瞬間に意識が完全にそちらに向いた。

 こちらもゆっくりと食べ始めたけど、たまには悪くないという感想になった。


「ふぅ、やっぱり甘い食べ物は怖いよ」

「怖いか、その点では後藤さんも同じかな」

「私っ?」

「だって不満があるって言っていたのになんか普通の友達みたいにいてくれるからさ」


 色々と言い訳をしながらも今回も衣撫さんが相手のときみたいにしてしまっているから、気になるなら相手になんとかしてもらうしかない。


「あ、あー……そのことは忘れてもらえると助かるんだけど」

「実際、なにかないの?」

「……あ、集まったときに楓君にばかり喋りかけるところ――いや、私達は挨拶ぐらいしかしていなかったから普通かもしれないけどっ、うん……」

「楓君も似たようなことを言っていたよ」


 二人から言われるということはあくまでつもりでしかないということか。

 

「集まったの?」

「この前、海を見ながらゆっくり話したよ」


 一か月に一度ぐらいでいいから友達とああしてゆっくりできる時間があってほしい。

 楓君だけではなくていつか他の子、例えば後藤さんとか衣撫さんみたいな友達と言えそうな存在ともやってみたいかもしれない。

 誰かといることに慣れて欲が出てきてしまっている証拠だ、でも、一緒にいたいと考える自分から目を逸らして一人で過ごし続けるよりはいいはずなのだ。


「青春?」

「はは、そうかもね」

「今度私もやってみようかな」

「いいと思うよ」


 話が終わればすぐに意識が甘い食べ物の方に向いて少しの間、静かな時間となった。

 それでも単純に量や胃の許容量的にお店を出るときはあっという間にやってくる、流石に今回は出したりはしなかったけど満足そうでいてくれてよかった。


「はふぅ、ちょっと歩かないと不味いかもしれない」

「後藤さんがいいなら付き合うよ」

「おっ、ならちょっと歩こう」


 歩き慣れた道だからなにも不安はない。

 衣撫さんが言っていたように細かいところにまで意識を向けてみると昨日とは違うところがあったりして面白かった。

 僕が写真を撮る人なら、絵を描く人ならなどと妄想が捗る。


「っと、後藤さ――」

「ぎゅえ!? も、もう……いきなり止まらないでよ」

「あ、ごめん、ちょっと意識を他のところに向けすぎていたからさ」


 かなりとまではいかなくても近いところを歩いていたらしい。


「なにを考えていたの?」

「ああ、僕が絵を描く人ならこのなんてことはない風景を描いているかなって」

「電柱と家しかないよ? あ、木は数本あるけど」

「でも、鳥なんかがいたら昨日とは違う風景ってことになるからね、いまで言うなら後藤さんがいるだけで違うんだよ」


 小さい頃の彼女ではなく衣撫さんにいまの彼女を描いてもらうのもいいかもしれない。

 別に完成したそれをどうこうしようとは考えていないけど、苦手でも隣でちょこっと挑戦してみるのもたまにはという考えがある。


「えー!? 私を描きたいの!? お高くつくよぉ?」

「画力がないけどちょっとだけならね……って、あくまで妄想だよ」

「うわぁ、帯屋君の内側で私は酷いことをされていそう……」


 あるだけで実現することはない、家族との件と同じだ。

 これより広げると変なことを言われそうだから歩くことに集中した、そうしたら体感的に約一時間ぐらいが経過したところで彼女が「もうやめよう!」と叫んだから折り返した。


「送ってくれてありがとう!」

「うん、それじゃあまたね」

「うん、ばいばい!」


 歩いて歩いて時間をつぶすつもりが彼女が誘ってくれたおかげで大して疲れもしないで時間をつぶすことができた。

 だからって大人しくこの時間から家に帰ったりはしないけど、今度またお礼をした方がいい気がする。


「こんにちは」

「う、うん」

「どうしました?」

「いや……」


 どんな遭遇率なのか、そして彼女も家を嫌っているようにしか見えない。


「ああ、私はまたこれですよ」

「それならいいんだけど、じゃ、今日は流石にどこかに行くよ」

「待ってください」


 な、何故なのか、楓君という彼氏がいるのだから彼女ももっと気を付けてほしい。

 というか、ここまで放置されるっておかしくないか? 縛りたくないと楓君が言っていたけどもうそのレベルではないような……。

 彼女がマイペースな子で断って出てきているというのが実際だったとしてもそれはそれで大丈夫かと心配になってしまうものだ。


「はい、今日は帯屋さんも描いてください」

「ど、どこに行くところだったの……?」

「川が見えるところですね、今日はこの前みたいに過去に浸ったりはしないのでよろしくお願いします」

「ちゃんと楓君に言っておいてね……」

「わかっていますよ」


 結局、気に入られようとする自分が一番の問題だった。


「ここですね」

「四月だったら奇麗な桜が見られたね」

「桜ですか、沢山描いたので大丈夫です」

「描き足りないなんて本当に絵を描くのが好きなんだね」

「好きですよ」


 自信を持って好きだと言える趣味があるというのは羨ましい。

 変なことにならなければ来年は社会人ということだし、ただ会社と家を行ったり来たりするだけというのも寂しいから僕にもなにかがあってほしかった。


「楓君も?」

「んー」


 おーいおい、そこで考えるようなところを見せてくれないでくれっ。

 ただ、今回は仲良くもないのにずかずか踏み込んだ質問をした自分が悪いと片付けておいた。

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