02話

「お、帯屋さ……ん」

「こんにちは」


 お菓子が食べたくなってスーパーに向かっている途中、楓君の彼女さんと遭遇した。

 お前ではなくなっていることにほっとしている自分と、最初と同じような感じの方がお互いに喋りやすいと考えている自分と、口にしたりはしないけど引っかかる件だった。

 そもそも本当に偶然とはいえ、友達の彼女さんと二人きりでいていいのだろうかとなってしまうのは僕だけではないだろう。


「ど、どこに行こうとしていたんですか?」

「ちょっとそこのスーパーに行こうとしていたところなんだ」

「ふぅ、そうなんですか」


 こういうときに委員長――後藤さんがいてくれればと強く思う。

 コミュニケーション能力がとてつもなく低いというわけではないものの、上手く会話を広げることができない。

 あとは彼女さん云々と考えたこともあって対象と同じ性別の子がいてくれれば、というそれからきている。


「楓君と遊ばなくていいんですか?」

「あ、あのさ、最初のやつに戻してくれないかな……と頼むのも変だけどさ」

「最初の……あ、あれは無理やり変えていただけだったので……」

「逆によくできたよね、敬語の方が楽だと思うけど」

「す、すみません……」


 い、いや、別に謝らせたかったわけではないぞ……。

 どうしよう、急いで解散にするというのも嫌がっているように見られてしまうかもしれないからしたくない、が、このまま会話を続けていても彼女からしたらなにもいいことはないということになる。


「よう」


 結局、楓君を召喚することで前進させるしかなかった。

 部活に所属してくれていなくてよかった、残念ながら後藤さんの連絡先は知らないから彼に頼るしかないのだ。


「真道、俺の彼女に興味を持ってくれるのは嬉しいが……」

「違うよ」

「わかっている、友達の彼女ということでなにかがあっても隠すしかないんだよな……」


 彼氏が現れてしまえば離脱してもおかしくはないということで挨拶をして別れることにした。

 目的通り、スーパーに行って食べたいお菓子を買う、普段は物欲というのもあまりなくてお金を使っていないからたまにはいいだろう。

 外で食べたい、家まで待ちきれないなどということはないから家まで持って帰ってから封を開けて手を伸ばす、掴んで口まで運ぶと求めていた美味しさが僕を襲った。


「真道、俺にもくれ」

「いいよ、はい」

「ありがとよ、ほら、衣撫いぶも食べろよ」

「も、貰いますね」

「うん、あんまりないけど気にせずに食べてよ」


 半分ぐらいあげることになったのは別に悲しくはなかった、ただ、当たり前のようにカップルが付いてきてしまっていることは気になるところではある。

 普段はからかわれないために距離を作っているということらしいし、彼女さんからすれば二人きりでゆっくり過ごしたいだろうからその点で言えば楓君の選択は駄目だった。

 とはいえ、本当のところをわかっているというわけでもないため、余計なことを言われたくないだろうということで黙っていた。

 口を開けば食べている物と同時に出てしまいそうだからね、友達のままでいたいなら我慢をしなければならないことがある。


「そうだな、真道も後藤と仲良くしたらどうだ? やっぱりそういう存在がいるだけで日々の楽しさっていうのかな、そういうのが全く違うぞ」

「一方通行では意味のないことだからね、楓君と彼女さんの場合とは違うよ」


 一緒に過ごしているとすぐにこういう話になってしまうところがなんとも言えないところだ。

 言い訳に聞こえてしまうかもしれないけど恋をすることだけが全てというわけではない、他にも沢山楽しいことはいっぱいある、なにより、縁がない人間にそんなことを言ったところで無駄となってしまう。

 そりゃあ、興味があるのかと問われればあると答えるしかないものの、それだけでどうにかなるのであれば一人ではいないだろう。


「俺と衣撫も付き合うまでは結構大変だったがな~」

「……違う中学校だったので会うのも大変でした、いまとは違って部活動もありましたからね」

「そうそう」

「でも、香耶さんが協力してくれてなんとかなったんです」

「後藤さんっ? なんでそこで後藤さんが出てくるの?」


 って、彼とは中学のときから知り合い……友達か、だったみたいだからなにもおかしなことはないか。

 流石に驚きすぎた、これは恥ずかしい。


「そんなの共通の友達だったからだよ」

「だ、だよね。あ、だけど後藤さんのことを意識したことはなかったの?」

「なかったな、というか、後藤には好きな男子がいたんだよ。だから協力してもらうかわりに協力をした、結局、その男子は他の女子と付き合い始めて無理になったが」

「小学生と中学生じゃ全然違うもんね」


 恋をして当たり前の世界か、なんか同じところに住んでいるはずなのに別世界の住人達に見えてしまう。


「ちなみにその女の子は香耶さんがよく相談を持ち掛けていたお友達の方です」

「き、聞かなかったことにしておくよ」


 そうでなくても別世界のことなのだからこれ以上の情報はいらない。

 全て本当のことだったとして、それを勝手に僕が聞けてしまうというのも問題だったからここで止めておくのが一番だった。




「やっほー」

「さ、庭の草でも抜こうかな」


 ちゃんとそれっぽい服に着替え、こうしてゴミ袋だって持って出てきたのだからやらなければ時間がもったいない。

 別にこちらが任されているというわけではないから文句を言われることはないけど、誰かがやらなければならないということなのだ。


「ちょいちょい、こうして可愛らしく挨拶をしたのに無視をされた私はどうすればいいの?」

「なんで家の場所を知っているの?」

「前田君から聞いたんだ」


 楓君か、って、それ以外の子から聞いていたときの方が怖いから別にそれはいいけどさ。

 ただ、譲れないこともあるということで再度、草抜きをしなければならないからと言ってやり始める、梅雨の時期になってしまったらやる気が出なくなってしまうからやるならいまだった。


「じゃあ私も手伝うね、軍手ってまだある?」

「手伝わなくていいよ、少し待てるなら見ていればいい」

「いや、二人でやった方がどう考えても早いでしょ? 私はそれで相手をしてもらえるわけだから手伝うことにメリットがあるんだよ」

「大丈夫だから」


 が、言うことを聞こうとしないで素手でやろうとしだしたから慌てて貸すことになった。


「ふふ、これって間接軍手、というやつだよね?」

「聞いたことがないよ……」

「よしっ、じゃあやろう!」


 まあ、こうしてやり始めたからにはやり終えるまで戻るという選択肢はなかったけどさ。

 実際、彼女が一生懸命にやってくれたのもあってすぐに終わった、庭自体がそこまで広くないというのと、定期的に抜いていたからなのも影響したけど今回は彼女のおかげだ。


「片付けたらどこかに行こう、それでお礼をさせてよ」

「なら商業施設かな、いま欲しい物があるんだ」

「あ、千円……ぐらいまでにしてくれるとありがたいんだけど」

「大丈夫だよ、そもそも奢ってもらいたくて手伝ったわけじゃないし」


 少し汗をかいたから汗拭きシートで拭いてから着替えて外に出る。

 天気はまだいいままだ、いきなり降ってきてびしょ濡れになってしまうなんてこともない。


「しゅっぱーつ!」

「楓君を呼ぼうか?」

「前田君はいいよ、前田君がいるとすぐに二人だけで盛り上がられちゃうからね」


 商業施設の方は平日とか休日とか関係なく今日も沢山のお客さんがいた。

 色々な店がある、だけど彼女は他のお店には一切意識を向けずにどんどんと上がっていく。

 上にはゲームセンターとか映画館があるわけだからこの場合だとゲームセンター……だろう、あ、それでも特典があると考えれば映画でもおかしくはないか。


「これですっ、先週に千円使ったんだけど取れなくてね……」

「ちょっと任せてよ」


 自信があるというわけではないけどそれなりに経験がある、いやもう小学生の頃になにをしているのかとツッコまれてしまいそうなものの、お小遣いのほとんどをこれに投入していたのだ。

 が、それで経験値が高まってお菓子なんかに困ったことがなかった、最近は行かないようにしているからその頃よりは衰えているとしても多分、うん、大丈夫だ。


「はい」

「え、すごい……」

「それがお礼でいいかな?」

「うん、あっ、本当にこのために協力をしたわけじゃないからねっ?」

「別にそのためでもいいよ、手伝ってくれてありがとう」


 いやいや、駄目だろ、このまま続けたらまたあの頃のようになってしまう。

 だというのに数百円入れれば取れるぞと僕の一部が囁いてきて落ち着かない、出て視界内に入れなければいいのにそうしようとする自分がいない。

 中二病とはなんだろうと中学生のときに考えたことがある自分、実際は正にいまの自分が該当するのかもしれなかった。


「ごめん後藤さん、僕、もう帰っていいかな?」

「え、それはちょっと……」

「ちょっとアレなんだよ、内に存在しているもう一人の僕が出てきそうでさ」

「えぇ、帯屋君ってそういう子だったの? 中学生までにしておきなよ」

「ゲームセンターから離れられれば落ち着くんだ」


 挨拶をしていたとはいえ、仲良くもない女の子が相手なのになにを言っているのか。


「あ、なら離れよう、まだ解散は寂しいからね」

「それならなにかを食べようか」

「じゃあ甘いの!」

「はは、わかった」


 よく考えて見なくても千円と言ったのに四百円しか出していないからこのままでも駄目だ。

 だからそこでも出させてもらって今回の件は終わりにしたい。

 お金が全てではないけど、決して好感度稼ぎをしたいわけではないけど、自分が言ったことぐらいは守らなければ駄目なのだ。


「美味しかったっ、それじゃあお会計を済ませて帰ろっかっ」

「そうだね、じゃあちょっと待ってて」

「え? あ、ちょっと……」


 大丈夫、お礼がしたいということはちゃんと言ってあるのだから変な勘違いをされてしまうようなこともない。

 なので、ちゃんとできたということが嬉しかった。




「もしもし?」

「先程、帯屋さんを見ました」

「真道か、家が嫌いな人間だからな」


 夏でも冬でも積極的に外にいようとする人間だからなにも違和感はない。


「香耶さんと一緒にいたんです」

「後藤と? それはまたなんとも不思議な組み合わせだな、俺が仲良くしてみたらどうか的なことを言ったからか」

「それも影響しているかもしれませんが、多分、性格的に香耶さんが誘ったんだと思います」

「はは、簡単に想像ができるな」


 暇していたところだったから助かる、衣撫と集まるついでに後藤に話を聞いてみるか。

 真道に聞いてもしっかり教えてくれるだろうがなんでもはっきり吐かれすぎても面白くないからだ、その点、後藤なら「いやほらあれだよ」とこの前みたいな反応をしてくれそうだと期待をしている自分がいる。


「悪いな」

「大丈夫ですよ、それよりこのままでいいんですか?」


 片肘を掴みつつ少し不安そうな顔でこちらにそう聞いてきた衣撫、全部を聞かなくてもそれだけでなにが言いたいのかわかった。


「ああ、衣撫には悪いがまだこのままにしてほしい」

「わかりました、楓さんには助けてもらいましたから私もちゃんと協力をします」

「ただ、変えなければいけない理由ができたときはちゃんと言ってくれ、そうしたら解放するからさ」

「多分、大丈夫です」


 俺も衣撫も後藤もみんな嘘をついていることになる。

 真道をはめて面白がっているというわけでは断じてない、が、色々と戻すためにはやらなければならないことがあって大変なんだ。


「はーい、あ、連絡通り来たね」

「後藤、なんで真道と一緒にいたんだ?」

「あれま、見られちゃっていたの? あ、普通に答えるけど時間があったからかな、前田君に家の場所を聞いていたのもあるからそれなら帯屋君のところに行ってみようかな~って」

「つか、俺が言うのもなんだが戻せよ」

「あ、じゃあ楓君で、はは、これだと帯屋君と一緒だね」


 当然、その笑みに他の汚いなにかが混じっているわけではない。


「ふぅ、言ってしまえば草を抜くのを手伝っただけでお礼をされちゃってね」

「真道は一か月に一回は必ずそうするからな」

「で、これを取ってもらっちゃったうえに甘いお食べ物のお金まで払ってもらっちゃった」

「はあ~珍しいな」


 少なくとも金を出してやると言っても受け入れてくれない人間ではあるし、出してやろうとする存在ではないから意外だった。


「帯屋さん、香耶さんに実は興味があるのかもしれませんね」

「どうだろうな、そういう話をしても『縁遠い話をされても困るよ』と言われるばかりだったからな」

「うわあ、容易に想像することができるよ――っと、帯屋君の話はとりあえずこれ以上は広がらないからいいとして、今日はどうしたの?」


 そりゃいきなり来られた側の香耶としてはこうなるか。

 ここでも嘘を重ねたらそれが当たり前の人間になってしまう、そうなったら誰も側にいてくれなくなるから少しずつ正しい方へ戻していかなければならない。


「ああ、真道に色々と嘘をつくことになったことが気になっていてな」

「私も嘘をついちゃったんだよね、衣撫ちゃんのことを知らない子扱いしちゃった」

「意味もないのにな、一度やると簡単に二度、三度と重ねてしまうな」

「私はお前とか言ってしまいました……」


 こ、ここを見た人間ならはめようとしているように見えるかもしれないがマジで変なことをしようとしているわけじゃない。

 高校の一年からとはいえ、一緒に過ごしてきた、優しくていい存在だ、高校を卒業してからも一緒にいたい存在でもある。


「全てを隠さずに言うなら早い方がいいよね」

「そうだな」

「じゃあ私が月曜日に言うよ」

「いや、俺が言う」

「じゃあ出しゃばらないけど隣にいるね」


 頼むと言ってここで終わらせた。

 悲しそうな顔を見たくない、珍しく緊張している自分がいた。




「――ということなんだ、悪かった」

「そうなんだ」


 これ以外に合っている言葉が見つからなかった。

 結局、こうして早いタイミング……いや、実際には三年生だから遅いのかな? うん、だけど教えてくれた時点で気にならなくなってしまうというか、中学生の頃から一緒にいられてよく知っていたというわけでもないからおかしくないというか、そういうことになる。

 多分、彼と後藤さんと彼女さん、衣撫さんそれぞれにまだまだ隠したいことがあるのだと思う、が、それは僕に対してではなくてその二人に対してだから関係がない。


「土曜日もそうだけど帯屋君で遊びたいわけじゃないからっ」

「はは、僕らは一緒に遊んだからね」

「う、うん?」

「わかっているよ」

「う、うん、それならいいんだけど」


 一人だけ黙っている衣撫さんに意識を向けると「わ、私は特には」と、変に謝られてしまっても困るからよかった。


「じゃあこの話は終わりね」

「おう」

「まだお昼休みだけどこれからどうしようか?」


 ちなみにお昼休みになった瞬間にこれだったからまだお弁当を食べられていない。

 最悪、抜きになっても構わない……ようなそうではないようなという感じだ、季節的に冬とは同じようにとはいかないからだ。


「衣撫、香耶、どうする?」


 他のことを教えてくれたけど敢えて名字呼びに変えていた理由は教えてくれなかった。

 よくわかっていないこちらは余計なところまで考えようとするものの、簡単に変えられるということは特になにもにからという見方もできる。


「とりあえずご飯、かな」

「衣撫は……わかった、とりあえず食べるか」


 そういうことになったため、珍しく四人でのご飯タイムとなった。

 基本的に彼と後藤さんが盛り上がっていて、たまに衣撫さんが参加する形だ。


「これからはこの四人で集まって食べるのもいいかもしれないね」

「賛成だ、ちなみに真道に選択権はないからな」

「あれ、なんか帯屋君に厳しいじゃん」

「ああ、真道の自由にさせると参加しないことを選ぶからだよ」

「あ、ちょっと想像できちゃったかも」


 い、いや、参加させてくれるということなら普通に参加させてもらうけど。

 一人でいたい人間ではない、みんなが彼氏彼女の関係だったのであればやめておくよとやめるかもしれないものの、そうでもないならそうする。

 休日と違ってちゃんと彼がいてくれるということが大きかった、変な勘違いをせずに安心して一緒にいることができる。


「衣撫は?」「衣撫ちゃんは?」

「えっ、あ、みなさんがそのつもりならそれで……」

「ならいいな、これからはそうしよう」


 結局、最後までこちらに聞かれることはなかった。

 いや、それどころか意識すら向けられていなかったから存在感がなかった。

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