152作品目

Nora

01話

 家族と顔を合わせても会話は一切なかった。

 ご飯の時間もいつの間にかそれぞれ一人で食べるようになって寂しかった。

 でも、またいつか普通の家族みたいに盛り上がれるようになると信じている。

 信じて期待をすることだけはタダだ、それにどうせなら悪い方に考えるよりもいい方に考えた方がいいに決まっているのだ。


「おはよう」

「おはようございます」


 学校敷地内に足を踏み入れると上手くは言えないけどなにかが変わる。

 頑張らなければならないと無意識に切り替えようとしているのだろうか? 最近、わかりやすい失敗はしていないからそのおかげだと思いたい。

 ただ、存在しているだけで疲れてしまうのも確かなので、しっかり意識をして変えていければという考えもあった。


「よう」

「あ、おはよう、今日は早いね」

「なんか暑くて寝られなくてな」


 前田楓まえだかえで、彼とは高校一年生のときに話しかけられてから友達になった。

 話しかけてきた理由は興味を持ったからとかではなく、こちらが物を落として拾ってくれたからだったものの、どうせならとこちらが頑張った結果がここに繋がっている。

 それで現在はもう三年生になるわけだから早いものだ。


「二つの意味で七月にはなってほしくないぜ」

「楓君は暑いのが苦手だもんね、あと一つはよくわからないけど」

「大学を志望する俺とそうじゃない真道まさみちではすぐに動かなければならない真道の方が大変だけどさ、夏になると姉ちゃんが暴走し始めるんだよ」

「ああ、それは毎年言っているけどそんなこともないけどね、楓君のお姉さんは優しいよ?」

「それは真道の前だからだよ、家では暴君――ああ、考えるだけで震えてくるぜ」


 こちらの肩に手を置いてから「暑いのに変なだよな」と、寒さで震えているわけではないから別におかしいわけでもなかった。


「あとは遠距離恋愛中の彼女が来ることも少しは影響しているぞ」

「遠距離恋愛とかすごいね、僕だったら近くにいても続けられそうにないよ」

「そういや真道のそういう話を聞いたことがないな、なにかがあったのなら教えてくれよ」

「残念ながら振られたなんて経験もないんだよ」

「最近の若いのってそんな感じだよな~」


 最近の若いのって……他の子と僕を一緒の扱いにしてしまうのは可哀想だ。

 間違っているかもしれないけどこれが実力だ、努力はもちろんしているつもりだけどあくまでつもりだからこそなのかもしれない。


「楓、今日の放課後に遊びに行こうぜ」

「わかった、じゃあそういうことだから話してくるわ」

「うん、行ってらっしゃい」


 さてと、こちらはSHRまで暇な時間になってしまった。

 実は彼以外に安定して話せる子がいないから席でじっとしておくか、廊下を歩くぐらいしかやれることがない、勉強が大好き少年というわけでもないからなにもないときに教科書と睨めっこともしたくない。

 幸い、賑やかな場所は嫌いではないから教室に残ることを選ぶ、ご飯は冷蔵庫に残っている食材を使って自分で作らなければならないからなにを作るか考えておけばいいだろう。

 実際、こんなことを毎朝考えながらも乗り切ってきているわけだから今回も大変ではない、気づけばお昼休みになり、少し眠たくなっている間に放課後になった。


「じゃ、また明日な」

「うん、また明日ね」


 信じているなどと考えておきながらすぐには帰ろうとしないのが僕だった。

 放課後の教室はそういう点で最高だ、残っていても中学校と違って完全下校時刻が遅めに設定されているからなにかを言われることもない。

 ついでに寝る時間が近くなってしまえば夜ご飯をわざわざ作らなくていいかなという方向に変わっていくため、家的にもいいはずだった。


「ふんふふー――」

「おい」


 一人だからと油断をして鼻歌交じりでプリントを見ていたときだった、後ろから唐突に声をかけられてうぐっと詰まる。


「お前、前田楓と仲がいいよな?」

「う、うん」


 女の子なのに男の子みたいな喋り方をするなぁというそれが勝ってすぐに落ち着けた。


「だったらあたしを連れて行ってほしい」

「今日は友達と遊びに出かけているから難しいんじゃないかな」

「頼む、この機会に近づいておかないと……」


 就職活動組でも大学志望組でもまだまだ時間はあるからこの機会とやらを逃してもなんとかなりそうだけどな。

 仮に楓君のことが好きで近づきたいということだとしても同じだ、引っ越さなければならないとかそういう余程のことがあれば別だけど。


「じゃあ連絡だけしてみるね」

「頼む」


 そうしたら割とすぐに反応してくれて『そんなにかからないと思うから俺の家の前で待っていてくれ』というメッセージが送られてきた。

 連れて行ってほしいと言っていたぐらいだから大丈夫だと判断して楓君の家まで案内することにする。


「待たせたな……って」

「大丈夫だよ、だけどどうしたの?」

「真道、今日はもう帰ってもらっていいか?」

「うん、それじゃあ帰るね、この子のことをよろしくね」

「ああ」


 なんだなんだ、彼の方がなにかがありますよと言っているようなものだぞ。

 まあ、信用してくれているならいつか話してくれそうだからそのときを待っていよう。

 そのときがこないままだと少し寂しいけど、その場合は卒業までにもっと仲良くなりたいところだった。




「昨日は悪かったな」

「いや、それはいいけど……あの子関連のことでなにかあったの?」

「あれ……俺の彼女なんだ」

「えっ!? 遠距離恋愛をしているって……」

「ああ、俺の姉ちゃんの制服を借りて変なことを、な」


 いや、流石にそれはないだろうからこの高校にいるけど隠しておきたい、ということだと片付けておこう。

 だけどそうか、それこそ変なことにならない限りは友達の彼女さんを見ることになんてならないだろうから実はありがたいのかもしれなかった。

 ま、まあ、友達の彼女を見られたところでという話ではあるものの、話だけは聞いていても顔を見たことがないままだと気になってしまうからなにも無駄というわけではない。


「で、だ、真道的にどうだった?」

「男の子みたいな話し方をする子だったね」


 だというのに髪が長くて雰囲気も女の子なのに格好いい感じだった。

 見る人が見れば、というか、並んでいたら間違いなくあの子が選ばれる感じ、つまり女の子からモテそうな女の子だと言える。


「あ、それは初対面の相手のときだけの限定のものだな」

「そうなの?」

「ああ、俺と一対一のときはそうだな……このクラスの委員長的な喋り方だぞ」


 なら「今日も元気にいこう!」とか「そこのコーヒーが美味しいの!」などと喋ると、……想像してみると昨日のあれが印象的すぎて違和感がすごかった。


「とにかくなんとかなってよかったよ」

「ありがとな、彼女も感謝していたぜ」


 ただ、やはり長くはいてくれないようであっという間に友達のところに行ってしまった。

 今日はなんとなく歩いてくることにする、いい天気だから窓の近くから見たかったのだ。

 登校中は結構下を見つつ歩いているから学校のときぐらいは変えないといけない、最低でも前を見て過ごすようにしていた。


「手を上げて」

「そ、それはいいけど……」


 振り返ってみると先程、話に出ていた明るい委員長がそこに立っていた。

 彼女がいる存在は女の子にモテやすいという情報をどこかで見たことがあるため、その類のものとしか考えられないけど。


帯屋おびや君は言うことを聞けて偉いね、前田君とは大違いだよ」

「そ、それで委員長はどうして僕に声をかけてきたの?」

「その前田君絡み……のことかな、ずっと一緒にいる君に協力をしてもらいたくてね」


 話を聞く前から協力できそうにないから他を当たってほしいと口にしたら腕をがし! と掴まれたうえにぐい! と引っ張られて逃げられなかった。


「なんてね、前田君は確かにふざけることもあるけど特に不満はないんだよ」

「じゃ、じゃあ僕にはあるってこと……?」

「うん」


 ひぇ、なんだこの冷たい顔は、委員長に恨まれるようなことはしていないはずだけど!

 とりあえず目立ってしまうからという理由でいまは続きを話さないようだった、僕としては放課後までの時間が地獄になるからささっと話してほしかったのに余程、僕のことが嫌らしい。

 楓君に相談を持ち掛けることもできなくてぷるぷると震えている間に授業がどんどんと終わっていくのがい――いや、よくない、どうしてこういうときばかりこんなに早く過ぎるのだ。

 確かに地獄の時間だとか余計なことを考えたのは僕だけど、


「やあ、逃げないで偉いね」


 何故だ……。


「なんか絡まれているな、真道がなにかしたのか?」

「ううん、ただ帯屋君とあんまり話したことがなかったから話しかけただけだよ」


 う、嘘くさぁ!? だけど切り替える能力の高さと、笑顔が魅力的だということはわかる。


「じゃ、真道は返してもらうぞ」

「私も一緒に帰っていい?」

「あー……」

「ん? ふふ、なんか怪しいね、二人はそういう関係なのかな?」

「最近――や、やっぱり真道は任せるわっ、じゃあなっ」


 結局、こうなることはわかっていた、彼もわざと期待をさせて落としたかったわけではないだろうけどこれは残念だ。

 そしてメイン級である存在が消えても変えるつもりはないらしく「それじゃあ帰ろうか」と。


「委員長――」

「それやめてよ、委員長の子だったら他にもいるんだからさ」

「それだと……」


 楓君が相手ではないからどう呼べばいいのかがわからない。

 

「うわ、まさかわからないとか言わないよね?」

「えっと、香耶かやさん……だよね?」

「ちょっとっ、なに名前で呼んでいるのっ」

「だ、だって名字は知らないから……」


 みんなが彼女のことを名前で呼ぶから、いや、大袈裟でもなんでもなくクラスの子はそうだから僕に全ての原因があるというわけではない。

 が、失敗だったのか「ありえないよ」とか「はあ~」と大きなため息をつかれてしまった、そもそも早く近づいてきている理由を教えてほしいものだと思う。


「とにかく、君が名前で呼ぶのはまだ駄目、そもそも私は不満があって近づいたんだけど?」

「なにに対して不満を抱いたの?」

「それは君が暗いからだよ! あと、この前挨拶をしたのに無視をしたよねっ?」

「無視……? あっ、あれは他の子もいたからだよ、そんなところでさも友達みたいに挨拶を返したら勘違いされてしまうかもしれないんだよ?」

「勘違いってそんなことになるわけがないでしょ、君は結構自意識過剰なんだね」


 があ!? こっちは一応考えて行動してあげたのにこれは悲しすぎる。

 これからは余計なところまで考えて行動をしないようにしようと決めた。

 まあ、その頃にはこの子も近づいてきてはいなくなっているだろうけど自滅をしないためにも必要なことだった。




「帯屋く――そんなに警戒しなくてもよくない?」

「……今度から無視をすることはしないからもう近づいてこないでほしい」

「えー私はクラスのみんなと仲良くしたいタイプだから無理かな」


 ならと同じくクラスメイトである楓君を連れてきた、この二人が仲良く話しているところをそんなに見たことがないためだ。

 このタイミングで敢えてこちらにということなら矛盾してしまうことになるからできないはずだ、そして彼女ならそういうのを大切にしそうだった。

 わかりやすくやりやすさが変わるというのもある、少なくとも僕だって適当に口にしているわけではないとわかって警戒をする必要もなくなるのだ。


「昨日から後藤に絡まれているな」

「こっちのことを助けなくていいから楓君もここにいてよ」

「いいぞ」

「別に酷いことをするつもりはないんだけどなぁ、なんか帯屋君から誤解されちゃっている感じだよね、これ」


 いや、悩まずに彼を連れてきたりもしたけどそこまで警戒をしているわけでもなかった。

 こういうのをきっかけにして仲良くなれるということなら乗っかった方がいい、友達は多くいた方が絶対にいいからだ。

 でも、正直に言ってしまえば慣れていないからお手本を見させてもらって上手く活かしたいというそれが強くある。


「いきなりすぎるからな、三年で初めて同じクラスになったというわけでもないのにいまになって急にだぞ? 俺でも同じような対応になるぞ」

「そ、それはほらあれだよ」

「どれだよ?」

「ま、前田君だっていてくれたのに協力してくれなかったからだよ、帯屋君だってすぐに帰っちゃっていたからね」


 確かに僕は彼女が言っているように一年生と二年生のときはすぐに帰っていた。

 ただ、別に家族と仲良くできていたからではない、単純に学校が休まる場所ではなかったのでそれなら部屋にいた方がいいと考えて行動をしていたのだ。

 いましていないのはつまりそうではなくなったということだけど、そのことを残念だとは思っていなかった、寧ろ最後の年ということで教室でゆっくり過ごせる時間が好きになっている。


「ちょ、ちょっと二人きりで話させてもらってもいい?」

「どうする?」

「わかった、楓君ごめん、ちょっと行ってくるね」

「謝る必要なんかないぞ」


 付いて行くとこの前、声をかけてきたところで彼女は足を止めてこちらを見てきた。

 それからすぐに腕を組んで目を閉じる、今回の場合だと楓君を巻き込むな、というところだろうか?


「悪いことをしようとなんてしていないからね?」

「え、うん、そんなことを考えたことはないけど」

「それならいいけどさ、私はただ一度も話さないまま別れ離れになっちゃうのは嫌なんだよ」

「それだと大変すぎない? 疲れちゃうよ」


 確かに最初は意識をして友達を作ろうとするかもしれないものの、一人そういう存在ができてしまえば後はそこまで意識をしなくてよくなる。

 寧ろ理想を高くしてしまえばしてしまうほど上手くいかないものだ、お前とはそこら辺りの能力が違うということなら謝るしかないけど。


「でも、守れなかったときの方が問題だからこれでいいんだよ、それで君が最後……というわけではないけどこれから話そう」

「わかった」


 こういう理由からであれば変な勘違いもしなくて済むからありがたい、どうやらクラスメイト縛りではないみたいだけどたまたまそこにいた存在でしかないからだ。

 ということで話も終わったから教室に戻ることにした、もちろん、こっちが勝手に離れたのもあって楓君は友達と盛り上がってしまっていた。


「帯屋く――」

「ぎゃ、あっ、ごほんっ、ど、どうしたの?」


 距離が近い、それと後ろから急襲なんてやってくれる。

 が、彼女は気にならないとばかりに向こうの出入り口の方を見て「あの女の子、昨日もいたけど知っている?」と、そこにいたのは彼女さん(多分)だった。


「わからないかな、そう聞くってことは後藤さんもわからないんだよね?」

「うん、少なくとも私達と同じ学年ではないよ、だって一度も見たことがないもん」

「そういえば確かシューズの色が――」

「ねえ、実はわかっているよね? なんで隠そうとしちゃったの?」


 だからいちいち距離が近い。

 気になるのも確かだったから廊下に行くと「この前の」とすぐに気づいてくれた。


「へー前田君の彼女さんなんだ」

「ま、まあ……そういうことになり……ますね」


 僕のときは「お前」などと言っていたのにこの違いには泣きそうになった、確かに色々と変えているようで楓君の言っていたことが全て嘘というわけではないという点については安心できたけど。


「あれ、だけど遠距離恋愛中って言っていたような気が……」


 そういう話をするぐらいの仲らしい。


「そういうことにしてくれって頼まれたんです」

「えーそれってなんか酷くない? 自信を持ってみんなに言えないってことじゃん」

「色々と聞かれたくないからだと言っていました、特にいつも一緒にいる男の子のグループの子達は結構しつこく聞いてくるみたいで」

「なるほどね、確かにあなたみたいな容姿の整った子が彼女だったら聞かれちゃうかぁ」


 遊びに出かけているときなんかにそういう話題になるのだろうか、教室では大体「遊びに行こうぜ」とか「一緒に食べようぜ」などという会話しか聞いていないからわからない。


「あっ!」


 はは、大きな声、だけど彼からしたらそれどころではないという話か。


「ふふ、前田君さあ? 私達に言わなければならないことがあるよねえ?」

「ひ、一つ言わせてもらうと二人を疑っていたというわけじゃないぞ?」

「そうなんだあ? それならちゃんと教えてほしいな、中学のときから一緒にいる私には帯屋君が相手のときよりも細かく、ね?」

「わ、わかったよ、真道、後でちゃんと言うから心配しないでくれ」

「大丈夫だよ」


 彼女さんに頭を下げてから教室に戻った。

 仲間外れ感が少なくてなにも気になっていなった。

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