第5話 北の隠れ里でも干し果物は人気です

 兎に導かれた村は、村と呼ぶのもためらわれる程度の規模だった。五軒の家を申し訳程度の柵が囲っている。一軒は大きめだが、それも豪華と言えるものではない。

 飾り気と言えるのは、足元を覆い尽くす勢いで生えているタンポポぐらいだ。

 そんな集落の柵の前で女が一人、俺を待っていた。

「お久しぶりです、兎様」

 訂正。兎を待っていた。

 多分20歳そこそこの人間で、気の強そうなしっかりした目鼻立ちをしている。衣服はこの地方特産の厚い毛織物。その服の紋様に見覚えがあった。

 内心警戒する俺と対照的に、兎はねぎらうように前足で彼女のスカートを叩く。

「お付きの方もお疲れ様でした。まずは、家の中で少し御休憩を」

 お付き扱いは不満だが、休めるのはありがたい。

 ついていこうとして、足元にタンポポがあったのでそれを避ける。

 その動きが、彼女の目には妙に映ったらしい。

「何か?」

「いや、随分寒いのによく生えてるなと思って」

「昔、旅人が植えてったんだって。可愛いよね」

 敬語が崩れて、素直な笑みがのぞく。

 そうしていれば中々可愛らしい、と思いながら一番大きな家に通された。


 入った途端、いくつもの視線が俺に向けられる。大広間に集う子供たちの視線だ。ザッと十人ほど。家の数からすると、妙に多い。

「アレが兎様?」

「どうみてもエルフだろ」

「デカい荷物!」

「顔はアリだと思う」

「ヒョロすぎでイマイチ」

 好き勝手言われているが、無視して荷物を下ろし、勧められた椅子に座る。兎はヒョイと机に飛び乗った。

「兎様だ!」

「かわいいー」

「モフモフー」

 こちらはずいぶん好評だ。

 どうだと言わんばかりの顔でこちらを見てくるが、無視無視。茶を入れてくれた彼女の方を見る。

「あたしはレノ。この村の代表をしてる、しています」

 使い慣れていない敬語が初々しい。が、敬語を続けられても肩がこるので、あえて砕けた言葉で返す。

「俺はレオン、旅商人だ」

 兎が三度足を踏み鳴らした途端、レノの顔が曇った。

「噓でしょ」

「名前は通じればそれでいいだろ」

「偽名ってことね。しかも旅商人だなんて」

 敬語が取れたのは良いが、かなり不審な目で見られてしまった。周りの子供たちの目も痛い。

 旅商人にはよくある事なので、対処の仕方は知っている。

「旅商人なのは本当さ。お近づきの印に……これを」

 一拍おいて注目を集めた上で、干した果物を取り出す。

 大きな果物は目を引くし、甘味が嫌いな子供はいない。わぁ、と子供達から歓声が上がる。

 レノすら、反射的に目が輝いた。が、すぐに警戒の色が戻る。

「いくらで売りつけるつもり?」

「これは無料のオマケ。夜空絹を分けてもらう事で兎と話がついてるからね」

 兎が二回足踏みしたのと、子供たちの食欲満載視線に負けて、レノが頷いた。すると、子供の中でも一番背の高い女の子が俺に近付いてくる。

「はい、どうぞ。みんなで分けるんだよ」

「ありがとうございます!」

 果物を受け取り、頭を下げる女の子。

 その瞬間、帽子が落ちた。

 慌てて帽子を拾って被り直し、女の子は子供たちの輪に戻っていく。

「なるほど、な」

 女の子の額、右目の上の方には細い角があった。部屋の中でも帽子をかぶっているから妙だとは思っていたのだ。

 そのつもりで子供たちを見ると、腕に布を巻いていたり、背中に不自然な盛り上がりがあったりが目につく。

「他言無用。漏らしたら、呪う」

 レノの脅しが推測を裏付ける。

 この村は、異形ゆえに排斥された子らの隠れ里だ。

 警戒が強まったのはこれが理由だろう。偽名を使う旅商人なんて、どこで隠れ里の秘密を言いふらすか分かったもんじゃない。

「呪うってことは君も魔女か」

「シャーマンよ。魔女とは似てるけど、ちょっと違う。……も?」

「コイツはアイリスの子じゃよ」

 兎が割って入ってきた。まだ日暮れは先のはずだが。

「じゃあ、レオンも魔女なんだ」

 なんでそうなる。というか俺の母はそんなに有名な魔女なんだろうか。

「違う。旅商人だ」

「魔法を自分流にいじれるくせに、謙遜するでない」

 やっぱり分かってとぼけていたんだな、この兎め。そういうところが母にそっくりだ。

「じゃあ、儀式も?」

「手伝わねーぞ」

 儀式が何なのかは知らないが、これ以上妙な事に巻き込まれる前に釘を刺しておく。

「手伝うなら、分前は四枚。手伝わんなら、二枚じゃ」

 兎が交渉を仕掛けてくるが、俺は決然と首を左右に振った。

「二枚でいい」

 レノが怒って何かを言おうとしたところで、子供たちの歓声がさえぎる。

「うまーい!」

「あまーい!」

「レオン、もっとないの?」

 果物を食べた子供たちが、もっとよこせと俺にまとわりつく。

「あるけど、売り物だ。金を出せるか?」

「家でもいいか? 猟師のおっさんが使ってた家が余ってるんだ」

「よそ者に使わせる家なんてないよ」

 ピシャリというレノ。こちらも、こんな辺境に家をもらっても意味ないが。

「果物の話は後じゃ。さっさと儀式の準備をするぞ」

 兎の言葉に、子供達が一斉に頷いた。

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