第4話 夜空絹の作り方

 ゴブリンと円満に別れ、しばらく歩いた辺りで日が暮れてきた。もうちょっと頑張れば次の村があるが、あえて野営の準備をはじめる。

 日が沈んだ途端、兎がくつくつと笑いだす。

「〈魔女の舌〉とは、中々立派な魔女ぶりではないか」

 〈魔女の舌〉は言葉が通じるようになる魔法だ。放浪生活に便利だからと母に教え込まれた。

 俺は魔女の魔法なんぞ覚えたかった訳ではない。真っ当な魔術ならともかく、魔女は教会から異端扱いされる。

 とはいえ、親の意向を無視できるほどの力は無かった訳だが。

「しかし、運が良かったの。あのゴブリンどもがあくどい奴らなら、巣穴の奥で殺されておったぞ」

「違ぇよ」

 俺が使ったのは、〈魔女の舌〉ではないし、あのゴブリン達は多分十分にワルだ。

 取引を受けた時の笑みは、洞窟の奥で俺を殴り殺せば果物も他の商品も手に入れられると悪巧みをしている笑みだった。

 それをしなかったのは、俺が改良した魔法のせい。言葉を通じるようにするだけでなく、商談が成立したら互いにそれを誠実に守る、そんな魔法だ。

 だから、ゴブリンが俺を殺してもっと果物を得ようと思う事は無いし、俺が出来心でキノコを二袋取る事もできない。いやまあ、よく分からないキノコをもう一袋欲しいなんてそもそも思わないが。

「そうそう、庇ってもらった礼も一応言うておかんとの」

 昨日よりもっと黒が増した瞳をクリクリさせて、兎は器用に頭を下げた。

 どこまで分かってるんだか、この兎は。

 とって食われるのも寝覚めが悪いから、俺の所有物だと主張してさりげなく魔法の庇護下に入れたのだが。

 あまり考えすぎても、手のひらで遊ばれているようで気分が悪い。商売のことに気持ちを切り替えていこう。


「このキノコをどうするんだ?」

「火酒に漬けるんじゃ」

「火酒なんて持ってないぞ」

 火酒はこの辺りでは一般的な酒だ。だからこそ仕入れていない。

「用意させてあるから大丈夫じゃ。忘れじ茸を火酒に漬けて絹を浸し、軽く絞ってから一昼夜の間夜に晒す。それで絹が夜空を覚えるのよ」

 忘れじ茸とやらがゴブリンから得たキノコの事だろう。貴重な物の割には簡単な作り方だな、と思ったところで違和感に気付く。

「一昼夜の間夜に晒すっておかしくないか?」

 昼の間は夜ではない。ごく当たり前の話だ。

 しかし、兎は足を三度踏み鳴らす。

「この辺りでは、おかしくない」

「……まさか、夜が明けないのか!」

「冬祭りの前後数日だけだがの」

 冬のど真ん中の頃、北の果ての方では全く日が登らなくなる事があるのだと聞いたことはあった。そんなところまで来ていたとは。

「ん、冬祭り? じゃあほぼ一年待てってのか?」

 冬祭りは三ヶ月ほど前に過ぎ去り、今は春だ。普通に昼が訪れる。

「そこはなんとかしてやるから、大人しく着いて来い」

 何をなんとかすれば昼を来なくできるのかはまるで分からないが、今更手を引いても仕方がない。

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