第5話 京都―夜の伏見稲荷大社を奇声発しながら歩いた夜

 2019年スコットランドへの旅行中、たびたび「中国で感染症拡大か」「新型ウイルスが広まりつつある」といったニュースを見かけた。

 

 スコットランドにいるうちは、「なんかやばいことになってんのかな?まぁ、でも大丈夫でしょ」と呑気な会話をしていた。しかし、そう、これが、ここ数年で世界中で猛威を振るった新型コロナウイルスだったのだ。


 それから、日本への帰路、機内や空港でマスクをしている人が多いことに気づき、また普段はない謎の緊張感を空港で感じ、なんか結構やばいことになってるのでは・・・?と思い始めた。日本に到着後、家族から私の渡英中に日本でどんなことが起こっていたのか話を聞き、その時初めてコロナの影響を知ったのだ。


 それからはコロナの影響で、ぴっぴと私は会う事ができず、3年間が経ってしまった。過ぎてみると、3年間なんてあっという間な気もするが、当時はかなり寂しくて、辛い思いをした。


 そして、時が流れ、2022年12月。ようやく私たちが再会できる日がやってきた。ぴっぴの冬休み中の1か月間日本に来てくれることになったのだ。


 家の近くでデートしたり、寝たり食べたり、セックスしたり、楽しい日々を過ごした。2人とも出不精なので、せっかく日本に来ても、たいして外出はしなかったのだが、USJのニンテンドーワールドに行きたい!ということで、大阪京都の旅を決行。


 ゲーム・映画好きの私たちはUSJを満喫。その後の大阪・京都観光も私は楽しみだったのだが、得に歴史に興味ないぴっぴは大阪城や二条城に行っても、ふ~ん、という反応。ただ、「よくネットで写真を見る赤いゲートがいっぱい並んでいるところ(=伏見稲荷大社)」には行きたいとのことだったので、訪れることに。


 伏見稲荷大社は24時間空いているので、時間制限のある二条城やチョコミントパフェが有名なカフェを優先に観光していたところ、大社に到着した頃にはかなり日が沈んでいて、薄暗くなっていた。それでも境内には多くの観光客がいて、よくみる鳥居がたくさん並んでいる参道で多くの外国人観光客がインスタ映えを狙って写真を撮っていた。


 私たちも数枚写真を撮ってみる。見渡す限りずっとずっと鳥居が並んでいる。そんな風にずっと鳥居の道が続いているので、ドンドン前に進みたくなる。途中にある地図を見ると、伏見稲荷大社は山になっていて、頂上まで途切れことなく鳥居が続いているようだ。普段は運動嫌いな私たちだが、その時は何を思ったのか、てっぺんまでいこう!と意気込んで歩みを進めてしまった。


 山道は石の階段で舗装はされているものの、かなり急で、時たま欠けている階段もあり、なかなかデンジャラス。それでもハァハァいいながら、山登り。


 上に登っていくと「野生のいのしし・サルに注意!」という看板やポスターがやけに目につく。はじめのうちはそれこそ「モンキー(笑)」とケラケラ笑っていたが、先に進むにつれ、ポスターが増えてくることに、非現実的な奇妙さを感じはじめ、私たちの顔から笑顔がなくなってきた。しかもなんとなくだが、風の音とは違う、ガサガサ・・・という音が聞こえるようになってきた。


 これはちょっと笑いごとではないかもしれないぞ、背中にぞわぞわしたものを感じる。そこで、よく熊除けに鈴を鳴らすとか、声を出して熊に「ここに人間がいるよ」とアピールするといいとかいうのを思い出した私は、そこから気が狂ったように大声を出し始めた。


「「「うわああああああうおおおおおお!!!!!!!」」」

 パチパチパチと拍手までやってみる。


 ぴっぴには変な目で見られるが、これで野生動物を追い払えるならいいじゃないか。


 そんなふうに奇声を発しながら登山するが、もしかしたらこの奇声に驚いた野生の動物に襲われるかも・・・という不安も感じる。行くも地獄帰るも地獄。叫ぶのもリスク、叫ばないのもリスクである。


 恐怖を感じながらも、ここまで来たから頂上まで目指そうという謎の意地で歩みを進める。するとまもなく頂上、という看板のあるあたりで、下山してくる外国人カップルとすれ違った。どうやら彼らも頂上まで行ったらしく、顔を真っ赤にさせて、ハァハァと息を切らしながら降りてきた。その2人が私たちと目が合うなり、「Be careful! We sew some wild boars!(気を付けてね!野生のいのししみたよ!)」と忠告をしてくれたのだ・・・。


 そのカップルに「Thank you!」と笑顔で返事をしながらも、一気に私たちの緊張感が高まった。もう下山しようか、いやでもここまで来たんだから、登ろう・・・、そんなやり取りを何度もしているうちに、なんとか2時間かけて頂上にたどり着いた。


 頂上と、いっても、小さな神社や鳥居、土産屋があるだけで、景色が見えるわけでもないし、これといってなにができるわけでもない。なんだか不完全燃焼であるが、旅行というものはこういうもんである。だからネットでも伏見稲荷大社は鳥居の写真だけ出回って、実際の大社や山の写真はあまり見ないのかもしれない。


 私とぴっぴはマジで神にもすがる思いで、無事に帰れますようにと、頂上にある小さな神社に雑にお祈りをした。それから、とにかく早くホテルに帰りたい、その一心で小走りで下山。途中ぴっぴが「神様の赤いゲート(=鳥居)がたくさん並んでるから!バリアしてくれるから!」とらしくないことまで言い始める。


 とにかく、早く帰ろう。


 なんだかわざとらしく「頑張ろう!」「疲れたー!」「怖い!」などと言いながら、歩みを進める。


 そのときだった。


 ガサガサガサ!!

 今までで一番大きな音が山に響いた。


 私はビクッと体を震わせながら、素早く音のした方に振り向いた。


 なにやら黒い影がある。


 その影を凝視すると・・・・


 ・・・・・いる!!!!!イノシシ!!!!!!!いる!!!!!!!!!!


 しかも大きなイノシシと小さなイノシシ数匹!


 もしかしたら子育て中のイノシシかもしれない。そうであれば、親イノシシは余計に気が立っているかもしれない。


 今まで訓練された動物、檻の中の動物、もしくは道端の鳥・リスしか目にしたことがない私は、急な大き目な野生動物との邂逅に血の気が引いた。


 手持ちのポケモンがみな瀕死状態の時に野生のポケモンに会うよりドキドキする。


 猪突猛進されませんように!!!とわけのわからないお願いをイノシシにしながら、なるべく静かに、イノシシを刺激しないように、そろりそろりと足を動かした。


 混乱して、普段英語で会話をしているぴっぴにもなにも説明できない。ぴっぴにイノシシがいることに身振り手振りで伝えると、驚いた顔をして、とにかく早く人間の世界に戻ろう、と訴えてくる。


 そこからの記憶はもうあまりない。とにかく必死に必死に下山である。


 転ばないように確実に一歩ずつ、でも急いで、そして奇声を発して、ここに人間がいるよアピールも忘れない。


 ホテルにつく頃にはもうヘトヘトだった。でも、さっきまで山の中でイノシシに襲われないように必死になってたことが夢だったように感じられた。京都であんなに危険な目に合うなんて思ってもみなかった。もう一生伏見稲荷大社で登山はしないだろう。というか、当分登山も遠慮したい。


 部屋について、ほっと一息。私はお風呂には入りたかったので、ホテルの大浴場に向かった。大浴場とあったが、実際は我が家のお風呂×4つ分くらいのすごく小さな浴場で、今まで見た大浴場の中で一番小さい大浴場だった。


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