木を見て森を見る、そして

そうざ

You don't See the Forest for the Trees, and

 遂に特別列車〔ネーミング号〕に乗る機会に恵まれた。

 客車は全席指定のゆったりとした一人掛け横座席クロスシートで、他に遊戯車や映画鑑賞車、寿司職人まで常駐する食堂車に加え、一眠りしたい人の為に仮眠車まで連結している。

 通常この手の列車は割増料金を取られて当たり前だが、この〔ネーミング号〕は条件を満たしている人間のみが無料で利用出来、敢えて走行速度が抑えられているのも、乗客に優雅な旅を約束する為の演出なのである。


「一人旅ですか?」

 通路を挟んだ隣席から、男性が不意に声を掛けて来た。

「はい」

「私もです。初めてのご利用で?」

「えぇ、そうなんです。昨夜はわくわくして中々寝付けませんでした」

「そうでしょうねぇ、私も初回はそうでした」

「二回目ですか?」

「六回目です」

「えっ!」

 目を見開いた僕を見て、男性は眼鏡メガネの真ん中をくいっと上げながら微笑した。

〔ネーミング号〕に二回乗った事があるというだけで、マニアの間で尊敬と羨望の対象になる。それくらい条件が厳しいという事だ。

 若そうなのに既に六回目とは、僕は思わず男性を色眼鏡で見てしまった。


「身分証の再確認にご協力下さい」

 隣の車両から、ぱりっと制服を着こなした車掌がやって来た。

 チケット購入時に身分の確認は済ませているが、転売業者を介して不正に乗車するやからも居ると聞く。不正が発覚したら高額の罰金が請求され、その上で一生涯に亘って〔ネーミング号〕への乗車資格を失う事になるが、それでも乗りたがるマニアは絶えない。

「拝見致します」

 車掌は僕のIDカードを見て、声のトーンを上げた。

「ほう、お客様はこの先まだ三回もご乗車のチャンスがございますね」

「はい、両親に感謝です」

〔ネーミング号〕を運行しているのは、元々伐採した樹木を輸送する為に林業従事者が設立した鉄道会社で、それに因み、姓名に『木』の入った人を無料招待する企画を発案したのである。

 僕は木林キバヤシイツキ。『木』が四つも入っている。


「拝見致します」

 隣席のIDカードを見た車掌の声が裏返った。

「あのっ、失礼とは存じますが、何とお読みすれば……?」

「モリバヤシ・ユウと申します」

 僕は反射的にIDカードを覗き込んだ。そこには苗字の『森林』、そして草冠『艹』の下に置かれた大きな『口』の中に『木』が三つずつ三段に分かれて九つも並んでいた。



※作中の『ユウ』は、垣で囲った庭園を意味する実在の漢字だが、画面には表示出来ないので、各自検索されたし(作者注)。

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木を見て森を見る、そして そうざ @so-za

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