第11話 船

 私自身は泳げぬのだが、ヒトリタビで旅客船を用いることがある。

 沈んだり海に落ちたりすればどうするつもりかと言われることも多々あるが、水産学部の頃の経験を基にすれば、大したことではない。

 そもそもそのような危機的状況になってしまえば泳ぎが多少できようとも大差はなく、海の藻屑になる可能性が高い。

 救命胴衣の近くにいて、船員の指示を守り、身を乗り出したり危険な行いをしなければ他の方と同じ程度の安全が得られよう。

 逆に言えば、些細なものであれ船員の指示に従わぬというのは自傷行為に等しく、自己判断での行いは避けるべきである。


 何やら小難しい話で始めてしまったが、今回俎上に乗せた船旅はあくまでもフェリーが中心であり、川下りや遊覧船などは別の機会に譲りたい。

 特に川下りは非常に優雅なひと時を過ごせるのだが、それ自体が旅の目的に成りうるので、旅の足という括りには入らぬ。

 列車の旅も近しいところがないこともないが、そこはエッセイということで留意されたし。


 さて、客船による旅へ話を戻すが、最大の利点は慣れた交通手段をそのまま旅先へと持ち込めるところである。

 自転車は別として、オートバイや車などを飛行機や列車に載せるというのは非現実的であり、それだけで旅先の行動が少々制限されてしまう。

 レンタカーもありはするのだが、どこか他所行きの観が強くなりすぎてしまい、加えて慣れぬ道を慣れぬ車でという二重の不慣れから生じる不安が思わぬ事故を起こしかねない。

 特に私のようなミッション乗りにとってオートマの運転はそれなりの恐怖であり、坂を下る時には思わず一度クラッチを探してしまう。

 平野の続くような土地ばかりであれば良いのだが、日本のように起伏の激しい国を走り回りには、やはり愛車――の割には痛んでいるのだが――の方が安心だ。


 私が恩恵を強く感じたのは九四フェリーであり、交通手段としても時間距離の上でも、それにお財布の面でも非常に心強かった。

 そもそも九州から四国へ行く場合、どうしても遠回りが必要になる。

 飛行機では距離が短すぎることもあってか直行便の就航している空港が少なく、福岡か鹿児島に寄る必要がある。

 新幹線などの鉄道も瀬戸大橋を経由するため、岡山が経由地となってしまい時間と費用が増えてしまう。

 高速バスも同様で、福岡発着の夜行便が主軸となるためそこまでのお得感がない。

 地図で一跨ぎの位置にありながら、遠く離れてしまう九州と四国を結ぶフェリーはそれだけで十分に偉大だ。


 その一方でフェリーには「船酔い」という問題が付きまとう。

 波が高ければいかに大型の船であろうとも揺れをなくすことはできず、他の交通手段に比べてその影響は大きい。

 また有明海や瀬戸内海のような陸地に囲まれた航路であればまだ波も優しいのだが、日本海や太平洋に出てしまえばその揺れは大きくなってしまう。

 こればかりは酔い止めと睡眠薬に頼るより他になく、どうしても苦手という方は避けざるをえない。

 後は慣れが重要であり、学生時分に航海実習に参加して後悔の二週間を過ごしてからは、少々の揺れであれば気にすることがなくなった。

 玄海灘の荒波を大型とはいえ漁船でいくことに比べれば、如何なさざ波か思い知らされましてね……。


 あとは船内での手持無沙汰感が苦手という方もいらっしゃるかもしれないが、インド洋のように茫漠とした概要を何日も行く訳ではないのだから色々と見えてくるものもあろう。

 船に乗ると携帯電話の電波がつながりにくくなるため、それを気にする方もいらっしゃるかもしれないが、それこそ旅の醍醐味と決め込んで洒落込んでみてはどうだろうか。

 今や日常で電子端末との関係は切りづらく、ミステリー作家も苦慮するような時代である。

 そのような中で前時代的なひと時を過ごすのは一つの贅沢であろう。


波ゆかば 俗世の声も 遠くなり 磯風一つ 違うとぞ知る


 なお、船上でいただくカップ麺の味は堪らない。

 ぜひ一度、試しされたし。


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