第一段 ヒトリタビと移動手段

第6話 鈍行列車

 私が旅をする際、長距離移動の主軸となるのは列車と車である。

 このことは前回述べたとおりであるから、いまさら何をと言われてしまいそうであるが、目くるめく列車旅の魅力は語りきっていない。

 と、言いたいところではあるが、ヒトリタビでの列車はいいところもあれば大きな難点もあり、それを語らずして沼に引きずり込むのはあまり良い心地がしない。

 今回は列車にまつわる悲喜交々こもごもを語ろうかと思う。


 そもそも私にとって初めての一人旅は列車を乗り継いでのものだった。

 青春十八切符を片手に慣れない荷造りをして家から飛び出したのだが、ほぼ始発の列車に乗り込んでそのまま鳥栖まで三時間。

 鳥栖行きの列車は当時からどこかハイカラで、当時の駅舎に入ると都市の香りがするようで、当時の私はそれだけで酔いの回る気分であった。

 なお、西九州新幹線の開通によってこのような列車は廃止されてしまい、今では江北――昔は肥前山口という地方らしい味のある名前であったのだが――での乗り換えが必須となっている。

 その度に出る前の私は、鈍行列車での遠出など諫早か大村辺りまでが限界であり、博多まで出るとなると「特急かもめ」に乗る以外の選択はなかった。

 だからこそ、ゆっくりと流れていく車窓の心地よさに惚れ込み、それから今も続く鈍行列車への愛好を抱くようになったのである。


 鳥栖に着くと、一分乗り換えが待ち受ける。

 当時は若者らしく滞留するという概念が希薄で、博多を時間一杯まで楽しんでやろうと思っていたのだが、それを叶える列車は鳥栖に着くと一分で発車する。

 至る結論は短い乗り換えの実現。

 少ない情報を集め、足腰を鍛え、車内で身構える。

 同じようなバッグパッカーが本馬場入場し、列というゲートに入り、ドアが開いて出走する。

 逃げを打って坂を下り、上がり五番線を約二十秒で抜ける。

 俄かに噴き出す汗に笑うと、駅舎の売店が静かに別れを告げた。

 これも恐らく今は見られぬ光景であろう。


 この後、博多で一日を過ごしてからムーンライト九州、最後の輝きを放っていた快速夜行に乗って近畿を求めて東に向かった。

 この列車は殆どの座席が各席のリクライニングになっており、寝る時には気遣いながらそれを倒す。

 高速バスなどに比べるとその可動域は狭く、座席間隔もやや狭かったように思う。

 不便なところがある一方で先頭にテラスがあり、靴を脱いで中へ入ると同じくヒトリタビ、いや、の方不型が集まって談笑していた。

 これに混ざるのは少々勇気が要ったが、おかげで九州と本州とで電気の規格が異なるため、関門海峡を前に連結作業を拝めるということを知る。

 こうした未知との出会いと人との出会いに彩られやすいのが、夜行列車の醍醐味の一つではなかったか。


 こうした楽しみの一方で、鈍行列車の旅にも苦労は多い。

 まず以って特急・新幹線や飛行機などと比べて時間がかかり、車内での補給とトイレ事情の悪さがそれに拍車をかける。

 特にお手洗いはどこで休憩を挟むか次第で大きく乗り換えが変わり、運行本数が少ない路線では一日で進める距離に大きな差が出てしまう。

 加えて、乗り換えの駅が必ずしも整っているわけではない。

 時には周りにコンビニも商店も見当たらない無人駅に降り、十分ほどの間に乗り換えと買い物と用を済ませる必要がある。

 故に補給はゆとりをもって行うようにしているのだが、それと同時にヒトリタビの間は胃腸の健康管理に余念がない。


 加えて災害に巻き込まれた場合の備えも必要だ。

 新幹線であればまだいいのだが、地方路線は老朽化して大雨や地震などの天災により運航が止まる場合もある。

 これは昔からのことで、今年は山陰本線で代替バス輸送を経験したが、学生の頃は大雨の大垣で野宿するところであった。

 一人旅は楽しいと同時に、突発的な問題が起きた際にも全てが自分に由らなければならない。


 敷かれたる 路線を避けて 鉄軌く 雲を仲間に 星を仲間に


 ヒトリタビでは特に、寝過ごしに注意されたし。

 私はそれで一度、野宿している。






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