第4話 荷造り
旅立ちの前に準備をすることの一つに荷物がある。
既に読者諸兄から「二代目テキトー男」の称号を贈られていそうな私も、こればかりは疎かにしない。
正しくはバンジージャンプの紐のように、危ない所を往くための命綱と考え、小さい鞄に可能な限りの万全を敷く。
時にはそれが災いして鞄が道中で力尽きることもあるが、そのおかげか失踪届は今のところ出されていない。
今回はその中身をちょいとばかり紹介しよう。
初めに準備するのが予備の金であり、千円ほどは必ず鞄のどこかに忍ばせておく。
以前は一万円札を全身に分けて忍ばせていたのだが、緊急時に交番で金を貸してもらえることを知り、これで十分となった。
財布を失くした、或いは盗られた場合でも、これだけあれば近場への移動は可能であり、落ち着くために茶でも飲みながら交番に辿り着ける。
鞄ごとやられた場合に備えてもうひと工夫はしているのだが、流石に重くした鞄を盗ろうとする者を見たことはない。
保険ではあるが、母という先達の教えであるため、これを破らぬようにしている。
次いで服を詰めていくのだが、この時は下着が上になるようにする。
緊急時には下着だけでも替えられるようにとの配慮であるが、今のところそれを活用したのは二度しかない。
珍しいケースではあるものの、旅先で体調を崩すわけにもいかぬので、これは今後とも続けていくことだろう。
ただ、以前のように服用の圧縮袋を用いて小さくすることはなくなった。
旅先で着替えた後、汚れた衣服をそれに詰めねば鞄に入らぬという経験をしてからは、少々気が引けるようになってしまってですね……。
以前と変わったことといえば、ノートパソコンを鞄に詰めることがなくなり、代わりにメモ帳と筆記具が入るようになった。
よくよく考えれば退化なのかもしれないが、荷の軽さとどこでも使えるという利便性を考えれば悪くはない。
加えて調べ物や作品の投稿でスムーズに使えるほど携帯電話、いや、スマートフォンの性能が進歩しており、余程の長期旅行でもなければ優先度が低くなっている。
充電も人目も気にせず、自由に使える紙とペンの強みがここにきて復活してきたようだ。
スマートフォンといえば、充電器を詰め忘れてはならない。
私はモバイルバッテリーと電池式の充電器をそれぞれ詰めるようにしているが、これは予算と緊急対応を兼ねた形である。
通常はモバイルバッテリーで十分なのだが、モバイルバッテリーの充電ができなかった場合や低温などでバッテリーの消耗が激しい場合、電池を買うだけで補えるので心強い。
これは過去の旅の最中、大垣で豪雨に巻き込まれてしまい立ち往生した経験から、緊急時の連絡と情報収集が欠かせぬという教訓を得たからである。
特に近年は生活の利便性が増した代わりに街の冗長性が失われてしまい、早めに問題から抜け出せなければどうしようもなくなってしまう。
実際、今年の夏に山陰を巡った際には台風の影響で帰路の選定が難しく、時刻表と最新情報を駆使して事なきを得ることができた。
緊急時には財布にもなるだけに、守りは固めておきたい。
列車旅であればこれに時刻表が入り、車の旅であれば地図が入る。
何事もネットで検索すれば分かる時代に何を古めかしいと言われてしまいそうだが、電波が入らぬ場所や携帯端末の急な故障に対応できる備えは残すべきだろう。
それに、情報を落ち着いて見比べる際には紙の方が何かと便利であり、先の山陰の旅でも幾度か助けられている。
駅員に頼ることもできなくはないが、あの時の改札に連なる長蛇を見るとそれによる時間の喪失は一人旅において致命傷になりかねない。
それに「コンパス時刻表」は枕に丁度良く、新聞を買い求めればどこでも横になれてしまうほどに優秀である。
闇潜る 悪路も歩む 人知らぬ ヒトリタビ往く 険を知らずや
こうした準備をすると
故に、我が家は旅をする
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