第3話 旅程

 旅行に出ようとする方のほとんどは、恐らくどのようなところを巡るか十分に検討されるのではなかろうか。

 何をこ奴は変なことを急に問うのかと思った方は健全な精神の持ち主であり、ぜひその感性を大事にしていただきたい。

 素直に頷いた方は人が好いのでしょうから、ぜひそのまま笑顔を振り向くことをお勧めする。


 そして、素早く首を横に振った方は私の同士であり、残念ながらこの先の話に目新しいものは一つもないと予告しよう。


 誰かと旅行を共にする時、私はよくその計画性の高さに舌を巻く。

 目的地への交通手段を既に調べ、食べるものへと自然に至り、宿では至福の持て成しを受ける。

 成程、できる大人とはこういう天才を指すのかと頷かずにはいられないが、それと同時に、私の心は安らぎとは対極の困惑を隠しきれない。


 私もヒトリタビへと出かける前はをするようにしている。

 列車旅の前が最も分かりやすいが、どのような路線が走っていて乗り継ぎはどうすればよいかを考え、最適な道順を導き出す。

 この時に欠かせないのは路線図と時刻表であり、列車旅の一週間前には枕元に置き、夢想を欠かさない。

 とはいえ、こうした予習を実際に使い切るのは稀であり、およそ初日には理想的としていた道順からは外れ始める。

 列車に揺られながら、何をしているのだろうかと愉快な苦笑を浮かべるのが恒例行事なのだ。


 車で回る際もあまり変わらない。

 この路線に沿って往けばよいという知識を入れていても、次第にその道から外れ始める。

 地図アプリにかされて獣道に侵入することもあるが、何か気になる道を見つけて思わず飛び込んでしまうことの方が多い。

 道はどこかに続いていると笑っていた前職の主任を思い浮かべつつ、時に道に迷ったと頬を緩めて後悔する。

 同乗者がいる時には流石にしないのだが……。


 宿も予約を取ることもあるが、旅先で探すことがほとんどで、時には宿を取れぬことすらある。

 このような時、車であれば車中泊と洒落込むこともできるのだが、列車の旅ではインターネットカフェなどのオープン席で椅子に座ったまま寝るしかない。

 あるいは列車をホテルと思い込み、始発まで飲み屋をはしごして回るというのも良いだろう。

 二十四時間営業のカラオケ屋があれば、それこそ快適だ。

 最も辛かったのは二月の門司港駅であり、宿を取る金もなければひと晩を過ごせる商業施設もなく、居酒屋も早じまいで泣く泣く震えながらひと晩を明かした。

 この時は、事前にインターネットカフェが近場にあると調べていたのだが、それが僅か半月前に潰れていたということまでは調べてあげていない。

 もう二十年近く前の話になるが、いまだにあの時の心細さと空き交番で仮眠をとった切なさを思うと、意図せず顔がほころんでしまう。


 こうした旅になるのは、私が旅先で回るところをほとんど決めぬためであり、その日の気分次第で何もかもが変わるからだ。

 例えば、四年前に京都を訪ねた際には「京都アニメーション」の火災跡地を訪ねるることは決めていたのだが、それ以外は全くの無計画であった。

 往路が最低でも十五時間はかかるため、初日でどこまで進めるかも測れず、なるようになれと思ったのが原因である。

 結果としては初日で無事に京都まで乗り継ぐことができたため、琵琶湖を拝んだことがないのを思い出して翌朝の始発から滋賀に寄り、それから唯一の目的地を訪ね、鴨川の畔を歩き回った。

 天橋立もどうかと思ったが、久し振りに広島へ寄るのはどうだろうと思い立ち、午後には関西を出て広島に至る。

 カープファンに挟まれてひとしきり飲み、夜の鯉城周辺を散策し、インターネットカフェの椅子に座って夜を明かした。

 何もかもが旅立ちの朝には考えていなかったことであり、故に快い疲れに浸りながら山陽本線を下ることができた。


風にけ 行く鳥に訊け うおに訊け 我が身いずこと 尋ねるのなら 


 学生の頃はこのような旅も今の内かと思っていたが、三つ子の魂百までと、今ではもう居直ってしまっている。

 いずれ大地を枕に逝くのかもしれないなと、溜息を吐きつつ踊る心を抑えることができない、

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