第5話 球技大会

 皆が額の汗を拭い、一呼吸おいてレシーブの体制に入る。

 舞台は決勝。

 あと1点でうちのチームの勝利となるが、今の所2点連続で相手チームのエースにサービスエースを取られている。

 

 皆が息を呑むこの状況で、俺は一人どうしてこうなってしまったのかと考えていた。

 

 本来なら、球技大会で西条の応援に行き、少しずつ仲を戻すことで信用を勝ち取るための土台を作る。

 それと同時進行で、準決勝くらいで負ける。

 これで俺と西条の努力が無駄になることで、

西条の考えにヒビを入れる。


 そうなるはずだった。


 球技大会ではチームメンバー全員が一試合で一回はプレーしなければならない。

 だからどのチームも必ず穴がいる。


 ただ、うちのクラスは例外だった。

 うちのチームにはバレー部が3人。

 それ以外にも中学の頃バレー部だったやつが2人、他のメンバーもある程度できる奴ばかり。

 しかも俺以外全員やる気に満ち溢れている。

 

 メンバー運に恵まれすぎたうちのクラスは簡単に勝ち進めてしまったのだ。

 

 今のところ思い通りに事が進んだのは西条の応援くらいか。



 ...

 数分前。

 決勝は西条率いる1-A組対2-F組。

 試合中盤までは取って取られての繰り返しで拮抗していた。

 だが終盤から徐々に調子を上げていった西条がサービスエースを取り、流れが来る。

 結果25-19で女子バレーは1-A組が優勝となった。


 「お疲れ、優勝おめでと」


 当たり障りのない無難な労いの言葉を送る。

 

 「ん、ありがとね」


 汗を拭き、スポーツドリンクを飲む西条。

 その姿は妙に蠱惑的に思えて、覚えず目を逸らしてしまった。

 

 「どうかしたの?」

 「いや、べつに。それにしても上手かったな西条。練習したかいがあったな」


 変に勘繰られないように話題を変える。


 「そうだね。でもまだ終わりじゃないよ?」

 「まぁ、そうだな...」

 

 彼女なりに俺の兜の緒を締めてくれたのだろう。

 彼女の目は気を抜くなと言っている。

 

 「大丈夫、智和くんなら勝てるよ。私は信じてるから」

 「...その期待は少し重いかな」

 

 何を持って彼女はそう言うのだろうか。

 きっと、彼女は挫折を知らないのだ。

 今までずっと彼女の思い通りにいったのだ。

 小さな失敗はあれど、結局最後は彼女の望んだ通りの展開が待っている。

 まさにご都合主義の物語の主人公。

 そんな彼女の言葉に若干の苛立ちを覚えた。


 「そろそろ時間だし、行くわ」


 時計を見れば、開始10分前だ。

 

 「じゃあ頑張ってね。応援してるから」

 「まぁ、やれるだけのことはやるよ」


 今から俺は負ける。

 その時彼女はどんな表情をするだろうか。

 少し心苦しいが、次期に慣れるだろう。

 俺がそうであったように。

 


 

 ...

 笛が鳴り、プレー再開を俺たちに知らせる。

 高く上げられたトスに助走を合わせ、飛ぶ。

 次の瞬間ボールは俺の目の前にあった。


 「...っ!」

 「ピッ」


 ボールはコートの外側に弾かれる。

 これで3連続サービスエースか。


 「...すまん」


 「ドンマイドンマイ!」「あれはしゃあない!」「次一本取ろ!」「頑張れー!」


 呼吸を整えて、前を見る。

 一瞬、相手チームのエースと目が合った。


 これ、多分次も俺が狙われるなぁ。

 次取られたら追いつかれるし。

 ...まずいな、できるだけ俺にヘイトが溜まらないように負けたいんだが。

 

 ふと、観客席に視線を向ける。

 多くの人間が各々選手達に声援を送る。

 そんな中、西条は1人でこちらを見ていた。

 閉じていた口が開くのが見える。

 他の人の声でかき消されて聞こえなかったけれど、「頑張って」と言っている気がした。


 「...ふぅ」


 また笛が鳴り、試合が再開する。

 トスは高く、それに助走を合わせる。


 「...こいよ」


 相手がジャンプをした瞬間、こちらにボールが飛んでくる。


 西条との練習を思い出す。

 腰を落として、肘をまっすぐに伸ばす。

 腕にボールが当たる。

 すぐに強い衝撃が走る。


 「...っしゃあ!!」


 俺は何とかボールを上に上げた。


 「智和ナイス!!」「ナイスレシーブ!!」


 「頼む!」

 

 自然と声が出ていた。

 多分この時だけは、西条のこととか、努力が無駄だとかを忘れていたと思う。


 「任せろ!!」


 うちのエースが声を上げる。

 エースのスパイクが相手コートの床に叩きつけられる。

 ほんと、頼もしいや。

 

 「「「よっしゃあぁぁぁ!!!」」」


 ふいに力が抜けて、膝をつく。

 喜ぶチームメイト、下を向く相手チーム。


 あぁ...俺勝ったのか。

 勝ったってことは優勝か。

 本当に勝ってしまったのか。


 湧き上がる歓声の中、俺は1人茫然としていた。


 ふと、昨日の西条の言葉が頭に浮かぶ。


 「智和くんのおかげでもあること、忘れないでね」


 観客席を見て西条を探す。

 理由は分からないが、何か彼女に伝えなければいけない気がした。




 今となってはもう、何を伝えようとしたのか覚えていない。

 ただ、あの時は心のどこかで西条とならって思ってしまったんだ。

 西条となら、俺は諦めなくても、自分の努力を無駄だなんて思わなくてもいいような気がしたんだ。

 そんな淡く脆い期待を、一瞬でもしてしまった自分に嫌気がさしてしまう。


 結局何もかも西条の思い通りになっている気がした。

 ほんと、ご都合主義なんてクソ食らえだよ。

 付き合わされる身にもなって欲しい。

 



 俺が15年掛けて証明したはずの考えに、小さなヒビが入る音が聞こえた気がした。

 

 

 


 

 







 

 


 

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久々幼馴染がなんか冷たい 千羽カユラ @chiwa6KyR

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