第4話 そして本番へ

 異性と二人きりの帰り道。

 恋愛もののアニメや漫画でよく見る、ありきたりな構図。

 相手の言葉や表情、しぐさ一つ一つに想い巡らせ、一喜一憂する。

 男女問わず、思い人がいる者ならば誰しもが一度は夢見る青春イベント。

 しかし、俺たちのそれはお世辞にも「青春」とは言えない。


 「...ていうことで、今日の練習はさっき言ったことを意識しながらやってね」

 「わかった」


 会話は非常に淡白なもので、球技大会に関すること以外は話さない。

 間間に雑談が挟まることはなく、一通り諸連絡を済ませた西条が口を開くことはなかった。

 

 「なぁ西条今日のことだが...」


 俺は沈黙に耐えきれず、話題を振る。


 「何か分からないことでもあったの?」

 「いや、練習のことじゃないんだ」

 「...なに?」


 西条の顔を見るに、あまり乗り気ではなさそうだ。

 やはり俺たちのそれを青春と呼ぶのは不相応なのだろう。


 「今日、学校で西条から話しかけてくれたよな?そのことについてなんだが」

 「...それがどうしたの?」

 「あー、教室とか人目があるとこで話すとさ、他の奴らに変な誤解とかされるだろ?だからもう少し目立たないようにしないか?西条にも迷惑だろうしさ」


 昼考えてたことを伝える。

 俺だって本当はこんな話をしたいわけじゃない。

 でもこれ以外の話題に西条が答えてくれそうにはなかったから。

 

 「ふーん、そっか」

 「あぁ、だから...」


 少し身震いがした。

 次に彼女の口から発せられるであろう言葉を耳にするのを、無意識に身体が拒否した。

 西条との関係が崩れるのを恐れたのだろう。

 そうやって自分に言い聞かせる。


 「嫌」

 「うん、あぁ...え?」


 予想していたものと反する返答に動揺する。


 「私は別に気にしない。智和くんはそういうの気にするんだ?」

 「...え、あぁ。ま、まぁ、いちいち誤解を解くのも面倒だしな...?」

 「ふーん、なら尚更その提案は飲めないかな」

 「理由を聞いていいか...?」

 

 俺はどちらかと言えば、友人は少なかった。

 前はあまり人との関わりというものに重きを置いていなかったからだ。

 だから相手の心情とか、目には見えないが確かにそこにあるものとかを察するのが、俺はあまり得意ではない。

 

 俺の今までの経験と知識を使い、脳をフル回転させて思考を巡らせる。


 ふと、最近読んだ漫画の描写を思い出す。

 確かあれはツンデレヒロインが主人公に距離を置こうと提案されて、それを断るシーン。

 今まで素直に慣れなかったヒロインが、その時初めて主人公に本音を伝える感動シーン。

 

 その漫画の主人公を俺に置き換え、ヒロインを西条とすれば...

 

 「さっきも言ったように、私は気にしない。それなのに何で私が智和くんに気を使わないといけないのかな」

 「...まぁ、西条がいいならいいんだ」

 「そっか」


 ...仮定が間違っていたのだろう。

 冷静に考えれば、すぐに分かることだ。


 西条はツンデレヒロインなんかじゃない。

 俺に対して好意を持っているわけではないし、素直になれないわけでもない。

 やはり俺は相手の心情を汲み取るのが苦手なようだ。


 


 ...

 西条の家に着けば、お互いジャージに着替えて走り込み、その次は日が落ちるまでボールを使った練習。

 それが終われば西条一家と夕飯を食べる。

 食べ終えたら帰宅して、風呂や学校の準備などを済ませて就寝。

 これがここ最近の俺の日常。

 

 最初は結構キツかったが、日が経つにつれてだんだんと慣れていった。

 

 そんな日常も今日で終わり、いよいよ明日は球技大会本番だ。


 「明日は本番だし今日は早めに終わろっか」

 

 タオルで汗を拭きながら西条は言う。

 今日でこの姿の西条を見るのも終わりか。


 「わかった、じゃあ俺は帰るよ」


 地面に降ろしていた腰を持ち上げて、ズボンについた土を払う。


 「おつかれ、じゃあな」


 庭の隅の方に置いていた鞄を背負い、帰ろうとする。


 「...待って」


 呼びかけに答えて、西条の方へ振り向く。


 「どうかしたか?」

 「...もし明日智和くんが優勝したら、智和くんはどう思う?」


 質問の意図がよく分からないが、西条が普通のコミュニケーションを取ろうとしている。

 俺の課題に少し希望の光が見えてきた。

 

 「どう思うって...まぁ、優勝したんだなって思うんじゃないか」

 

 答えになってない気もするが、これが俺の正直な答えだ。

 それに考えるだけ無駄だしな。

 うちのクラスはバレー部が何人かいるが、1番上手い奴は他のクラスにいるらしいし。

 行けてせいぜい準決くらいだろう。


 「もし勝てたら、それは智和くんのおかげでもあるってこと忘れないでね」

 「...?あぁ」


 よく分からないが、これは激励的な何かか?

 まぁ、どちらにせよ良い傾向であることは確かだが。


 「明日の応援、楽しみにしてるよ」


 黄昏色に染まりながら微笑む彼女の姿は、やけに魅力的だった。

 

 「あ、あぁ、そうだったな。任せとけ」

 「じゃあね。気をつけて帰ってね」

 「じ、じゃあな」

 

 逃げるようにその場を後にする。

 不覚にも、西条の姿にときめいてしまった。

 

 「...あれは反則だろ」


 冷たくされたと思えば、急に優しくなる。

 西条の態度の温度差で風邪をひいてしまいそうだ。


 それに、西条に充てられてしまったのか、少しでも明日の球技大会を頑張ろうかなんて思ってしまった自分に嫌気がさす。

 これも西条の思惑通りなのだろうか。


 しかし、俺の考えは何一つ変わっていない。

 「結果の伴わない努力は無駄」その考えが揺らぐことは決してない。

 明日、俺の努力は無駄になる。

 それと同時に西条の努力も無駄になるのだ。

 

 西条が信じてやまない努力なんていうものが、いかに不確かで、不明瞭で、信頼できないものであるのかということを分からせる。

 

 何事も早いうちに諦めていれば、裏切られた時の傷は浅いから。

 最初は辛いだろうが、次期に慣れる。

 丁度、俺たちのやった放課後練習のように。

 

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