第3話 練習と団欒

 辺りを見渡す。

 錆びた遊具ばかりの公園、消えかけた止まれの道路標示、目に入る景色全てがもの懐かしさを感じさせる。


 道順はうろ覚えだったけど、なんとか目的地には着けそうだ。


 曲がり角を曲がり、少し歩く。

 西条の家の前に人影が見える。

 最初は誰かわからなかったが、少し歩けば西条だと気づく。


 「おーい、西条ー?」


 到着を知らせるため、声をかける。


 「西条ー?」


 返事がない、結構大きな声を出しているのにスルーされるのは心が痛い。

 

 「西条?どした?」


 近づいてもう一度声をかける。


 「遅い」

 

 ずっと黙っていた西条が口を開く。

 かと思ったらこちらをめちゃくちゃ睨んでい。

 どうやら西条はご機嫌斜めのようだ。


 「なんで遅れたの?」


 怖い、すっごく怖い。

 異性に睨まれると、こんなにも胸がキュンってなるのか。

 自分が何か悪いことをしたのだと思えてしまう。

 

 「すまん、一度家に帰って荷物置いて、着替えてきたんだ。時間の指定もなかったし、てっきりこれでいいものだと思っていてな」

 「...そっか、私もちゃんと伝えられていなかったみたい。明日からはもっと早く来てね」



 よかった、怒りは静まったようだ。

 言われのないことで怒られるのは、気持ちいいものではないからな。

 

 「とにかく早く始めよっか。まずは走り込みからね」

 「わかった」

 

 西条との放課後練習が始まる。


 そういえば、どのくらいの時間まで練習するんだろうか。

 まぁ、そんなに長くはやらないと思うが。

 多分夜までには帰れるだろうけど、一応後でそこら辺も西条に聞かなければならないな。


 



 ...

 「いただきます」

 

 もう無理。疲れた。腹減った。疲れた。


 西条との練習は想像していたよりもずっとハードなものだった。

 高校に入って部活を辞めてからろくに運動もしていなかったから、運動不足のこの体には中々厳しいもので。


 しかも練習は夜になっても続いた。

 現在、時計の時針は8の少し上を指している。

 

 「それにしても美味いな...」


 俺は今、カレーを食べている。


 「ほんと?おばさん嬉しいわぁ〜それにしても、智和くん本当に大きくなったねー!」

 

 もちろん、西条の家で。


 「まあ、俺ももう高校生ですから」

 「いやあ、智和くん!ほんとかっこよくなったな!だがしかし娘はやらんぞ!」

 「だめよ?お父さん。才華は智和くんにお嫁にもらってもらうのが夢なんだから!昔はよく言ってたもんね、才華?」

 「大丈夫だぞ才華!言ってみたかっただけだから!才華の意思を父さんたちは尊重するからな!」


 相変わらず賑やかな家庭だなぁ。

 久々に会うし最初は少し緊張してたけど、この人たちと話してるとそんなものすぐに感じなくなった。


 「いつの話を...」


 ため息混じりで呆れたように言う西条。

 あ、本当に言ってたのか。

 ちょっと照れるな...


 「智和くん、何ニヤニヤしてるの?その顔不愉快だから、早く食べて帰って欲しいな」


 「こら〜才華!そんなにつんけんしちゃって!女は愛想が命なのよ!これじゃあ、嫁に行けなくなるわよ!」

 「すまんな智和くん!娘は今素直になれない年頃なんだ!本当は可愛いやつだから、どうか今は耐え忍んでくれ。いつ才華も心を開いてくれるはずだから!」


 「お願いだから早く帰ってくれない?」


 心底疲れたような面立ちの西条。

 気の毒なので、少し急いでカレーを食べる。

 やはり西条母の飯は美味かった。



 

 「もう帰っちゃうの?泊まっていったら?」

 「一緒に男同士で話に花を咲かせようじゃあないか!」

 「さすがに泊まりは...明日も学校あるので」

 「あら残念、いつでも待ってるからね!泊まりたくなったら言ってね!」

 「はい、そうします」

 「...明日も練習はやるからね」

 「わかった、んじゃ帰るわ」

 「...あと泊まりは無理だよ」

 「わかってるって」


 靴を履いて、玄関のドアに手をかける。


 「明日も来るのよね?待ってるからね!明日の晩御飯はハンバーグだからね!」

 「お義父さんも待ってるぞ!」


 「あはは、明日が楽しみです。それと、夕飯美味しかったです、ごちそうさまでした。それじゃ、お邪魔しました」


 街路灯が照らす夜道を歩く。

 一歩一歩進むたび、身体中に痛みが走る。

 次期に慣れるだろうが、その間疲労感や筋肉痛に苛まれることになる。

 そう考えると明日が少し憂鬱になる。 


 少し気分を落としながら帰路についた。



 ...

 「...でさー、そん時のウチの彼女が可愛いのなんのって!もう駄目だわ俺幸せすぎる」

 「昼間っからお前の惚気とかどこに需要があんだよ」

 

 バカの相川の惚気に若干の毒を吐きつつ、昼飯を食べる。

 昨日の練習のせいで、見事全身筋肉痛。


 「智和も彼女できたら分かるって!マジで人生薔薇色って感じ?本当毎日楽しいわ」

 「うっぜー」

 

 別に彼女なんて欲しいとも思わない。

 これは強がりでもなんでもない、本心だ。

 今俺に彼女は居ないが、それなりに楽しい毎日を送っているし。

 別に現状には何の不満もない。

 だから多くは望まない、望んだところで手に入ることはないし。


 「智和くん、ちょっといい?」


 聞き慣れた声のする方に体を向ける。


 「ん?どうした西条」

 「今日のことで色々話さないといけないから、今日は家まで着いてきてくれないかな?用意は持ってきてるよね?」

 「分かった。用意の方も大丈夫だ」

 「そう、ならいいや」

 

 西条は淡々と要件だけを伝えてその場を去っていった。

 会話...というか事務連絡を終えて、目を点にして固まるバカに再度向き直る。

 

 「お、お前...まじか...」

 「何だよ」


 「やっぱりお前、西条さんと仲良いじゃん!嘘つきめ、隠さなくてもよかっただろ!」

 「いや、別に仲がいいわけじゃ...」

 「家行くって言ってたじゃんか!」

 「事情があんだよ」

 「事情って何だよ」

 

 「...球技大会の練習」

 「くだらない冗談言ってないではやく本当のことをだな...!」

 「いや、本当だし」

 「お前が球技大会の練習だぁ?何バカ言ってんだ。そう言うの1番やらないだろ、お前」


 まあ西条に近づくためにやってることだし、それが無かったら絶対やらなかったと思う。


 「一人でできる練習には限界があるからって、西条に頼まれただけだ」

 「本当かよ?」


 疑り深いなこいつ。


 「...俺と西条の会話、お前も見ただろ?仲良さそうに見えたか?」

 「確かにそう言われるとそういう雰囲気じゃなかった気がする」

 「だろ?だから仲が良いとかそういうのじゃないからな」


 「なんだよ、あの智和にも遂に春が来たのかと思ったのに」

 「前も似たようなこと言ってたよなお前。ていうか一体誰目線なんだ」

 「...保護者?」

 「いつからお前は俺の親になったんだ」


 学校で西条と話すと、何かと変な誤解や噂が立ってしまう。

 その都度それはただの誤解なのだと説明しなければならないのは、正直面倒だ。

 そこら辺も今日西条に話すとしよう。


 寄せていた席を元に戻して、次の授業の準備をした。

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