第2話 きっかけ

 西条才華との再会から数日が経った。

 何か進展があったわけでもなく、現状維持。

 手っ取り早く関係を修復するのなら、謝罪をするのが最良の選択だ。

 しかし、それだけはできない。


 西条才華の言う『失望』の原因は俺の考え方の変化によるものなのだろう。

 だから俺がここで謝罪をすることは、俺自身を否定することを意味する。

 なら俺は謝らない、謝ってはいけない。


 「結果の伴わない努力は無駄」


 俺の考え方には何一つ間違いなんてないのだから。


 それでも西条才華は俺を否定する。

 それはおそらく俺と西条才華の考え方が正反対のものだからだ。

 正確に言えば今の俺と昔の俺の考え方だが。


 西条の考え方は間違っている。

 彼女に間違った考え方を植え付けてしまったのは俺だ。

 信じてきたものに裏切られた時の傷は、そう簡単に癒えるものじゃない。

 だから彼女が傷つく前に、俺が責任を持ってその考え方を改めさせるべきなのだ。

 

 俺が西条才華と関わろうとする理由はそこにある。

 ただ、今のままでは西条才華を説得することは不可能に近い。

 だから彼女との関係修復は必須課題。

 このチャンスを逃してはならない。


 「これからよろしくな」

 

 俺は見事に席替えで彼女の隣を引き当てた。

 

 「...よろしく」

 

 こちらを見ないで澄まし顔で返答する西条。

 どうやらコミュニケーションを拒絶されているわけではないようだ。


 「こうやって並んで授業を受けるのも、なんだか懐かしいな」

 「昔とは色んなことが違うけどね」

 「まあ、3年も経ってるしな」


 西条の言う「色んなこと」に何が含まれているのかは、あえて言及しないでおく。


 「でも話せる奴が近くにいてよかったよ」

 「私はそうは思えないかな」

 「...そこは頑張って飲み込んでくれ」


 結構あたりがきついな....ここまで人に冷たくされるのは初めてかもしれない。

 俺のハートが割れてしまう前に話題をかえることにする。

 

 「そういえばもうすぐ球技大会だな」

 「そうだね」

 「西条は種目何選んだんだ?」

 「バレーだけど」

 「そうか、バレーか...」


 西条がバレーをする姿を想像してみる。

 きっと西条才華はそつなくこなすのだろう。

 ただ、その姿の裏には彼女の努力があることを忘れてはいけない。

 西条才華は努力を隠さない、彼女にとって努力とは当たり前にすることだから

 それ故に西条才華は人を惹きつける。


 「...何?」

 「ん?あぁ、ただ西条がバレーやってる姿を想像していただけだ」

 「...気持ち悪いね」


 西条はドン引きしていた。

 

 「いや、違うぞ!?邪な想像をしていたわけではないからな!本当だぞ!」

 「3年間で変態に成り下がっているなんて、思いもしなかったよ」

 「いや、俺は変態じゃない」

 「人の趣味嗜好にどうこう言うつもりは無いけどさ、本人に言うのはどうなの?」

 「ほんとに違うんだって...」


 また好感度が下がった気がする。


 「...とにかく、西条はバレーを選んだんだな?場所は体育館だったよな、応援行くから」

 「来なくて良いよ。寧ろ来ないで欲しい」

 「いや、それはできん。俺は西条が頑張る姿を見る必要がある」


 関係を修復するには西条の信用を少しずつ勝ち取っていかなければならない。

 まあ、さっきの発言で信用はガタ落ちしたわけだが。

 

 「...何で?」

 「それは、まぁ俺が見たいだけだ」


 このアプローチの仕方は少しキモいだろうか?...いや、大分キモいな。


 「そんなに見に来たいの?」

 「あぁ、めちゃくちゃ見に行きたい」

 「ふーん...」


 暫し沈黙の時間が続く。

 西条は何か思案しているようだ。


 「...智和くんは種目何選んだ?」

 「俺もバレーだけど?」

 「なら都合がいいね」

 「?」


 西条は何か思いついたようだ。


 「応援に来るにあたって、一つ条件ね」

 「条件?」


 ずっとそっぽを向いていた西条が、真っ直ぐ俺の目を見る。

 西条は昔の顔に戻っていた。

 どこか懐かしくて、魅力的で、今となっては少し不愉快なその表情で彼女は告げる。

 

 「智和くんも球技大会に全力で挑むこと。たったそれだけだよ。だから放課後私の練習に付き合ってね」

 「...そう来たか」

 

 ここでこの条件を飲まなければ、俺と西条との関係が本格的に悪化しかねない。

 だから俺はこの条件を断れない。

 背に腹はかえられない...か。


 「わかった、付き合うよ」

 「明日からウチの家の庭で練習するから。ウチの家の場所覚えてるよね?」

 「まぁ、一応は」

 「ならいいや、じゃあそういうことでこれからよろしくね、智和くん」

 「...あぁ、よろしくな」


 西条は一体何がしたいんだろうか。

 こんなことをしたって、俺の考えは変わらないし、否定できない。

 寧ろこれはチャンスなのだ。 

 ここで俺が本気で頑張って結果が振るわなければ、俺の考えの正しさをより強く証明できる。


 どうせ俺が何かを頑張ったところで、それなりの結果しか残らないのだから。

 

 

 

 

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