久々幼馴染がなんか冷たい

千羽カユラ

第1話 再会と始まり

 「俺は恋愛なんてしない」


 高らかに友人相手に敗北宣言をする俺。


 「智和の場合、しないっていうかできないんだけどな」


 目の前でパンを食う男が口を挟む。 


 「うるせーよ」

 「お前も好きなやつができたらわかるぞ?何だかんだ言って、結局1番楽しいのは恋愛なんだって」

 「くだらん」

 「強情だねー笑」


 何笑ってんだこいつ。

 ほんと、これだから彼女持ちは。


 「なんでそんな斜に構えるかねー...ってかさ、智和は気になるやつとかいないの?」

 「居ない。仮に居たとして、それが実ることはない。死んだ種が発芽することはないからな。俺はもう諦めてんだよ」

 「お前死んでんの?...まあ、そうなるのも仕方ないかなぁ。見てくれは別に悪くないのに...」


 ふいに肩をつつかれ、後ろに目を向ける。

 そこにはメガネをかけた真面目そうな女子が立っていた。


 「二階堂くん。古典の課題出した?」

 「あ、え、あぁ、ごめん忘れてた。これ...だよね?遅れてごめん」

 「いーよいーよ、じゃ次は気をつけてねー」

 「はは、うん、気をつけるね」

 ...


 「これだもんなぁ笑」


 ニヤニヤしやがって、見せもんじゃねーぞ。


 「何だよ」

 「ほんと智和は女子苦手だよなー」

 「仕方ないだろ、同性と話すのとでは訳が違うんだ。男のノリで行ったら引かれるかもしれないし」

 「お前は考えすぎなんだよ、普通に話せばいいんだって」

 「それができたら苦労しねーよ」


 俺にとっては男友達と駄弁ってる方が楽しい。

 女子といると気を遣ったりしないといけないから疲れるんだ。


 「で、本当に好きなやつとかいないの?」

 「今日はやけに浮いた話をしたがるな...一体どうした」

 「あくまで隠すつもりか?俺は知ってんだぞ〜?」


 にやにやと口角を上げながら男は言う。


 「何を?」

 「お前、あの西条才華と付き合ってんだろ?」


 一瞬思考が停止する。

 呆気に取られるというのはまさにこういうことなのだろう。


 「何のことだ?」

 「とぼけんなよ、昨日お前と西条さんが話してるとこ見たって奴がいるんだ。それも『非常に親しそうだった』とのことだ。噂になってんぜ?」


 だから今日はよく人に見られるのか。


 「西条とは昔からの知り合いなんだよ。昨日、久々に少し話しただけだ。付き合ってるとかそういうのじゃない」

 「何だよ、つまんねーの」

 「まぁ、そういうことだから他のやつにも違うって言っといてくれ。西条にも迷惑だしな」

 「んー了解、でも残念だなぁ。あの智和にもついに春が来たと思ってたのに...」

 「くだらないこと言ってないでとっとと準備しろ。次移動教室だぞ」

 「忘れてた、つーか時間ギリじゃん!やばいやばい!」


 急いで教室を出て4階の地学室に向かう。


 それにしても、傍迷惑な噂だ。

 俺と西条が付き合ってる?バカ言うなよ。

 そもそも昨日のだって何年ぶりかってぐらいだし。

 でも久々の会話があれか...




 あれというのは昨日の放課後のことだ。

 俺は提出期限の遅れた課題を出しに職員室に向かっていた。

 提出先は鬼教師こと数学担当の鬼頭。

 説教地獄が確定していたから、憂鬱な気分で渡り廊下をだらだらと歩いていたら、前を歩いていた女子生徒のポケットからハンカチが落ちた。


 「おーい、これ落としたぞー」 


 拾って咄嗟に声をかけると、振り返った女子生徒がこちらに目を向ける。


 「あぁ、ありがとう。智和くん」


 後ろ姿で何となく察しはついていたが、落ちたハンカチの主は西条才華だった。


 「若干ドジなとこは小学生の時とあんま変わってないんだな」

 「それは成長してないって言いたいの?」

 「ちょっとした冗談だ。気に障ったのなら謝るよ」

 「ふふ、別に怒ってないよ。でもこうして話すのは久しぶりだね」

 「そうだな、同じクラスなんだし本当はすぐに話しかけるべきだったんだろうけどタイミングがな...」


 ウチの学校は中高一貫校だ。西条は中学受験組で俺は高校受験で入ったから学校生活を共にするのは実に3年ぶりだ。


 「でも、懐かしいね」


 微笑みながら昔を懐かしむ彼女はとても魅力的で、思わず息を呑んだ。


 「...テニスはもうやめたの?」

 「あぁ、まあな。でもよく知ってるな」

 「男子テニス部に智和くんの姿はなかったから」

 少し落ち込んだような表情をする西条。 


 美少女の顔を曇らせてしまって少々罪悪感を感じる。


 「今は勉強に力を入れてるの?」

 「前の中間考査は400人中364位だったな」

 「...他には何かやってたりしないの?」

 「特に何も。強いて言うならゲームくらい」

 「じゃあ、今はそのゲームを頑張ってるとか?」

 「頑張るって言うか、ただの暇つぶしだからな。そこまで熱があるわけじゃない」


 久々に話すが、結構いけるもんだな。

 やはり西条は話しやすくて助かる。

 幼馴染ってこともあるんだろうけど。


 「...やっぱり変わったね、智和くん」

 少し寂しげな表情で彼女は呟く。

 「まぁ、人間3年もあれば変わるだろ。西条もだいぶ変わってるし、正直驚いたよ」

 「...智和くんほどではないよ。私の知ってる智和くんは、何にでも一生懸命で、一回やるって決めたら絶対諦めない、そんな人だった」


 なんか気恥ずかしいな...

 美少女に褒められて嬉しくない男はいない。

 俺もまたその一人。


 「...まー昔のことだしな。成長して色々気づいたんだよ」

 「色々って...?」

 「...俺がどれだけ本気で頑張ったって、手に入れられるものは中の上...もしくは上の下程度のものってことかな」

 「...」


 中学3年の頃、ようやく理解したことだ。

 俺は多分、才能ってもんが無い。

 少しでも睡眠時間を削って勉強したところで、いつも順位は2桁どまり。

 小学生の頃から続けていたテニスも最高戦績は県2回戦負け。

 俺は1番になりたかった。

 でも現実は非情で、どれだけ努力しても上には上が居るということだけを告げてくる。


 「まあ、言い換えるなら結果の伴わない努力は無駄だってこと」

 「それ、本気で言ってるの...?」

 「ん?あぁ、うん。ど、どうした?」

 「そう...やっぱり、変わったね」


 先ほどまでの昔を懐かしむ雰囲気はとっくに消えてしまっていた。

 いつしか、彼女の俺を見る目は軽蔑の眼差しに変わっていた。

 

 「失望したよ」




 たった一言。どこか悲哀さを感じさせる彼女の冷たい声が、今も頭の中で響いている。


 「...どこが『非常に親しそう』なんだよ」


 俺に失望?そんなもんこっちはとっくに済ませてるっつーの。


 「どした?」

 「いや、何でもない」

 「?ならいいけど」

 

 しかしどうしたものか...

 現状、西条才華の俺に対する好感度は低い。

 仲の良かったやつに嫌われるのは、少々心苦しい。

 どうにかして関係を修復したいが、一体どうするべきなのだろうか。


 一人懊悩しながらバカな友人と共に地学室の扉を開けた。


 

 

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