第八話 魔法使いと文学少女(2)
次の日。
私は水巴さんを四六時中尾行することで、彼女の学校での動向を探ることにした。
四六時中、と言っても、学校での自由な時間なんて、登校時と、休み時間と、放課後くらいのもので、大変な事でもない。
彼女は今日の朝も旧校舎に行っていたが、それ以外は、特に変わった様子のないまま、昼休みの時間がやって来た。
今は自分の机で一人、黙々と昼食を摂っている。
休み時間も、このように黙々と読書をやっていた。
今のところ、彼女の学校生活は正に、絵に描いたような、本の虫だ。
……やっぱり、今の彼女を探るだけでは限界があるのだろうか?
彼女と漆城の間にあった出来事、それを明らかにしない限り、彼女の失くした物も分からないのかもしれない。
でもそれは、本末転倒というものだ。
何故なら、私は彼女と漆城の間に何があったのか、それに繋がる要素てして、彼女の失くした物を調べているのに過ぎない。
私は正義感が強い訳では無いし、英雄願望も無い。
それさえ分かれば、彼女が探し物が見つからなかろうが、どれだけ泣き喚こうが、栓無きこと。
結局私に出来ることは、今の彼女をただひたすら、観察することだけなのだ。
なんてったって、彼女について、クラスメイトですら詳しく知らないのだから、それぐらいしか、彼女を調べる術がない。
全く、学生は学生らしく、親しい人間の一人や二人は作っておくべきだ。
人は一人では生きていけないんだぞ、おばちゃん、水巴ちゃんの将来が心配だよ。
……真面目な話、彼女について知っている人間が、この学校には明らかに少ない。
誰もが表面上の、薄い印象しか答えてくれないのだ。
「……はあ」
「ため息は幸福が逃げるらしいよ。どうしたんだい?」
「ちょと……あの娘の将来が心配で……」
「え?母親?」
赤藤は断りなく勝手に机を寄せてきて、私はなし崩し的に彼女と昼食を一緒にすることになっていた。
「……水巴さんって、友達いないのかな?」
「水巴ちゃんも、君にだけは言われたくないだろうね」
失礼な。
私はいないんじゃない。
作らないだけだ。
「周りの人達、流石に彼女のことに興味なさすぎじゃない?」
「……ほんと、君にだけは言われたくないな」
ん?赤藤が何やら怒っているようだが、何だろう?心当たりがないな。
「赤藤は、何か知らないの?」
「だから、あまり人様の都合に首を突っ込むもんじゃ……」
「私と水巴さんはクラスメイト。仲良くなる為に、相手のことを知りたいと思うのはそんなに悪いことなの?」
「……こういう時ばかり、口が達者だね、君は」
彼女はスマホを取り出して操作する。
「私だって、彼女のことは心配している。前にも言ったが、彼女は人には言えない何かを抱えている。それに、私が名前を呼んだ時のあの反応。彼女は自分の名前を呼ばれることにひどく恐怖しているようだった。これまで十何年付き合ってきた、自分の名前だ。それを恐がるのは、明らかに異常だろ?単なるプライベートだったらいざ知らず、彼女に危険が迫っているなら黙って見ている訳にはいかない。だから、彼女のことはもう一度調べていた。でも……」
「出てこなかった。でしょ?」
「……ああ。彼女の元のクラスメイト、その誰もに問い質しても、有力な情報は返ってこなかった」
彼女はスマホから、SNSの画面を見せる。
私は彼女の手からスマホをひったくって、スクロールしてメッセージのやりとりをチェックする。
そこには水巴さんの、元クラスメイトと思われる生徒たちとのやりとりが残っていた。
確かに、全員が無関心を決め込み、はぐらかそうとしているように見える。
私の時と、一緒だ。
本当に彼らは、彼女のことを知らないのか?
見掛けることくらいはあるだろう。
言葉を交わしたことだってあるだろう。
一年間同じ教室で一緒だった生徒を、誰も気に留めていないなんて、本当にあるのだろうか?
何より、彼らから出てくる、水巴さんについての情報は、どれも似たような、当たり障りのないものばかりだ。
誰もが、同じことを言っていた。
詳しい人間、無関心な人間と、普通はもっとムラがあるものではないか?
それに変なんのはもう一つ。
彼らは、これだけ彼女については関心がないのに、知らない、という人は思いのほか少なかった。
全員が等しく、彼女については喋りたくなくて、濁している。
「知らないじゃなくて、言いたくない、か」
「曲ちゃん?」
「まるで、水巴さんについて触れたくない、と言ってるみたいね」
「……まさか」
「あり得るでしょ?クラス全員が口裏を合わせて、彼女について隠したいのよ」
ここはただの集団じゃない。
何の統一性と共通点も無い、主義主張の違う未熟な学生たち押し込められた社会集団だ。
現代において、その可能性は本来疑わない方がおかしい。
集団の中で、突き抜けて優れた者、劣った者、特異な者を排斥し、攻撃する行為。
つまりイジメの対象に、水巴さんはなっていた可能性がある。
加害者がクラスに恐怖政治を敷いていたなら、自分が標的にならないよう、クラスのその他連中は口を噤むだろう。
「……だが、問い詰めようにも証拠が無い」
赤藤の言う通りだ。
確かめようにも、外からでは迂闊に手が出せない。
もし行動を一つでも誤ってしまえば―――例えばイジメの首謀者に向かって問い詰めてしまえば、逆恨みで水巴さんに被害が及ぶかもしれない。
確かめるなら、出来るだけ末端の、教室内の第三者である方が良い。
「勿論。安易には動けないでしょう。でも、当たりを引かなければいい、でしょ?分の良い賭けじゃない」
「駄目だ。危険すぎる。水巴ちゃんにも、君にとっても」
「心配してくれるんだったら、確率を少しでも上げる為に、協力してよ。えっと、ここに彼女の元クラスの生徒は全員入っている?」
「……ああ」
流石は赤藤涼香。
とてつもなく広い人脈だ。
私は精々、十人くらいに聞くのがやっとだった。
彼女のSNS画面には、目当てのアカウントが分かりやすいように、元クラス名と本人達の本名が付けられていた。
「ねえ、写真は無いの?」
名前だけでは、知っている顔も一致しない。
「……待って、これだ」
見せてくれたのは、水巴さんの元クラスの全体写真だった。
その中には、水巴さんも端っこの方に、しっかり写っている
「……あれ」
写真の中央に、見覚えのある顔があった。
「赤藤、この人は?」
「ん?ああ、竹中だよ。知らないかい?校内ではちょっとした有名人だ」
初耳だ。
だが、私は彼を見たことがある。
昨日の、旧校舎からの帰り。
出くわしたガラの悪いグループの、中心にいた男だ。
よく見ると、彼の両隣、その隣も、あの時すれ違ったグループの中に、同じ顔がいた。
彼らは、水巴さんの元クラスメイトだったのだ。
偶然……だろうか?
「竹中勝。竹中製薬の御曹司。成績優秀、人当たりも良くて、見た目は少々ヤンチャだが、教師の覚えも良い生徒だ。まさか、彼が?」
権力者の息子で、本人も能力に秀でている。
しかも写真の中心にいる。
旧校舎の件を無視しても、彼の境遇や立場から、彼がクラスをまとめ上げていたリーダー格ならば、彼がイジメの首謀者である可能性が高い。
「分からないわ。水巴さんがイジメられていたかもっていうのが、そもそも証拠が無い私たちの推論。もっと調べないと」
「……すぐに確かめる方法はあるさ」
「え?」
赤藤は水巴さんの方に向かい、二、三言葉を交わした後、彼女を連れて教室の外へと出て行った。
……ったく、私にはやめとけって言ったのに。
でも、まず間違いようない選択ではある。
探りを入れても彼女に被害が及ばない人物、それは他ならない、彼女自身だ。
私も急いで、彼女たちについて行く。
「うん。ここら辺で良いかな」
二人が向かったのは、校舎一階の、本校舎と文化棟を繋ぐ渡り廊下。
ここらへんは普段使いの教室が少なく、人が通りかかることも少ないだろう。
「……ぅあ、真ヶ埼さん?貴女も、ですか?」
水巴さんが、後から追いついてきた私に気付く。
「う、うん。まあね……」
彼女の警戒心が、また一段、上がった気がした。
昨日の不躾な詮索からの、今日なのだから、それも当然か。
「それで、話って何ですか?」
「……今からする話は、私と君、そして曲ちゃんの三人だけの秘密にすると約束する」
成程、赤藤がどう彼女を口説いてこの場を用意したか疑問だったが、どうやら赤藤は、拒まれることを見越して、敢えて詳細を語らずにここまで水巴さんを連れ出したようだ。
「小八重ちゃん」
「……その呼び方、やめてって言いましたよね?」
「どうしてかな?自分の名前だろ?変わった名前ってわけでもなしに」
「それは……」
「水巴ちゃんはまるで、名前を呼ばれるというその行為自体を、怖がっているようだった。それ自体に、何か嫌な記憶でもあるのかい?」
「……あなた達には関係ないですよね」
「そんなことはないさ。困っているクラスメイトを見掛けたら、助けたいと思うのは当然の成り行きだろ?」
私は違うけどね。
単に漆城殺しの犯人を見つけるために、仕方なくやっているに過ぎない。
お人好しは、赤藤だけだ。
と、わざわざ口には出さないが、心の中で補足する。
「小八重。その意味を考えるのではなくて、音を聞くべきだったんだ。小八重、コバエ、こばえ。他人からすれば矮小で、子供じみたものに感じるけれど、そこにさらに負の記憶が結びついているのなら、当事者からすれば、トラウマになってもおかしくない」
こばえ。
つまり、小さな蠅。
子供じみた、嫌がらせ。
無邪気の悪意による、言葉遊び。
―――くだらない。
だが、もし彼女がイジメられていたのなら、その言葉は正に、負の象徴になるだろう。
「水巴ちゃん。君が、前のクラスで何があったのか。どんな仕打ちを受けていたのか、聞かせて欲しい」
……彼女は黙ったまま、目を瞑っている。
彼女が一体、どんな経験をしたのかは分からない。
だが、簡単に赤の他人二人に話せるものでないことは分かる。
……無理か。
流石に、唐突過ぎたな。
赤藤とも目を合わせ、そう諦めかけた頃、彼女は口を開いた。
「―――違います」
違う。
小さな、絞り出した声。
けれど力強く、はっきりと彼女は言った。
「私は何もされてません」
彼女は私たちの考えを、否定する。
私たちの懸念を、結論を、否定する。
「私が、全部悪いんです」
懺悔するように、否定する。
「私はただの……醜い蠅だから」
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