第七話 魔法使いと文学少女(1)


さて、情報を整理すると、今の私の目的は漆城がどうして朝早くに登校していたか、それを突き止めることだ。


最終的な目標は彼女を殺した人間を見つけること。


その足掛かりとして、彼女の過去の動向や関りがあった人間を調べている。


水巴さんについての調査は、二人とも朝早くに登校していて尚且つ、水巴さんが漆城との中で何かあった様子だから、故人を調べるよりも生きている人間の情報の方が集めやすいと判断して、行ったものだ。


もしそれが水巴さんだけの、個人的な事情ならば、私が彼女についてこれ以上調べる必要は無い。


あくまでも個人の問題であり、割って入るべきでもないだろう。


水巴さんは失くした物を探す為に、朝早くにあの旧校舎を訪れていた。


よって問題は、それが本当に漆城と関係があるか否か、である。


それを確かめる為に、次は漆城の朝早くの登校の目的を探り、水巴さんとの関連性を照合することが必要だ。


漆城の目的がまた別の物だったら、漆城と水巴さんとの間にあった何かは、水巴さんの今朝の様子とは全く関係ないことが、確かになる。


「羽火がどうして朝早かったか?私が知ってると思うのかい?」


とりあえず私はもう一度、放課後に周りでは帰り支度を整えている中、赤藤に漆城のことを聞いた。


彼女は私が知る限り唯一の、漆城と水巴さんの朝早くの登校を知っている人間なのだ。


「何でもいいの。二人の様子とか、憶えてることはどんなことでも……」


「うーん……」


言葉では思い出している風をしているが、実際の彼女は私の方をじっと見ている。


「何?」


「……いや、随分素直に相談するんだな、ってさ。ツンデレの君にしては珍しい」


「……分かった。もう聞かない」


「ちょっ、冗談だよ、冗談。思い出す!思い出すからさ……冷たいなあ。えーっと。二人についてだろ?」


私が帰る素振りを見せると、彼女は慌てて今度は本当に思い出している風で、うんうんと頭を抱えている。


初めからそうすればいいのに、彼女は一度茶化さないと真面目に話せないのだろうか?


「……君、今私に対して、すごく失礼なこと考えてない?」


「いいえ。極めて真っ当な評価を下したところ」


「そっか……本当にそうかい?信じるよ」


「そんなことより、何か思い出せないの?」


「そんなことって……まあいい。悪いけど、憶えていることは二人を見たことくらいだよ。私も朝練がある時にチラッと見たくらいで、それに、毎日彼女たちを見ていた訳ではないからね。多くて、月に数回やそこらだ。話す機会も無かった」


「漆城には聞かなかったの?」


「それとなく聞いたことはあったよ。ただ……」


『すまない、涼香。これは委員会に関するトップシークレット。いかに盟友であるお前でも、おいそれと口にできることではないのだ。分かってくれ』


「……だそうだ」


「……そ、そう」


意味あり気な笑みを浮かべて、その言葉を口にする姿がありありと想像できる。


彼女らしい、設定だ。


「あ、でも、ここ最近ちょうど、漆城にあんなことがあった日くらいからは、毎日水巴ちゃんのことは見てるな。目は合わしてくれないけど……」


ということは、漆城が殺される前までは、二人はそこそこの頻度で朝早くに登校し、漆城が殺された後、それが理由かどうかは不明だが、ほぼ毎日あの旧校舎に行っていることになる。


「……知っているのはそれくらい、かな」


「そう」


時間を取らせた割に、使えない。


私は踵を返す。


「あ!ちょっと曲ちゃん!今私のこと使えないって思っただろ!?」


「ええ」


「そこは嘘でも取り繕って欲しかったよ……」


彼女は下手な泣き真似をしながらチラチラこちらを窺っている。


……めんどくさ。


ため息が零れる。


「一応、ありがとね」


「……!デレた!!曲ちゃんがデレた!!」


「はいはい」


煩い彼女を尻目に、今度は本当に私は自分の教室を出て行く。


まあ、ダメ元で聞いてみただけだ、あまり期待はしてなかった。


しかし、普段周りの人間をよく見ている赤藤でもああならば、彼女以上の目撃情報を見つけることは難しいな。


となってくると、結局漆城の早い登校については、今持っている情報から考えるしかなさそうだ。


「曲ちゃ~ん。待ってって」


私が帰るために下駄箱に向かっていると、赤藤が後ろから追いかけて来た。


「聞くこと聞いたら用済みってひどいなあ。私も、途中までは一緒に行くよ」


「別に構わないけど……」


私はちょっと待って、彼女が隣に来たのに合わせて、再度歩き始める。


「それにしても、どうしてそんなに羽火のことを調べてるんだい?」


「悪い?」


「別に悪かあないけどね。曲ちゃん、彼女のこと苦手だったでしょ?」


「貴女と同じでね」


「あはは、知ってる」


赤藤はヘラヘラ笑う。


表情が読めない。


「反りの合わない人間に対して、そのことを隠して接するタイプや、力で否定するタイプ、色々いるけど、曲ちゃんの場合は徹底的に無関心になるタイプだ。そういう人生を、君は歩ん来たんだろ?」


「……それが、わ――」


「悪かないよ」


彼女は私の言葉を先回りして潰す。


「ただ、そんな君が、自分の生き方を変えてまで、羽火と―――水巴ちゃんについて首を突っ込んでいる。単なる好奇心という訳でも、なさそうだ」


「……私がもし答えたして、それを聞いて、貴女はどうするの?」


「その想定には意味がない。曲ちゃんは答える気なんて無いだろう?私がしたいのはね、忠告だよ」


「忠告?」


そうこうしている内に下駄箱まで着く。


彼女は私に背を向け、靴を履き替えながら続ける。


「そそ。羽火と水巴ちゃん、2人のことを知る―――とりわけ、羽火について調べているということは、曲ちゃんは今、恐らく大きな難題に直面しているんじゃないかな?漆城羽火を知るということは、そういうことだ」


「まだ2人が関係している決まった訳じゃ―――」


「いやいや。曲ちゃんも見たでしょ?水巴ちゃんのあの反応と、2人の、同じ時間での不可思議な動き。それで関係が無いって方が、私は無いと思うよ。そして、2人の動きの理由について、曲ちゃんは答えを出せていない」


まるで今日の私の動向を見てきたように、彼女は次々と私の脳内を暴く。


これだから、彼女は苦手だ。


人の心と思考を掌握するのが、異様に上手い。


「私が言いたいのはね、考えても、仕方ないことは有るってこと、普通に、筋道立てて、式を使って、法則を用いて、導けないことは確かに存在し得るということさ。この世界には不思議や超常、とにかく理由の説明がつかない現象が確かにあり、論理から外れた物事は意外と多いのさ。羽火に関しては、特に、ね」


彼女は靴を履き終えて、こっちを向く。


「だから、曲ちゃんが関わるべきじゃない。私も含めて、大抵の人間にとって、アレは想像を越えた存在なのさ」


「……何それ?魔法、とでも言いたげね。私。それ嫌いなんだけど」


私は、魔法が大嫌いな高校生。


「曲ちゃんの嗜好はどうでもいいよ。魔法……その表現も悪くないかもね。なんせ、彼女は魔法使いだ」


「……魔法使いなんて、ただの痛い設定じゃない。本当に、そんな妄想を信じてるの?」


「確かにね。でも、否定することも難しい、と私は思うよ」


そういえばそんなことを、漆城も言っていたな。


中々に強引な屁理屈だった。


だが、赤藤にとっては、その屁理屈にも何かしら納得出来た部分があったのだろう。


私にとっては、中二病でペテン師の彼女にも、赤藤にとっては、また違う見えかたをしたのだろう。


赤藤涼香。


彼女もまた、漆城羽火をよく知る人物の一人。


そんな彼女が、これ以上関わるべきではないと、私に釘を刺す。


それはまるで、彼女自身、その難題とやらを経験したことがあるような、言い方と確信だった。


自分と同じ過ちを繰り返さないようにしているみたいだ。


でも、彼女には悪いが、私には関係が無いことだ。


「そ、忠告ありがとね」


聞く耳は持たないと、意思も交えて、そう返す。


漆城羽火は魔法使いではない。


ただのペテン師だ。


その部分において、私と赤藤の考えには大きな隔たりがある。


彼女の主観と主張は、私にとって聞き入れる価値が無い。


「……余計なお世話だったみたいだね」


「本当にね」


「まあ、精々頑張りなよ」


彼女も折れてくれた。


そこまで自分の主張を押し付けようとは思っていないらしい。


あれ?そういえば、何か忘れてる気がする。


……あ!赤藤の奴、2人の不可思議な動き、と言った。


まるで、2人の朝の動きに関連性があるかのような言い草だ。


どうしてだ?


水巴さんは旧校舎に向かっていた、でも漆城は?どこに行っていたかは分からない筈だ。


私は振り返り、背を向けている赤藤を見る。


「ん?どしたの?」


彼女の肩に背負っているもの。


長く、細い円筒。


「赤藤……それ」


「何?ああこれ?」


彼女は肩に掛けてあったそれを手に取る。


「部活で使う、竹刀だけど……」


「何で?」


「いや、なんでって……」


竹刀。


それを使う部活なんて、限られている―――


「私が、剣道部だからだ。……まさか、曲ちゃん、知らなかった?こんなに目立つの持ってるのに?2年も一緒のクラスなのに?」


信じられない、という顔をしている彼女を無視して、私は頭を回す。


剣道をする場所といえば、武道場。


武道場といえば、校舎裏。


そこから先は、旧校舎と第一運動場しかない。


赤藤は武道場で朝練をしていて、その時に2人を見たのだ。


あんな場所に行く人間なんて限られているし、それは即ち、通る人間の目的がある程度共通しているということだ。


だから赤藤は、2人に何かしら関係があると判断した。


私は、水巴さんはそこを通って、旧校舎へと向かっていたことを知っている。


じゃあ、漆城は?


漆城についても同じく、武道場付近で見掛けたのだとしたら、漆城の行き先は第一運動場か、旧校舎。


「本当に知らなかったのかい?それはちょっと、ていうか、かなりショックだよ」


「ねえ、赤藤」


「何だい?こっちは結構真剣に傷つ……」


「漆城は、第一運動場に何か用があったと思う?」


「……いや、無いだろ。彼女は運動部でも、走るの大好き元気っ子って訳でもない」


「……そう、よね」


漆城の行き先も、同じく旧校舎である可能性が高い。


水巴さんが失くした物を探していることには、何らかの形で、漆城も関わっている。


失くした物。


それが、2人の間にある何か、だったのだ。


これで、繋がった。


やることが一つに定まった。


水巴さんの失くした物。


それについて、調べるだけでいい。


「……あれ?どうしたの?」


答えに辿り着けたことの功労者である、赤藤はというと、肩を落とし、ジト目でこちらを睨んでいた。


お?何だ?話があるなら聞くぞ。


今の私は気分がいい。


「……別に、曲ちゃんが私に心底興味がないことが、よく分かったよ」


「そんなこと……あるわね」


私は、赤藤のことをまるで知らなかった。


でも、これだけは言える。


「だけど、その認識は改める必要があるわね」


「へえ、どんな風に?」


赤藤涼香。


彼女は―――


「意外と使える奴じゃない」


「いや、嬉しくないよ」


即座にそう、返された。

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