第四話 文学少女の反応

水巴小八重。


私の、今のクラスメイト。


去年は違うクラスだったので、彼女について、私はよく知らない。


彼女は自分の席で、静かに読書をしていた。


ぱっと見は、クラスに一人はいるような、地味な文学少女と言った所か。


制服もきっちり着こなして、正に模範的な生徒然としている。


漆城羽火とは、接点があるように思えない。


「……私には、変わった様子は見えないけど?」


そもそも、平常の彼女を知らないのだ。


変化したかどうかなんて分かる筈がない。


「私だって、彼女を深く知ってる訳じゃないさ。クラス違ったし。でも彼女は、私達に似てるんだ。何となくね」


「私達に似てる?」


「雰囲気が、だよ。羽火がこれ以上揶揄の対象にならないよう、口を噤んでいた私達と、今の彼女はよく似ている」


漆城羽火の死には様々な憶測が飛び交った。


彼女と親しかった人物ほど、彼女の墓を暴く行為をされないよう、生前の彼女について多くを語ろうとはしなかった。


まあ、私は野次馬を散らすという目的もあったけれど。


特に、彼女の元クラスメイトたちに、それは当てはまるだろう。


そのお陰で、彼女の死はそれ以上更新の無い、面白味の無い情報となり、大衆の興味が急速に失せていったのだ。


「触れて欲しく無いから、黙ってる。そんな感じだ」


「ふーん?」


改めて彼女の方を見てみる。


すると、先程まで読書中だった彼女ら顔を上げ、私と彼女は目が合った。


が、彼女は直ぐに私から目線を外し、手元の本へと戻っていく。


「……そう?私には分からない」


「まあ、曲ちゃんだからなぁ」


「どういう意味よ?」


「別にー?」


そうやって軽口を叩きながらも、私は水巴さんについてもう一度考える。


赤藤の言葉を信じるなら、彼女には何か、隠し事がある。


でも、人間誰しも隠し事の一つや二つ、あるだろう。


それが漆城に関係するとは限らない。


彼女が元来、秘密主義な可能性だってある。


今の彼女を見ると、何ならその可能性の方が高いのではないか?とすら思う。


そして前提として、彼女と漆城は違うクラスで、学校では似ても似つかない立ち位置にいる。


彼女が漆城と関わりがあったとは思えない。


この事件には無関係な人物だ。


それが、私の出した結論だった。


何事も絶対、という決めつけは良くないが、少なくともそこまで彼女に気を配る必要はない。


そう考えた。


けれど、その結論は、次の赤藤の言葉で覆ることになる。


「彼女も、羽火と親しかったのかもしれないしねぇ。そういう意味でも、私達と同じなのさ」


「だから、私は別に漆城とは……待って、親しかった?漆城と、彼女が?」


「ん?ああ。あくまで私の予想だけどね。今となっては、本人に問い質すのも憚れるし、確認しようが無いさ」


赤藤はそう言って肩を竦めた。


……彼女の言うことは最もだろう。


仮に、水巴さんが漆城と親しかったのなら、今はそっとして上げた方が良いに違いない。


それが分別を弁えた者の対応ということだ。


だけど―――どんな手掛かりであっても、私は見過ごすわけにはいかない。


それが、私の為であり―――漆城の為なのだ。


「どうして、そう思うの?」


「それは……」


赤藤の言葉は続かない。


だが、私が決して折れないと思ったのだろう、根負けし、渋々といった様子で話し出した。


「……羽火ってさ、学校来るのが早かったんだよ。私と同じくらい。それは、最期まで続いたあの娘の習慣みたいなものさ」


彼女の発見時は7時35分。


朝のHRは8時半なので、約一時間早く来ていたことになる。


部活の朝練とかの特別な事情が無い限り、生徒がそんな早い登校をする理由はない。


彼女は、そんな時間に学校で一体何をしていたか?


それは、事件を調べる過程で、私も疑問に思っていたことだ。


「私も朝練あったから、羽火とも何度か会ったりしていた。羽火が死んだ日もね。これは前にも話しただろ?」


私が集めた、事件当日の漆城の目撃情報。


彼女はその情報提供者の一人だ。


「それで、ちょうど同じくらいの時間かな、小八重ちゃんのことも、何回か見たことがあったんだよ」


「羽火が死んだ日にも?」


赤藤は首肯する。


「それは、間違いない?」


「?多分ね。記憶力には自信がある。ただ、2人でいた所は見たことないけどね。だから、単に偶然ってことも……て、ちょっと曲ちゃん?!」


彼女の言葉を聞き終わる前に、私の足は真っ直ぐ水巴さんの方に向かっていた。


本人に確認する方が早い。


「水巴さん」


「ふぇ?!あ、はい……どうか、しました、か?えっと……真ヶ埼さん?」


読者に耽っていた彼女は、慌てて顔を上げた。


「貴女に聞きたいことがある」


「……!何ですか?」


「水巴さんって、随分早く登校してるらしいけど、何かしてるのかなって、部活でもやっているの?」


「それは……えぇっと……」


彼女は言い淀んで、なかなか答えようとしない。


ただの部活動なら、こんなに悩む必要はないだろう。


私のような赤の他人に聞かれたくない、とういうことだったら、私の事なんか突っぱねれば良い。


でも、彼女は答えるでもなく、拒否するでもなく、沈黙を貫いている。


何か、公にしたくない事情があるのは明白だ。


もう一歩踏み込む。


「漆城羽火とも、何かあったんじゃない?」


彼女の名前を出した途端、水巴さんの身体は固まり、手元の本を床に落とした。


「……い、言いたくない、です」


やっとのことで、その言葉を絞り出した彼女は、落とした本を拾い上げる。


……不器用な娘だ。


彼女と殆ど初めて会話した私は、まずその印象を受けた。


『言いたくない』


その言葉は裏を返せば、漆城との間に、何かは有ったことを認めている。


知らない。


その人は誰?


もし彼女が本気で隠し遠そうとするなら、そういった返答をするべきだった。


拒絶の言葉では無く、無知を装う言葉を選ぶべきだった。


彼女は突然の状況の変化に弱く、気も弱い。


もう少し押せば行ける。


そう思い、彼女にさらに追い撃ちをかけようとしたところで、私は手刀で頭を軽く叩かれた。


振り向けば、赤藤が半目で私の事を睨んでいる。


「曲ちゃん……それはノンデリだぞ。ツンデレでノンデリって、リアルじゃ受け入れられない属性ツートップじゃないか」


「だから、ツンデレじゃ―――はあ、ごめんなさい、水巴さん。いきなりこんなこと言って」


赤藤の言う通り、ここまで一気に踏み込むのは、流石に強引に事を進ませようとし過ぎだ。


私も、不利な立場故に焦っているのだなと、自認する。


「いやー、本当ごめんね、こばえちゃん。曲ちゃんってばツンデレさんなんだよ。でも、悪い娘じゃ……」


「だから―――」


ツンデレなどでは断じてない。


そう、念押そうとした。


だが私と赤藤の掛け合いは、バサリ、という音に遮られる。


音の鳴った方を見ると、水巴さんが再度、手元の本を床に落としていた。


さっきとは違い、水巴さんは直ぐに広い直そうとはしなかった。


それどころか、落ちた本を見ようともせず、私達に向かって声を荒げる。


「あ、あの!それ―――名前で呼ぶの、止めて下さい!」


気弱そうな彼女からの、予想外に出た大声。


騒がしかった教室が、一瞬静まる。


「……あ、ごめんなさぃ」


自分がクラスの注目を集めていることに気付いた彼女は、慌てて本を手に取ると、羞恥から赤く染まった顔を覆い隠す。


「い、いや、此方に非があるんだろう?すまないかった」


先程の彼女の気迫に押され、普段は飄々とした態度を崩さない赤藤が、素直に謝罪する。


何だ?今の水巴さんの反応は?


名前を呼ばれただけで、そんな過剰反応をするものだろか?


彼女はそこまで気難しい気質の人間なのだろうか?


もし急な距離の詰めかたから反発したのなら、赤藤が他人との距離感を見誤ったというのも、珍しく思う。


名前を呼ばれたときの、彼女の切羽詰まった様子。


そこには私に詰められていた時の、気圧されている、というよりも、怯えているような、そんな感じがした。


今ここで、彼女に聞いても答えてくれないだろう。


触れないで欲しい。


決して踏み込ませない。


口には決して出さないが、彼女の態度が、それらを暗に示していた。




漆城と水巴さんの間に何かあったのは間違いない。


その何かに対して彼女が口を噤んでいる姿は、詰められようとも必死で抵抗を続ける、ある意味で強い覚悟を以て秘密を守っているように見えた。


だけどさっきの彼女の反応は、それとはまるで異なり、暴かれることを終始恐れて、逃げ回っている感を覚える。


守りたいものと、逃げたいもの。


その二つを、彼女は今抱えているのだ。


逃げたいもの、とはなんだろう?


恐怖の対象。


思い出したくないもの。


過去のトラウマ?


もしくは―――罪の意識?


まだ、それが漆城の殺害に関係があるかは分からない。


だが水巴小八重という人間を、私はもっと調べるべきだと思った。


きっとそれが、漆城を殺した犯人に繋がると、そんな気がした。



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