第三話 魔法使いの残香


自称魔法使い。漆城羽火が死んで一カ月。


彼女の死について、既に学校の生徒の殆どは触れることが無くなった。


人の噂も七十五日。


日数はまだ半分にも満たないが、今は大量の情報が常に更新され続けるSNS全盛の時代だ。


もしこの言葉を改訂するのなら、一週間ですら長過ぎるくらいだろう。


況んや、1ヶ月もあれば、彼女とそれ程関り合いの無かった人間は、興味が失せている。


つまり、今も尚彼女を気に掛けている人間は、必然的に彼女と関わりが深かった、彼女のことをよく知っている人間に限られるということだ。


私は彼女が殺されたこと、そして、どうして殺されたか、何で殺されたかを知っている。


しかし、それ以外の事は全く知らない。


彼女と私は、所詮ただのクラスメイトでしかなかったからだ。


私は、彼女をもっとよく知る必要がある。


何故か?


彼女を殺した犯人は、愉快犯ではない。


私のみが知る犯人の動機から、そのことは確信できる。


決して行き当たりばったりではなく、計画的に、用意周到に、彼女は殺されたのだ。


彼女のことを調べ上げ、彼女を殺す対象だと認め、殺したのだ。


つまり犯人は、彼女のことをよくよく把握しているに違いない。


そして、彼女をよく知る為に、犯人は彼女により近く接触していた筈だ。


百聞は一見如かず、というやつである。


以上から一つの推論が出来上がる。


彼女の交遊関係。


その中に犯人がいる可能性が高い。


加えて、もう少し、犯人について絞りこめる情報がある。


彼女の亡骸が発見されたのは午前7時35分だが、それ以前に、彼女が登校する姿を見た生徒が何人かいるのだ。


普段しているのがあの目立つ格好だ、見間違うだなんてことは無い。


見たどころか、彼女と言葉を交わした生徒もいるので、なりすましということも無いだろう。


信頼出来る情報だ。


つまり、彼女は登校時点では生きていて、自分の足で学校に出向き、学校で殺されたということになる。


何処か別の場所、別の時間に殺して、移動させたというのはあり得ない。


彼女は4月7日の朝、彼女が登校してから7時35分までの間に、学校で殺されたのだ。


言い換えれば、犯人はその日の朝、学校に居なければならない。


そんな時間帯に、学校に入れるような人間は、内部の人間以外は難しいだろう。


彼女を殺したのは、学校関係者の可能性が高い。


まとめると、犯人は彼女の交遊関係の範疇に存在し、かつ、学校関係者だということだ。


よってまず最も疑うべき対象は学校の生徒、それも彼女とより近しい、元クラスメイトに他ならないのだ。




「どうしたんだい?そんな、怖い顔をして」


「そう?いつもこんな感じよ」


「うん。まあ、それはそうなんだが……何だか覇気が無いっていうか、そんな気がする。まあ、あんなことがあったんだから、仕方のないことだが……」


「別にそんなんじゃないわよ」


「相変わらず、曲ちゃんはツンデレだな~?」


そう言うと彼女は馴れ馴れしく私の肩を抱いて来る。


赤藤涼香。


名前にあるように、真っ赤な長髪が特徴の美女。


私の、元クラスメイト。


同時に、漆城の元クラスメイト。


つまり、漆城殺しの容疑者の一人。


「……喧嘩売りに来ただけなら、とっとと帰ってくれる?」


私は肩に置かれた彼女の手を払いのける。


「いけず」


「何がよ」


彼女は払われた掌をひらひらさせながら、意地の悪い笑みを浮かべている。


見てくれだけは、顔が良くて長身のモデル体型。


年齢よりも大人っぽさのある、正しく美女といえる風貌だ。


そして性格は―――かつてのクラスでも漆城と特に気が合っていた、と言えば分かってくれるだろう―――中々に破天荒な気質の持ち主だった。


当然、私はそんな彼女のことを、漆城と同じように苦手としているが、彼女は私の態度などお構いなしに、こうして今も構ってくるのだ。


「まあ、心配しているのは本当さ。あんなこと、早々吹っ切れるものじゃない。お互いに、ね」


漆城羽火の死。


彼女もまた、漆城のクラスメイトと同様、そのことに折り合いを付けられてはいないようだ。


それに彼女はクラスでも、間違いなく漆城と一番仲の良かった人物だった。


そういう意味では、彼女が最も漆城の死を引き摺っているに違いない。


「私は別に……第一、私はあなたと違って、彼女とはそこまで親しかったわけではない」


「はっ、そんなことで、納得出来ると、本当に思っているのかい?」


赤藤は私の言葉を一笑に伏した。


「その程度の理由で、彼女のことはきっぱり忘れられると、曲ちゃんは本当に思っているのかい?」


「……」


それは、あり得ない。


彼女の事を忘れるなんて、出来る筈が無い。


彼女と関わった人間は、それで彼女に好意を感じようか、嫌悪を感じようかは関係なく、彼女の存在というものを、深く刻まれてしまう。


彼女が魔法と称する、奇術の技能は一級品だった。


そこにも勿論、人々は目を惹かれていただろう。


でも、それは所詮彼女の一面に過ぎず、注目を集める為の前提条件でしかない。


それよりも、彼女の姿かたち、行動、言葉―――何より、彼女の生き様に、例え部外者であろうと、無関心ではいられないのだ。


自身を『魔法使い』と、大声で言い張る中二病な彼女は、いつも騒々しくて、痛々しくて、見てられなかったけど、それでも彼女の姿を自然と目で追ってしまっていた、自分がいた。


私は魔法が嫌いだ。


胸を張って言える。大嫌いだ。


彼女は魔法を嬉々として使い、あらゆるトラブルを引き起こし、多くの人を魅了し続けた。


私と彼女は、本来相容れることはない。


しかし、忌むべき対象である彼女を、私は自分でも驚くほど自然に、受け入れていた。


煩わしくは思っても、排斥しようとまでは思わなかった。


これは、恐らく奇術だけではない。


彼女の全て合わさって生まれる、独特の、奇跡にも似た雰囲気、空間。


私は、彼女のそんな『魔法』に、確かに惹かれていたのだ。


忘れられない。


この気持ちは、飲み込むべき事実である。


「皆、曲ちゃんと一緒さ。……だから、あまり一人で背負い込むもんじゃないよ」


『誰だって、孤独ってのは嫌なもんなんだ』


とある魔法使いの言葉が蘇る。


彼女の言う通りかもしれない。


だが、赤藤や、他の元クラスメイトを頼ることは出来ない。


私だけが背負っているもの、知っている真実―――漆城の死が他殺であることを、相談することは出来ない。


彼等彼女等もまた、殺人の容疑者だからだ。


実のところ、今の私の状況は、かなり分の悪いものになっている。


私の一カ月の調べによれば、漆城が死ぬ以前と以後で、学校内部の人間に人員の入れ替えなどの変化は無い。


つまり漆城を殺した人間が、確実に今もこの校舎内に潜んでいるのが分かっているのだ。


どうして、犯人がとっとと学校から去らないのかについては、単純に犯人がそのことをリスクと感じていないからだろう。


漆城の死が他殺であることは知られていない、況してや自分が犯人として疑われているとは思ってもていない。


むしろ下手に行動する方が目立って、漆城の事件が蒸し返される恐れもあるだろうから、事件のほとぼりが冷めるまで、学校にいる方が得策だと考えているのだ。




或いは―――もう一つ、私だけが知り得る真実から導かれる、悍ましい、最悪の推論があるのだが、それについては今は考慮しない。


そんなことは無いと信じたい。




もし犯人に今、私があの事件が他殺である知っていることがバレれば、犯人は私のことも漆城と同様、殺そうとするだろう。


相手は既に殺人犯としての前科一犯だ。


情けは無いと思った方が良い。


優先度の違いはあれど、学校関係者全てが容疑者であり、どこから寝首を掻かれるか分かったものじゃない。


だから、真実を知る人間は私以外に増やすべきではない。


私に対する危機を遠ざける為と……ついでに、真実を知った人間にも危害が及ぶだろうから。


「……そうかもしれないね」


「だろ?」


赤藤に茶化す様子は無い。


真剣に、私の次の言葉に耳を傾けている。


こんな風に、接点の薄い私のことも気に掛けているのが、私が今まで彼女を何だかんだ拒絶しきれない理由なのだな、と改めて思う。


彼女は元来お人好しだ。


こういう所も、あの魔法使いと馬が合った要因なのだろう。


だが、心配してくれる彼女には悪いが、彼女も容疑者だ。


真実を喋るわけにはいかない。


それに、仮に犯人じゃなかったとしても、やっぱり喋るわけにはいかない。


「……赤藤」


「何だ?」


「ありがとね。でも、本当に気にしなくていい」


喋ることは無い。


でも、例えこれから裏切られることになろうとも、感謝の気持ちくらいは伝えておくべきだと思った。


「……」


赤藤は言葉を失っていた。


彼女の厚意を潰したことには、心の中で謝罪する。


「……で、」


で?


「……デレた~!!あの曲ちゃんがデレた~!!ったくもう、ようやく正体を現しやがったな、このツンデレ娘~!」


わしゃわしゃと頭を撫でながら、抱き着いてきた。


いつも以上の、過度なスキンシップだ。


「ああ、もう!!離れてよ!!ったく、気ぃ使って損した!!」


やっぱり彼女のことは苦手だ!


彼女の両肩を掴んで引き剥がす。


「いけず」


「何がよ!!」


「……ふぅ、それだけ元気があれば、一先ずは大丈夫そうだな」


「……一応、お陰様でね」


改めて、礼を言う。少し皮肉を添えて。


「良かったよ。クラスに辛気臭いのが二人もいたら、息苦しいったらありゃしない」


「二人?」


私以外で、もう一人?


誰だ?漆城の死で気落ちしているのなら、やはり元クラスメイトの誰かだろうか?


「ほらそこ」


教室内のある席を指し示す。


そこには、ポツンと一人の女の子が座っている。


「彼女?えっと……」


「水巴小八重ちゃん。名前くらい憶えとけよ。同じクラスだろ?」


その娘は、私が全く知らない、犯人捜しの中で意識したことのない、現クラスメイトだった。



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