第二話 誰が、魔法使いを殺した?


西暦2023年4月7日。


それが彼女―――自称魔法使い、漆城羽火の命日だ。


彼女の亡骸が発見されたのは午前7時35分。


伏波高校の第二運動場に生えている、最も大きな桜の樹。


その樹の下で、彼女は横たわっていた。


死因は公表されていない。


どうして、そのような場所で彼女は死んでいたのか?


何で、彼女は死んでしまったのか?


ただでさえ問題児として有名だった彼女の死は、それらの不可解な要素で、ますます憶測に拍車をかけていた。


彼女の不可解な死についての情報は、瞬く間に学校中に広がり、連日彼女について、あること無いことが囁かれたが、少し時間を置けば、そういった世間話もとんと聞かなくなる。


何故なら、彼女について話していた人々は、純粋に彼女の死を悲しむ者もいたが、大半は雑談の種にしたい野次馬の集まりなのだ。


そういう輩たちは、目新しく無くなった情報には、一気に興味を無くす。


彼等にとって、1、2週間もすれば、彼女の死は遥か過去の遺物になる。


一向に更新されない、人の死という情報よりも、休日の予定やら、インフルエンサーの過激な発言やらの方が、情報として価値が高くなる。


つまり、彼女の死は最早賞味期限切れの骨董品だ。


他人の死を指して言うべきではないが、オワコン、とも表現出来る。


まあ、つまるところ、漆城羽火の死というコンテンツは、こうして収束し、消費し尽くすされ、日常の中に埋もれていったのだ。












そして、彼女が死んでから約1ヶ月。


西暦2023年5月9日。


高校2年生の春。


私は、彼女の死について調べることにした。


理由は、恩返し―――いや、義理返しか。


勘違いしないで貰いたいが、私は彼女のことを特段好いていた、という訳ではない。


―――ん?この言い方だとまるで私がツンデレで、本心では彼女のことを好いていたように聞こえるかもしれない。


むしろ、そうとしか聞こえないな。


だが、違う。断じて違う。


ツンではあるがデレではない。


割とマジで、私は彼女のことが苦手だった。


彼女と私は去年クラスメイトだったが、出来れば関わりたくないと思っていたくらいだ。


確かに彼女にも魅力があるのは認めよう。彼女の全てが嫌いだとは言えない。


けれども、それらを足しても足りないくらい、彼女の欠点は際立っていた。


中二病で、ワガママで、トラブルメーカー。


短所も視点を変えれば長所になり得るのかもしれないが、あの言動と性格は、何処からどう眺めても、私には短所にしか写らない。


だって、授業中に鳥を飛ばしたり、魔法ショーと称してプールや校庭を滅茶苦茶にしてたんだよ!?そんな奴をどう擁護すればいいんだ!?


……本当、よくアイツは退学にならなかったな。


いつも大体、反省文と坂上先生の説教で済まされていた。


停学すらなかったと、記憶している。


この学校の教師、彼女に甘過ぎやしないか?




―――こんなに早く捲し立てると、そろそろ本気でツンデレを疑われそうなので、このへんにしておく。


ここまで言って尚、私のデレを信じるのなら、その精神はある意味尊敬に値する。受け入れよう。


妄想する権利は、誰にだってあるのだ。


ともかく、繰り返しになるが私は特段、彼女を好いてはいなかった。


彼女と過ごした一年間は、私にとって、思い返せば億劫で、壮絶で、くだらないものばかりだった。


―――けれど、


私は、そんな彼女に救われた。


過言ではなく、誇張抜きで、彼女は私にとってまごうこと無き恩人なのだ。


彼女のお陰で今の私がある。


今、はっきりそう言える。


だから、その恩―――義理ぐらいは返すべきだろう。




そうだとして、死んだ人間に、私は一体何を返すのか?


漆城羽火は死んだ。決して生き返ることは無い。


私はもう、二度と彼女を見ることは無いし、言葉を交わすことも出来無い。


私達は死人には絶対に干渉出来ない。


これから私がやることで、現実から外れてしまった彼女が得るものは無いのだ。


彼女には、今後一生―――死んでいるのだから永久に、何も還らず、彼女の為に出来ること、死人の為に出来ることなんて、今生きている私達には何一つとして存在しない。


だから、これは義理返しという名の、自己満足なのだろう。


カッコつけて言ってみたが、そんな綺麗なものでは無かったのだ。


彼女の為になるという大義名分を掲げ、生前の彼女に何も返せなかったことへのやるせなさと憤りを、手前勝手に消化しようとしているだけだ。


貰ったままではむずがゆい。


返さないままでは何だか罪悪感が募る。


何も出来ない現状を、何も出来なかった過去を、否定して、行動を起こしたいだけなのだ。


その為に、私は彼女の死を利用しようとしている。


彼女の墓を暴こうとしている。


我ながら最低の動機だ。


こんなの、彼女の死に群がっていた野次馬共と何も変わらないじゃないか。


少なくとも、元クラスメイトの所業ではない。


最初に謝っておこう。


ごめん、漆城。




―――だけど、これは君の名誉の為でもあるんだよ?


今更こんなことを言っても信じてくれないと思うけど、私には、君への敬意の心もちゃんとある。


自分勝手な動機とは別に、確かに君の為に動きたいという純粋な思いがあるんだよ。


証拠に、もしも君の死が自殺や事故なら、私も口出しはしなかった。


わざわざ重い腰を上げようとは思えなかった。


でも、そうでは無かったんだ。


君は―――何者かによって殺された。


どうして、死んだのか?


何で、死んだのか?


まるで分からない変死事件。


だけど、私は知っている。


どうして死んだのか、何で死んだのか、ちゃんと知っている。


そして何より―――君の死が、人為的に引き起こされた、殺意を持つ人間によって引き起こされた、他殺であることを、私は知っている。


それが覆しようのない真実であることを、知っているんだ。


私は君のことは煙たがっていたし、君とは友達では無かったけど、君の好きな食べ物も、好きな色も、好きな人も知らないけれど、それだけは、ちゃんと理解している。


君は殺された。


そして、君を殺した殺人犯は、今ものうのうと生きている。


君の人生は、残酷なまでにバッドエンドだ。


私を救ってくれた君が、


クラスメイトから慕われていた君が、


―――よく愛されていた君が、


そんな君の幕引きが、これで良い訳が無い。


だから、殺人犯を突き止める。


そいつを君の墓標の前に突き出してやる。


そして、君を殺したことを懺悔させる。


自分勝手だけれど、それだけが、私が君に出来る、考え得る限り最高の義理返しなんだ。


私は、真ヶ埼曲。


漆城羽火の元クラスメイト。


魔法が大嫌いな高校二年生。








ああ、あと、最後に一つだけ―――















―――ごめんね。漆城羽火。



















―――――――――――――――













誰が、彼女を殺した?











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