幸せな負け
藤泉都理
幸せな負け
「ふ。ふえ。ふえっ。ふえええええん!負けた!」
「あ~はいはい。よちよち。残念だったね~」
頭を撫でたら、頭を叩かれた。
莫迦にしているだろうと噛みつく勢いだ。
思わずのけ反って、両手を上げた。
「いやいやいや、真剣に慰めてるし」
「全然真剣みを感じないけどね!」
ぎゃんぎゃん泣きになった部活の先輩を見ながら、後輩はどうしたものかと腕を組んだ。
今、先輩がのめり込んでいるのは、探偵カードだ。
五枚入り一パック二百円、探偵アニメの登場人物たちがカードになって戦えるらしく、おもちゃ屋や家電量販店、大型ショッピングセンターなど、このご時世に珍しく、ネット以外の店で販売しているらしいのだが、今日、探偵カードが近くの家電量販店で大量放出しているとの情報を得て駆け込んだものの、一パックも手にすることができなかったらしい。
「うわああん!負けた!負けた!けど!私がこの手に掴むことはできなかった探偵カードを、他の人が。ぐずっ。他の、私と同じくらい、探偵カードを追っかけている人が、人生をかけて買いたかった人が手にできたんだもの!喜ばしいことだよねえ!」
鬼気迫る勢いで肩を掴まれて同意を求められたので、はいそうですねと力強く答えた。
「幸せな負けなのよねえええ!」
「はいそうですね!」
「うえええええ」
うーん、可哀想だがあまり共感はできないという、その気持ちが伝わったのだろう。
近づくなと追い払われてしまった。
いや、肩を掴んで近づいてきたのは先輩でしょうが、とは流石に言えなかった。
「はい、先輩。これどうぞ」
「………何これ?」
翌日、放課後の部室にて。
開けてみてと言われたので、先輩は後輩から手渡された大きな封筒を開けてみると。
「えこ様!」
一番推している探偵のえこ様の決めポーズが描かれた絵が一枚入っていた。
「絵が上手な妹に描いてもらったんだ。私は見てないけど、妹はアニメを見ていて。レアなんだよ。妹が自分の絵を他の人にあげるって。でも、先輩が買えなかったって恨まずに、買えた人は幸せだって言ってたよって妹に言ったら、渡してもいいよって。まあ、カードじゃないんだけど」
「う、ううん。ありがと!嬉しい!妹さんにもお礼を。あ。直接会うのは、無理、だよね」
「あ~。う~。いや~。喜ぶ、かな~」
先輩からも妹からも探偵アニメと探偵カードの話を聞かされていたが結構聞き流していた後輩は、二人を会わせたらきっと話に花を咲かせられるだろうと思い妹に聞いてみた結果、まずはラインからの交流ということになった。
「ありがとね!色々話せてすんごい楽しい!」
「よかったね、先輩」
「うん、あのね!」
先輩と妹が直接会うようになってからも、妹ちゃんとこれこれ話したんだと先輩からは聞かされ、先輩さんとこれこれ話したんだよと妹からは聞かされて、結局探偵アニメと探偵カードの話からは逃れられない後輩であった。
(まあ、二人を夢中にさせる探偵アニメには妬けるけど、二人が幸せならいっか)
(2023.4.24)
幸せな負け 藤泉都理 @fujitori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます