第415話 リア=アベルクス涙の懇願

 真夜中の孤児院、その空いた一室で僕に抱きついて涙するリア先生、

 震えながら助けを求めるその姿は、本当に僕に対して泣きすがっている。


「ううっ……うっく……うううううっっ……」


(こんな先生、見た事ないよ……)


 とはいえ身長差的に息苦しいので抱き返しながらも呼吸を確保し、

 少し落ち着くのを待つが、どのタイミングで声を返して良いのかわからない。


(ボリネー先輩と、何かあった……?!)


 いやいやそんなはずが、

 あるとすれば何かを聞いたとか?


「うああああっ……うっ……う”えっ……うううっううぅううっ……」


 あっ先生、リア先生、嗚咽まで混じりはじめた、さすがにもう聞かないと。


「リア先生……いったい、どうしたんですか、何があったんですか」

「うぐっ……きっ、来てしまうんだっ、そ、そのっ……前の……きっ……」

「前の木?」「……きっ、騎士団長が、前の、その、私とっ……だったっっ!!」


 あーはいはいはいわかりました、

 リア先生が前に長年不倫してた前騎士団長、

 僕もコロシアム正面出入り口で横顔だけちらっと見た……


(名前聞いてないよな、奥さんが凄く気が強そうだった憶えが)


 でもそれをなぜ今更……

 ハッ、ひょっとして、寄りを戻そうとしてきたとか?!


「何を言われたんですか、その騎士団長に」

「違うっ! 来るんだっ、いや来るのはわかっていたっ、招待もした……

 ううっ、だ、だから、怖いんだっ、前騎士団長に、会うのがっっ!!」


 えーっと考えろ考えろ、

 前騎士団長が来るのは退役してないなら自然な事だよな?

 軍の偉い人になっているなら、リア先生の元上司として除隊式にはそりゃあ来るはずだ。


(不倫相手とはいえ、ね)


「何がどう、怖いんですか」

「ミストに……ミストに見られるのがっ……一番怖いっ」

「騎士団長を、いえ、元騎士団長をですか」「違うっっ!!」


 ぎゅううううっっと強く抱きしめてくるリア先生!


(うぐわっ、これは間違えた罰か何かですかー?!)


 違うのは夜のベッドで何度も、いや今はそんな話じゃない。


「何を、見られたく、ないんですか」

「……私は、わた……っしは、ミストに嫁ぐと決めてからっ、

 できるだけ前騎士団長に会わないよう、務めてきたっ、

 それが、ミストを愛するためだと、信じてっ……」


 そんな、こんな僕に気を使ってって、

 仕事柄、引継ぎとか会わないといけない事も多かっただろうに、

 あのキツそうな奥さんに接触を禁止されたならまだしも……されてたのかな?


「あ、ありがとうございます」


 とりあえずお礼を言ってみたけど、

 まだ泣いている……もうちょっと抱き返してみよう。


(あいかわらず、ふとましい……だが、そこが良い!!)


「……だが、だがこうしていざミストと結婚するとなった時、

 除隊式で私に花束を渡すのがあの人であったら、そして、そのときに顔をみたら、

 さらに、何か言葉をかけられたら、私は、私はっっ……ううううう」


 そんなのリア先生ならクールに徹せそうなのに、

 鉄仮面みたいな表情でたんたんとこなす……は、無理なのか、

 それだけ長く、本気で、本当に愛していたんだろう、うーん、NTR(ネトラレ)を心配するならここかぁ。


(いやリア先生が前騎士団長を奥さんから寝取っていたんだけどね)


 こう考えると、尚更なぜ僕なんかを、伯母の命と引き換えとはいえ。


「大丈夫です、リア先生は、僕のものです」

「違うっっ!!」「ぐえっ」


 リア先生! 中身! 中身っ! 僕の中身、出ちゃううううう!!


「……すまいっ、少し強く抱きしめ過ぎた」

「リア先生……」


 といっても少し緩められただけで再び抱きついてくる。


(これ、どっかの椅子の上にでも立った方が良いかな)


 そんな考えをしている僕に、

 涙声で話を続けるリア先生。


「怖いのは……ミスト、ミストのことだ」

「えっ、僕?!」

「ああ、私が前騎士団長と会ったとき、私はどんな表情をするかわらない、

 何を言うか、言わないのか、どんな行動をとるのか、まるっきりわからない」


 リア先生がこうするって決めたとしても、か。


「じゃあ前騎士団長がリア先生を攫って逃げようとするとか」

「それは無い、確実に無い、と言いたいが、わからない」

「ひええ、そうなったら僕ではどうしようも」「それよりもだ……ううっ」


 あーまたリア先生、震えちゃっている……

 僕程度の、僕なんかのだめ貴族じゃしっかり包み込む体格も、

 腕力も包容力も男らしさも何もないや、うん、なーにが冒険者ギルド認定勇者だよ。


(それでも精いっぱい、抱きしめよう……)


 子供が母親に甘えてるみたいな構図に

  だめ貴族だもの。 ミスト


「リア先生、逃がしませんから」


 方法は知らない。


「そうではない、そうではないんだ、私が前騎士団長に会って、

 話して、その時に見せた表情をミストが見て、そのミストを、

 またはその後のミストのっ、表情を見るのが……怖いんだっっ!!」


 えっ、そんなこと?!


「いやそんなの気にしなくて」

「気にするっ! 私の最愛のミストが、

 その、そのっ……うううっ、うぐっ、うええええっ……」

「落ち着いて下さい、気にしませんよ」「だが、でも、もしっ……」


 何だろう、僕が女学生みたいに爪でも噛んで嫉妬するのが怖いんだろうか、

 いや拾った小説で読んだ受け売りで、そんなシーン学校でも学院でも見た事ないけど!


「ええっと整理すると、リア先生は不倫していた元カレと会うのが怖くなって泣いていると」

「……おい」「ひっ! い、言い直します」


 率直すぎたか。


「前騎士団長が結婚式前日の騎士団合同演習に来る、これは仕事、職務で来るから断れない、

 今まで出来るだけ顔を合わせないようにしていたものの、大事な場面で顔を合わせ、さらに会話の必要も出てくる、

 その時にその元カ……元の騎士団長、前騎士団長に対し、どんな言動を取るかわからなくて怖いと、あと……」


 「……」


 うん、泣き声を押し殺している所を見ると、ここまでは合っているみたいだ。


「その時の、もしくはその直後の僕がどんな表情をしているのか想像すると、怖くて今から泣いていると、そういう事ですね」

「……そうだ、私は、私はどうしたらいいんだ」


 そんなの僕の事をよっぽど本気で愛している人がする心配だぞ?!

 ええとええと、まずリア先生が僕を好きな理由っていうのは、アメリア先生の命を助けるため、

 その治療費として自らをだめ領主に捧げるっていう酷過ぎる条件をソフィーさんベルルちゃんから出されて呑んだ、はず。


(あとは……)


「リア先生って、ソフィーさんベルルちゃんが僕を好きな、一番の、真の理由に、乗っかったんですよね?」

「……そうだ」「それってそんなに僕を愛する理由になるんですか」「そうだ、悪くは……ないっ!!」


 ああ、また抱きつく強さがががががあ!!!


「すみません、一旦離れて下さい」

「……嫌だ」「んもう、こういう時は……」


 お尻を……さわさわさわ


「!!!」


 離れたのは良いが頭をガツンと殴られた!!


「い、いだだだだ」

「す、すまない、つ、つい……」


 うん、これを教えてくれた前騎士団長さん、ありがとう。


(まずは椅子、はないや、ベッドの上に立って……)


 まずい、これだと逆に身長差がありすぎる、

 膝立ちになって、僕の胸にリア先生の顔をうずめて……


「……安心して下さい、リア先生は、僕が護ります」

「ほっ……本当か」

「もちろんです、リア先生は安心して退役式に臨んで下さい」


 そして先生の顔を僕の胸から外し、唇で唇を……


(んっ?! は、激しい、舌の動きがめっちゃ激しい、このまま押し倒されそうなくらいにいっっ!!)


 情熱的な数秒を過ごしたのち唇を外すと、

 両目で涙を流しているリア先生の顔が窓からの僅かな光で見て取れた。


「とにかくリア先生は、僕にどーんと任せて下さい」

「……信じて良い、のだな」「はいっ!!」

「うっ、うっ……嬉しいっっ!!」


 僕の胸に抱きついて再び泣き始めたリア先生、

 さて、こうは言ったものの、僕は……僕は……!!


(どうしたらいいんだああああああああ!!!!!)


 とりあえずソフィーさんベルルちゃんに相談しようっと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る