第8話 聖女の横顔

 アルドライド王国の中央道路は流通の要、大動脈となっているため、幅広い道が綺麗に整備されている、

 なので、高価な馬車は飛ばそうと思えばいくらでも速度を上げる事ができ、いま向かっている帰途への中間地点、

 聖なる教会都市モラベスクまでは王都から高いお金さえ払えば三日で行けると聞いていたのだが……


「二日でついちゃった、どうなってるのこの馬車」

「あら、これでもバーナレー大商会の高速馬車よりは遅いようですわよ?」

「いやいや次元が違う話はやめて!」


 ちなみに三年前、ここから王都へ行きで通った時は六日かかった、やっぱり世の中は金だ、

 とはいえこの都市自体は大教会と聖教会の本部があるからか、色々と貧乏人にはやさしい。


「あれ? ソフィーさん顔隠すの? 目しか見えないよ、それじゃ」

「ここでは私は少し有名過ぎますから……さあ、参りましょう」

「え、どこへ? って大教会だよね、うん、僕も一緒で大丈夫かなあ」

「当然ですが、あまり目立たないようにしてくださいね」

「うん、というか目立つ要素は僕の方には無いと思う」


 ちなみにアベルクス先生は後ろの馬車で何かゴソゴソやっている、

 控えの引手の皆さんと今後の打ち合わせ中かな?

 僕らを一瞥すると中に引っ込んだ。


「それにしてもほんっと、教会だらけだぁ」


 最初にここへ来たときを思い出す、女神の祝福に溢れるとされる、聖職者のための都市……

 ここモラベスクは宿に泊まるお金が無い人は確か、どこの教会にでも無料で泊まれるって噂を聞いて、

 聖教会の総本部みたいな所へお願いしに行ったら、気品あふれる美人なシスターがしずしずとやってきて、


『その身なりと匂いの方はさすがにちょっと……』


 と、やんわりと上品に追い出されたのだった、慈悲の心にも最低ラインがある事を学んだ瞬間だった、

 まあ見た感じ一番豪華で立派な教会に珍入しようとした僕が悪いんだけれども!結局、大教会の小さな教堂で泊めてもらいましたよ床で!

 ちゃんと朝に掃除を手伝って、パンを一切れとそこそこ薄味のスープを貰った恩は忘れてはいない。


「やっぱり聖教会より大教会だね」

「まあ嬉しいです、早速祝福を受けられますか?」

「い、いやそれはまだ父上と相談しないと」


 都市の中心部には僕が追い返された聖教会の総本部があって、

 その奥に前は気付かなかったがほぼ同じ大きさの綺麗な教会がある、

 入り口を見ると大教会総本部って書いてある、でもソフィーさんはそこをスルーする。


「あれ? ここなんじゃ?」

「もっともっと奥です、急ぎましょう」

「は、はい」


ついていくと大教会の裏手に立派な教会、ブラント孤児院と書かれている。


「ブラントって人の名前?」

「ご存じでしたか?」

「いえ全然」

「昔いらっしゃった、大教会の有名な賢者様の名前です」

「賢者! 武器や拳で闘う人の最高位が勇者で、魔法系の最高位が賢者だよね?」


 確かにそれっぽい、

 杖を持ったハゲ爺さんのクリスタル像が門に飾られている。


「さらにその先です」

「え?もっと?」


 庭では綺麗な服の子供達が遊んでいるが、

 それに目もくれず進んでいく。


「……このあたりだと人通りも少ないね」

「油断はできません、場合によっては隠れますから気を付けてください」

「あれ? ひょっとしてソフィーさん、お尋ね者?」


 なわけないか。


「似たようなものですわね、見つかったら拘束されかねません」

「なに悪い事したの!」

「いいえ、そうではなくて、私が居る事がばれたら……色々と面倒なのです」


 あーなんとなくわかった、

 僕の父上がチュニビやカジーラへ行くたびに色々と難癖つけられたり、

 余計な仕事を増やされたり意味の無いパーティーに強制参加させられたりと大変だってぼやいていた。


「わかりました、それ以上は聞きません」

「見えてきました、あちらです」


 今まで見てきた教会と違い小ざっぱりした建物、

 さっきのが外向けの大きな孤児院だとしたらこっちは地味なごく普通の、一般的な孤児院だ、

 僕たちが近づくと庭で遊んでいた子のうち何人かがこっちへ来て柵ごしに覗きこむ。


「あれ? ひょっとしてソフィーさま?」

「ソフィーさまだよねー? また来てくれたんだー!」

「じゃあルルーシャさまはー? ルルーシャさまはどこー?」


 フードやら顔を覆っていた布なりを取って素顔を晒すソフィーさん、

 その顔を見て子供たちは一斉に歓喜の声を上げ、笑顔になった。


「皆さんお久しぶりです、元気にしていましたか?」

「はーい!ちゃんとみんな仲良くしてたよー」

「お土産は?今回のお土産はー?」

「ねえねえ今日はルルーシャ様はこないのー?」


 ルルーシャ様って誰だろう?

 と思ってると玄関からそこそこの年齢のシスターが出てきた。


「これはこれはソフィー様、ご卒業おめでとうございます」

「ありがとう、今回は長居はできないけどお邪魔させていただきますね」

「ささこちらへ、従者の方もどうぞ、初めていらっしゃいますわね?

 当ジャネイル孤児院の院長をしております、フライアと申します」

「ど、どうも、従者のミストです」

「もうミストくんったら……とにかく入りましょう」


 まわりを確認してささっと玄関へ入っていく、僕もそれに従者らしくついていく……

 中も簡素ながら綺麗な孤児院だ、そしていかにも子供っぽい折り紙やら描いた絵やらが飾られている。


「うーん、さっき見た豪華な孤児院が貴族向けで、こっちは一般庶民って感じかな」

「近いですわね、最初の孤児院は魔力や身体能力が高い孤児で、

 こちらはそうではない孤児が集められています」

「あー、じゃあ貴族に貰われる孤児と一般庶民に引き取られる孤児って意味では合ってるのか」


 と話していると、前を歩いているフライア院長がこちらを見る。


「確かにそうですが、我が孤児院では自分で独立して冒険者になったり商店に勤めたりといった子の方が多いかと」

「あっ、みんながみんな貰われる訳じゃないんだ」

「女の子はまだメイドとして引き取って貰える事もありますが、男の子は自分で生きて行かないと」

「そのための援助を私がしてるの、この孤児院は私がお爺様にお願いして名前を借りて、私のお小遣いで建てたの」

「えっ、名前を借りてって、お爺さんの名前なんだこの孤児院」


 気が付いたら後ろをぞろぞろと子供たちがついてきている、

 なんかほほえましい。


「ミストくん、最初はこっちよ」


連れてこられたのは孤児院を突き抜けた裏庭で、

 そこには大きな十字架が建てられていた。


「ここは……?」

「孤児院で亡くなった子供達のお墓よ、いくら教会都市であっても救えなかった小さな命もあるの」


 ソフィーさんはアイテム袋から花束を取り出した、白と黄色の花……

 それを十字架の前に置くと両手を組み、片膝をついて一息つき、無言で祈り始めた、

 僕も斜め後ろでそれをマネして祈る……回復魔法とて万能じゃあないんだな、

 きっとソフィーさんレベルであっても。


「……」


 ちらりと顔を覗くと涙がひとしずく流れている、

 過去に何かあったのかそれとも同情心からか、

 こういった聖女の横顔を見ると本当に心の底から尊敬できる。


「さあミストくん、私は夕食の材料を届けてくるから、子供たちと遊んでてくれる?」

「えっ僕が?」

「ええ、多分そのまま作るの手伝う事になるから、子供たちが入ってこないように」


 じーーっと孤児院の中から僕らを見つめている小さい子供達……

 こういう年下の子らと遊んだ事なんてほとんどなかったけど大丈夫かな?


「その、ちょっと女の子は苦手かも」

「大丈夫よ、あの子たちの方が勝手に遊んでくれるから」

「は、はあ」


 そう言い残しフライア院長と一緒に奥の食堂らしき方へ入って行った、

 残された僕は孤児院の子らに引っ張られていかにも遊び場といった室内の大部屋に連れてこられた。


「ねえねえお兄ちゃん名前は?」

「ミストだよ、ミスト=ポークレット」

「ぼくはジャエウ! ねえソフィーさまは何を買ってきてくれたの?」

「食材以外は何だろ? 付き合わされたはずだけど覚えてないや」

「ミストお兄ちゃんはソフィーさまとはどういう関係なのー?」


 ちっこいのが僕の頭によじ登ってるけど気にしないでおこう。


「ええっと、ソフィーさんの婚約者、って言ったらどう思う?」

「うーーん、みのほどを、わきまえたほうが、いいね!」

「誰だそんな言葉教えたのは!!」


 少女が僕の胸元に入り込んでくる。


「ねーねーあやとりって知ってるー?」

「知ってるよ! 昔、幼馴染の女の子と、ちょっとだけやった」


 小さく細い女の子の手、かわいいなぁ……ちょっと緊張する、

 などと女の子も男の子も分け隔てなく孤児たちと遊んでいるうちに時間を忘れ、

 いつのまにか日が沈んだ頃に、何人かのシスターが入ってきた。


「はいみなさん夕食の時間ですよ」

「「「「「はーーーーい」」」」」


 食堂に行くとソフィーさんが満面の笑みで皆を迎え入れる、もちろん僕にも!

 並べられた料理はおそらく少し豪勢にしているんだろうけど、僕の普段の夕食よりランクは高い、

 学院の寮はもちろんのこと実家での料理と比べると数段上……うう、美味しそうだ、でもみんなお行儀よく座って待つ、

 全員が揃った所でフライア院長がソフィーさんと並ぶ、僕はどうしたらいいんだ?

 とりあえず壁際で立ってよう。


「それでは今日の食材を提供していただいたソフィー様から大切なお話があります」


 子供達が何? どうしたの? どんなお話だろう? という感じで、どよめいている、

 それを制止するかのように口に指を立ててシーーとするソフィーさん、

 空気を読んで子供たちも黙る、うん、よくできた子らだ。


「実は私、婚約しました、結婚する事が決まりました!」


 その言葉に一気に沸く子供たち、シスターさんたちも驚きつつ拍手している、

 僕もしておこう、ってあれ? 相手は僕だよね?


「ではお相手をご紹介します、ミストくん!こちらへ」

「は、はいっ!」


 ミスト様って呼ばずにミストくんって呼んで紹介するあたり、

 ここの子たちはソフィーさんの家族みたいなものなんだなぁって思いながら隣に立つ、

 みんな困惑している、今度は悪い意味でどよめいている、

 ほっとしている子もいるがあれは『なんだ冗談か』といった反応に思える。


「あらためまして、ミスト=ポークレット、一応貴族です」


 準貴族は貴族じゃないとか言わないでくれよ、

 僕が言わなければ平気だろうけど。


「ソフィーさんに結婚を申し込んで受けていただきました、こ、今後は僕も、よろしく、ねっ」


 最後なぜかちょっと可愛らしくしてみたら何人か苦笑いしている、

 まだ子供のくせに!


「そういう事ですから私はミストくんとの結婚の準備に忙しくなってあまり来られなくなります」


 えー、とかなんでー、とか嫌だー、とか声が上がる、

 あ、僕を睨んでる子までいる!


「ですがこの教会への支援は何も変わりません、みなさんもどうか私たちを祝福してくださいね!ねっ、ミストくんっ」

「は、はいっ、幸せに、なりますっ!だからみんなにも、幸せを、分けたいな、あはは、あはははは……」


 変な雰囲気になった所で院長がパンッパンッと手を叩き子供たちを注目させる。


「さあ、それではおめでたい報告も終わった所で、

 女神ディオネス様のご加護に感謝しながら食事をいただきましょう」


 僕の食事はソフィーさんの隣、

 と座ろうとしたら他の席にいた子供がさささっと席を奪ってしまった。


「ソフィーさま、しばらく会えないならぼくと食べてください!」


 他の子に比べると大人びた、

 来年にはここから巣立ってもおかしくない感じの男の子だ。


「ジェイデンくん、ちゃんと自分の席に戻りなさい?」

「嫌だ!ソフィーさま、ぼくと結婚してください!」

「んもう、聞き分けのない子は嫌いよ?」


 慌てたシスターさんたちに戻される、僕を睨んでた子だ、

 なんだかこんな事があった後だと座りにくいなぁ、

 かといって他に場所もないし、と座るとなぜか右手をぎゅっと握ってくれたソフィーさん。


「さあ、いただきましょう」

「う、うん、いただきます」


 子供に嫉妬されてしまった、きっと僕よりソフィーさんと付き合いも長い男の子……

 小さい頃に憧れた親しいお姉さんがお嫁に行っちゃって初めての失恋、というのはまま聞いた事はあるが、

 その嫁に攫う側が僕になるとは、こんなのに奪われてってジェイデンくんだって納得いかないだろう。


「ん……美味しい、栄養もたっぷりって感じですね」

「ミストくん、食事の後ちょっと遅くまで出かけるからその間、こちらでお留守番お願いね」

「わかりました、あっ、じゃあ食器の片付けとか洗うのとかやっておきますね」

「それもだけれど、また子供たちの相手してあげてくれる?

 今後はポークレット家としても寄付する事になるのだから」

「そう、ですね、わかりました、親睦を深めておきます」


 勝手に決められちゃったけど拒否権は無いというか、

 きっと僕の手を煩わせずに寄付を続けるつもりなんだろうから……

 うん、僕も本当に力になりたいな、結婚後も途切れないように頑張らないと。


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 その数時間後の話、

 同じく聖なる教会都市モラベスクのとある大教会病院の最上階で、

 豪華な病室、豪華なベッドにひとりの女性が寝ていた、

 右目に眼帯をし、左目もほぼ光を失っている痩せこけた熟女は、

 いかにも辛そうに胸を押さえる、その側に立っているのは学院でミストの剣術教師だった剣聖リア=アベルクスだ。


「伯母上、お久しぶりです」

「リア……来たのね……もう来なくていいと……ったっ……のに……」

「今日は良い話を持ってきました、伯母上の身体が治る唯一の方法が見つかりました」

「……また……そんな……もぅ……ぃ……ぃ……」

「実際治してしまった方が話が早いでしょう、今日はその前診断です……入ってきてくれ!」


 その声を合図に入ってきたのは二つの人影だった。


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 夜遅く、さすがに深夜と呼べる時間が近くなった頃、

 僕はようやく子供達を寝かしつける事ができた、大変だった……

 子供たちは僕がどうやって告白したかとかそこまでどんなお付き合いをしてたのかとか、

 根ほり葉ほり聞いてきたが大してつきあっていなかったため、かなり誤魔化して話した、

 だからかやはり信じていない子供が大半だった、あんなに慕われていたソフィーさんの言葉だったのに!


「……ミストくん」

「わっ! ソフィーさんいつのまに」

「しーーーっ、さあ行きましょう」

「えっ、どこへ?」

「馬車へです、出発しましょう」


 眠る子供たちを邪魔しないようにそろりそろりと抜け出す、

 中には何人かソフィー様に手を振ったり袖だけ引っ張って放す子もいたが、

 騒がれることもなく無事、子供たちの寝室を出た、

 廊下には院長さんがシスターひとりと一緒に頭を下げて待っていた。


「ソフィー様、本日は本当にありがとうございました」

「いえ、また通りがかる事があれば寄らせてもらいますが、

 しばらくは身動きが取れませんので、お手紙を送りますね」


 玄関の外には馬車が横付けされていた、

 もう暗いし帰りだからいいのか、暗い夜道をこっそり走り抜ける事にならなくて良かった。


「それでソフィー様、まことに申しあげにくいのですが……」


 フライア院長がちらっとこちらを見てソフィーさんに耳打ちする。


「……本当にこの方と、ご結婚なさるのですか?!」


 いや聞こえてるし!!!


 寄付している孤児院の院長にさえ婚約を疑われた

                       だめ貴族だもの。 ミスト

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